20話 前日の夜ですわよ
「ど、どういうこと!? さっぱり理解できません!」
柚子が頭をふらふらさせている。そんな仕草も可愛いのだけれど、今は疲れて煩悩も湧かないわね。
「わたくしたちは一杯食わされたということよ。これまでの[黄金の蛇]の報告も冒険者からのみだったでしょう? つまり、【魔蛇】の脅威になるかもしれない強者の調査を[黄金の蛇]が行なっていたってことよ。向こうとしては、わたくしたちに[武装熊]をぶつけてどれだけ強いかも見極めることに成功したわね」
「あのマジックアイテムもそうですか?」
「えぇ。あのマジックアイテムに対してどこまでやれるかを測っていたのでしょう。まぁなんとか全力で撃つフリをしてセーブして騙せたからこっちとしても成功ね」
「……えっ!? あれセーブしてたんですか?」
「当然じゃない。本気でやったら山が消し飛ぶし、【魔蛇】が恐れをなして身を隠すかもしれないじゃない」
そしたらいつまで経っても魔王を倒して日本に帰れないわ。ここの居心地も悪くはないけど、やっぱりわたくしは日本を動かすことが使命だものね。
「い、いつからお気づきに……?」
「[武装熊]に話しかけて言葉を理解したと確認した時によ。その時から演技は始めてたわ」
全力で行くわよ! なんて柚子に言ったのも演技の一環ね。わざとらしかったかしら……?
「も、もう言葉はないです……流石ですとしか……」
「ふっ。そういえばわたくし、天才でしたわね。さ、帰るわよ」
「えっ! クエストはどうするんですか?」
「当然失敗という扱いでしょうね。はぁ。骨折り損だわ」
「ええ〜! そんなぁ〜……」
がっくりとうなだれる柚子。わたくしだってそうしたいわよ。あれだけ張り切って来たのに出会えたのがどうしようもない盗賊たちとすぐに消え去った[黄金の蛇]だとね。
でもまぁ過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。ここでこのクエストは終了!
「さ、もう帰りましょう。日も暮れて来たわ」
朝10時ごろに出発したはずなのに気づけばもう17時ごろ。当然時計なんてないから太陽の位置で判断しているわよ?
「はーーい」
しょんぼりとした雰囲気を垂れ流す柚子を抱えて飛翔!
本気で魔法を撃っていたら眼下に広がる森が消し飛んでいたと思うと自分で自分が恐ろしくなるわね。
10分ほど飛んだところで【アトロン島】へ到着! さぁ、晩御飯の支度ね。
「『ストレージボックス!』」
闇の渦からお肉を取り出してみるとやはり腐った痕跡はない。この魔法に収納さえしてしまえば不変ということかしら。だとしたらすっごく便利ね。応用も効きますし。
「さ、お肉も焼けて、お野菜も炒めてみたわよ……って浮かない顔ね」
「はぁ……」
「どうしたのよ? 柚子らしくないわよ?」
いつも明るく元気に! が取り柄ですのに。
「だって……今回のクエストではアリス様に怪我をさせてしまったことだけが残ってしまったんですもん」
「……そう」
貴女はわたくしのことを考えていてくれているのね。
「何度も言うけど大丈夫よ柚子。わたくしはそんなことで怒ったり失望したりなんて絶対にしないわ」
「はい……」
少しだけ、ほんの少しですけど笑顔が戻ったわね。うん、そっちの顔の方が好きよ。
「さてと……そろそろ【魔蛇】も動き出してくるかもしれないわね」
「それなんですけど、ユリアンちゃんとロマンちゃん、大丈夫ですかね……」
「何の心配をしているの?」
「だって……あの奴隷商人たちのアジトで捕まっているんですよ!? 何をされているか……」
「そうね。でも心配は無用よ。手は打ってあるわ」
「え、え!? いったいどんな……」
「『ストレージボックス』の応用ね。もし彼女たちに男が触れようものなら即座に闇の渦で守ってあげる魔法をかけておいたの。きっと生贄になる日まで効くはずだから安全だわ」
「すごい……流石です!アリス様!」
