21話 準備ですわよ
「さぁ、【アイン】の街まで行くわよ」
「はい!」
たしか冒険者組合の前にマジックアイテムのお店がありましたわね。そこへ目掛けて飛びましょうか。
「柚子、バンザーイ」
「はーーい」
柚子の腰を抱えて飛翔! もはや匂いを嗅ぐのも癖になってしまったわね。日本に帰ったら改めないといけないわ。初対面の方の匂いを嗅ぐ令嬢だなんて一族の恥だもの。
3分ほど飛んだところで【アイン】の街並みが見えてきた。もう少し進むと冒険者組合・役場、そして今日の目的地であるマジックアイテムのお店も視界に入る。約5分でここまで来れるようになったわね。
人混みの少ない裏路地へ着地し、冒険者組合へ。
「お疲れ様です。アリス様、柚子様。[黄金の蛇]は捕獲できましたか?」
「いいえ。失敗しましたわ」
「そうですか。お疲れ様でした。次はより良い結果となりますよう」
「ありがとう。それと、金庫から100万円下ろしてくださる?」
「は、はい! いきなり100万円ですか!?」
「えぇ。手数料を引いても今399万円入っているでしょう?」
「はい。では少々お待ちください」
突然100万円は流石に驚かれてしまったわね。まぁ今日のうちに仕入れないといけないですし、怪しまれるとか考えている暇ないわね。
「お、お待たせしました。100万円になります」
「ありがとう。では御機嫌よう」
他の冒険者たちに見られる前にさっさと組合を出た方がいいわね。半分荒くれのような者もいますし。
そそくさと冒険者組合を出て向かいのマジックアイテムのお店へ。みるみる柚子が元気になるのを隣で感じるわね。
「おう、いらっしゃい!」
相変わらず勝気な店員さんだこと。レディーなのに股を広げすぎではなくて? ちらちら男どもが見てるわよ? いちいち言ったりはしませんけど気になるわね……。
「何かお探しかい?」
「このお店で一番のマジックアイテムを教えてくださる?」
「おっ! いいこと聞くじゃねぇの! ちょっと待ってな」
女店主は「よっ」と立ち上がり、店の裏へと消えていく。裏で保管しているのね。以外としっかりしてるじゃない。
店主が来るまでにお店を見てみましょうか。見たところ透明なケースで保管されているのが高いものなようね。
[パーフェクトリング]
[ブーストシューズ]
[ホバリングウィング]
……全部10万円前後。どう見ても[武装熊]のリーダー、神クマが装備していたマジックアイテムには見劣りしますわね。
「よう、待たせたな。ウチ最強のマジックアイテムにして、神器、[ムラクモ]だ」
「なっ!」
「す、すごい……!」
鞘に収まっているにも関わらず、溢れている紫色の靄。店主が木製の鞘から刀を抜くと、お店からも溢れるのではないかというほどの紫の靄が放出された。
「なっ!?」
「ははっ! 驚いたか? これでも"神無し"なんだぜ?」
「神無し……って何ですの?」
「神器の武器にはその名の通り、神様が入れるのさ。神器そのものだけでも充分強いが、神様が入ると異次元の強さになるらしいぜ?」
な、なるほど……まだこれよりさらに強力になるということね……。恐ろしいわ。
「……で、おいくらですの?」
「聞いて驚け! 出血大サービスで2億円だ!」
「に、2億円ですって!?」
「あははっ! 安すぎて腰抜かしちまったか?」
そ、そう……そんな高い物だったのね。しかもそれでも出血大サービス……。適正価格だといくらまで跳ね上がるのかしら。
「ご、ごめんなさい。そんなに高いと思っていなかったの。もう一つ下のランクのマジックアイテムはあるかしら?」
「ん? だとしたら超級アイテムか……」
「超級? ランク付けがあるんですか!?」
突然食いついてきた柚子。これは間違いなく柚子の「異世界スイッチ」が入ったわね。最近なんとなくスイッチの入るタイミングがわかるようになってきたわ。
「あぁ? そんなことも知らねぇのかよ。いいか、マジックアイテムには強い順に 神器級・超級・上級・中級・下級の5段階でランク付けされてるんだ。例えばその[パーフェクトリング]なら上級マジックアイテムだな」