「ふん。まぁ、彼女たちのためではないわよ。ただ【魔蛇】を倒すための生贄がいなくなると困るのはわたくしたちだもの」
「完璧なツンデレですね……」
「何か言ったかしら?」
「い、いえ!」
まぁいいわ。不問としましょう。
「さて、噂の3日後の夜は明日ね。日中のうちに【アイン】の街へ出て、マジックアイテムでも買い揃えましょうか。備えあれば憂いなしですわ。金庫のお金もいくらか使って準備しましょう」
「賛成です! 私、もっといい性能の刀が欲しかったんですよ!」
本当に異世界に対してストイックね……。とても17の少女とは思えないわ。
「でもユリアンちゃんとロマンちゃんが【魔蛇】に呼ばれたとして、どうやって私たちが後を追うんですか? いつどこで呼ばれるかもわからないのに……」
「私の冒険者カードをご覧なさい。実は『ストーキングLv20』というのがあるの。これで生贄ちゃんたちの動向を追えるというわけよ」
「なるほど! ……えっ? でもなぜ『ストーキング』なんてスキルを身につけているんですか? 隠蔽工作とかはお父様から教えてもらったのでしょうけど……」
ぎくっ! まずいわね……うまく誤魔化さないと屋敷で働いている柚子をこそこそつけていたことがバレてしまうわ……。
「す、スパイ教育の一環だったのよ! 将来の選択肢は多い方が良いでしょう?」
「は、はぁ……?」
な、なんとか誤魔化せたかしら? もうこの件は流してしまいましょう。
「さて、明日買う物を考えておく必要があるわね」
「そうですね。私の刀と……」
それは確定で買うのね。まぁいいですわ。いちいちケチケチするわたくしじゃなくてよ。まぁ高く見積もって金庫以外の残金約50万円はかかるとしましょう。となるとあと100万が限度ね。300万円は残しておきたいところですし。
「今日の[武装熊]たち。特に神クマを見て考えが変わったわ。マジックアイテムは勝負を決める一手になりかねないほど強力なものがあるのよ。多少高額でも買うとしましょう」
「はい!」
まぁすでに持っている[パーフェクトリング]も一般の方からすればかなり強力な部類に入ってくるのでしょうけど……。
「さ、そろそろ寝ましょうか。明日はハードスケジュールよ。朝と昼は買い物、夜はおそらく【魔蛇】との戦闘になるわ」
「は、はい!」
普段通り水浴びをして干し草のベッドへ。となりに横たわる柚子とのお話も、今日は緊張からか盛り上がりにかける。少し寂しいわね。
「あの……アリス様? まだ起きていられますか?」
「えぇ。起きているわよ」
「その……怖くないんですか? 私たち、魔王を倒すことを掲げて【魔蛇】と戦いますけど、こうして毎日クエストをこなして日銭を稼いでも幸せに生きていけるんじゃないですか?」
柚子が今言ったこと、それはきっとずっと心の中でしまっていた言葉なのでしょうね。
「えぇ。それはそうでしょうね。でも……」
一呼吸おく。それは意識下ではなく、無意識のうちにおいていた。
「わたくしには日本をより強く、国民をより豊かにする義務があるの。こんな異世界に何年も何年もいてはいけないわ」
「……はい」
納得……はしていないわね。それは当然のことだわ。こうして異世界でおとなしく生きていれば安全ですもの。でも……
「わたくしはね、産まれの運命に抗いたいのよ。"日本を裏から操る令嬢として生を受けた"から日本を導くのではないの。わたくしは、わたくしの意思で、日本を導きたいのよ」
「は、はい」
「こんなカッコいい主人について来てくれないのかしら?」
「い、いえ! ついていきます! どこまでも……!」
「ええ。頼りにしているわ」
きっと柚子は納得なんかしていない。でもそれが普通だし、そうであるべきなの。普通じゃないわたくしの隣には、普通の感性を持つあなたが必要なのよ、柚子。
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