「あら。真ん中のランクなのね」
2段階しか変わらないのに8万円と2億円って随分と極端な値幅ね。もっとランクを増やしてもいいんじゃないかしら……。
「ならその超級マジックアイテムならありますの?」
「それがこの店には一度も入荷したことがないんだよ。神器級は一個あるのに。変わってるだろ?」
ハハッ! と豪快に笑い飛ばしているものの正直何が変わっているのか理解できない。でもまぁ一応愛想笑いしておきましょう。合わせて笑われて嫌な気持ちになる人なんていないはずですしね。
「ですと困りましたわね。今は強力なマジックアイテムを欲しているのですけど」
「なんでそんな神器級のを? まさか【魔蛇】を倒しにいくわけじゃあるめぇし」
「……そのまさかですわ」
「……ま、マジ?」
突然神妙な面持ちになる店主。
「ちょっと悪いなみんな。今日は店閉めさせてもらうぜ」
突然そんなことを言い出し、困惑する客たちをまとめて店外へ追い出してしまった。
「座んな。汚ねぇけどよ」
「ど、どうも……」
「ありがとうございます」
「んで? 【魔蛇】を倒しに行くってのは本当なのか?」
「えぇ。本当ですわ」
この方に隠す理由はない。なぜかはわからないけれど、そう直感が伝えてくる。
「……いくらだ?」
「へっ?」
「今、いくら持ってるんだって聞いてるんだよ」
「い、今ですと150万円ほど」
「よし。んじゃこうしよう。[ムラクモ]をお前たちに譲ってやる。150万円でな」
「えっ!?」
「ただしレンタルだ。1日契約のな。そのかわり、【魔蛇】の鱗を取ってきてくれ。噂によると1枚に1億円を用意している富豪もいるらしい」
「なるほど……」
悪くはない取引ですわね。[ムラクモ]が1日手に入れば心強いのは昨日実証済み。
「いいですわよ。絶対に【魔蛇】を倒して[ムラクモ]も持ち、帰ってきますわ」
「おう。マジで頼むぞ? 私の全財産と言っても過言じゃないからな?」
そう言われると重いわね……。それにしても……
「なぜ出会って間もないわたくしたちにそんな大事な神器級マジックアイテムをお譲りいただけますの? 負けて【魔蛇】に奪われてしまうかもしれないじゃない」
「それは商売人の感ってやつだな。これを頼りに今の今まで商売やってきたからよ!」
「なるほど……賭け時と判断されたのね。ならもうわたくしも疑うことはしないわ。柚子」
「は、はい!」
「これは貴女が持ちなさい。これから24時間、貴女の刀よ」
「え、えぇ!?」
心の底からの驚愕の声をあげる。予想はしていたけれど想像の倍は驚いているわね……。
「な、なぜ私なんですか!?」
「もちろんわたくしより刀の才能があるからよ。わたくしも一応習ってはいましたけど、柚子ほど真剣に打ち込んでいなかったもの」
「で、ですが……」
「くどいわよ。わたくしが貴女を信用して預けようとしているの。わたくしの信用を疑う気?」
「い、いえ! ……わかりました。お受けいたします」
覚悟が決まった顔ね。笑顔も好きだけれど、凛々しい顔も大好きよ。
「よしっ、決まりだな! 頼むぜ、お二人さんよ?」
「ええ」「はい!」
交渉を終え、[ムラクモ]を手に取り島へと戻る。さて……いつ【魔蛇】が動いてくるかしら。と、思っていたら柚子が緊張しているのか震え上がっているわね。
震える柚子をそっと後ろから抱きしめて落ち着かせる。
「あ、あの? アリス様!?」
「落ち着きなさい。柚子。貴女は強い子よ」
「……はい」
「貴女を信じているわ。だから柚子も、わたくしを信じて戦ってくれる?」
「はい。……はい! もちろんです!」
「うん。いい返事よ」
……来たっ!
「柚子、動きがあったわ」
「えっ!」
生贄の印を触れるときにこっそり発動しておいた『ストーキング』によると……北に動いているようね。
「追うわよ、柚子」
「はい!」
さぁ……出てきなさい!【魔蛇!】 あなたを打ち砕いて、奴隷ちゃんを救ってみせるわよ!




