19話 黄金の蛇探しですわよ②
生い茂る木々から出てくるのは武装した熊。そのままの名を冠する[武装熊]が続々と敵意を向けながら現れる。
「柚子、これは悪いけど手伝ってくれるかしら? 流石に1人では厳しいわ」
「はい! もちろんです」
ただ倒すだけなら容易なのだけれど……南東の森のように焼き尽くしてしまったら[黄金の蛇]すら焼き払ってしまう可能性もある。それは絶対に避けたいですわ。
それにしてもなぜこんなに敵意を向けられているのかしら……
「っと!」
「アリス様!?」
「平気よ」
[武装熊]の一角が小手調べとばかりに枝を投げつけてきた。
「枝で攻撃だなんて、ずいぶんと無礼じゃない? わたくしと戦いたいのなら漢気とやらを見せてごらんなさいな」
「グル……」「グアッ!」
一応煽りは通じるのね。だとしたら厄介だわ。人語が通じるほど知能も高いだなんて。
「……どうせなら[武装熊]退治のクエストを受ければ良かったですね」
「ありましたの?」
「ありましたよ! 報奨金750万円でした! 普段は温厚で、会話もできるはずの[武装熊]が暴れたから倒してくれって!」
[黄金の蛇]の捕獲よりよほど簡単そうじゃない! 1000万円に釣られて気がつかなかったわ……。
「グルォラァ!!!」
来た。行くわよ……!
「『フレイム!』」
威力は気持ち弱めくらい。森を焼かない程度ですわ。
「私も! 『紫電:一文字!』」
柚子も順調そうね。ただ数が多いのなんの!
「グルルル……」
「ハッ! 柚子! 伏せなさい!」
「は、はい!」
「グルァァァァ!!!」
爆炎が[武装熊]の口から放射される。熱風の煽りを受けて軽く火傷を負うも、そんなことに構っている余裕はない。
「『ダークネス!』」
闇の靄をわたくしの前に設置。これならダメージを受けることもないでしょう。……いや、そうじゃないわね。
「『ダークネス』解除」
このタイミングで新技を思いつきましたわ。流石わたくしね。
「グルルル……」
奥の熊がまたしてと炎を貯めている。さぁ…くるなら来なさい。
「グルァァァァ!!!」
再び炎が放射された。さぁ……一か八かの実験よ!
「『ストレージボックス!』」
放射された炎を、『ストレージボックス』内にしまいこむ。そして……
「『ストレージボックス』、放射!」
叫ぶと同時に闇の靄の姿をした『ストレージボックス』から熊の放射したものと同じレベルの炎が吹き出す。よし、成功ね!
「グアッ!?」
まさか自分の魔法にやられると思っていなかったのか放射した熊は驚愕の表情と共に炎に包まれた。……中の食材とか焼けていないでしょうね。後で確認しておきましょうか。
さて……あと何体ですの? 柚子が結構サクサクっと倒してくれているから半分は終わったみたいね。
「ありがとう柚子。いい働きよ」
「いやぁ〜そんなぁ〜『紫電:一刀両断!』。私は与えられたことをしてるだけですよぉ〜『紫電:一文字!』」
……この子結構ストイックね。まぁ異世界に謎の憧れのようなものもあった様子でしたし、もしかしたら楽しんでいるのかもしれないわね。
「さぁ、わたくしも良いところを見せますわよ! 『ライトニング!』」
気持ち強めに練り上げた雷を分散させるイメージで放つ! 先頭の[武装熊]に直撃した後、後方の熊たちにも電撃は広がっていった。やはり多数を相手にするときはこの魔法がピッタリね。
そう、魔法を撃って終戦かと思った、その瞬間
ズン!!!
大きな衝撃で大地が震えた!
「な、何ですの!?」
「アリス様! 大丈夫ですか!」
「ええ。まずは自分の身を守りなさい!」
地震……? でもこの揺れ方……何か大きな力が働いたような揺れに感じるのだけれど……。
咄嗟にしがみついた木から顔を出すと何頭か生き残った[武装熊]みんなが頭を垂れている。頭を垂れている方向へ視線を向けると自然と体が震え上がった。何……あの熊は! 明らかに他の[武装熊]たちとは格が違うとわかるほどの巨躯。そしてその武装は歴戦の勇者を思わせるほどの豪華絢爛な装備。
「なるほど……アレが熊たちの長ということね。≪スキャン!≫」
大事なのは迷いを捨てること。すぐに情報収集からよ。
≪神器武装熊Lv46≫
レベル46!? それに"神器"って…。
「アリス様! 来ます!」
「はっ!」
[神器武装熊]……長いから神クマにしましょう。神クマが装備した禍々しいオーラを放つ剣からは斬撃が飛んできた。魔法というよりあの武器そのものに効果がありそうね。マジックアイテムということかしら?
「柚子、気をつけていくわよ」
「はい!」
先程[武装熊]の攻撃で肩を負傷したことを考えるに、レベル差があってもダメージを喰らわないわけではないようね。つまりここで死ぬ可能性もあるということ。気を引き締めていくわよ……。
「グゴァァァ!!!」
「あら、怒ったの? わたくしを仕留められなかったのが悔しかったのかしら? ならもう一度狙ってみなさい」
試しに煽ってみるとやはり神クマはこちらを向いて唸った。
「……ふぅん」
これで完璧に合点がいったわ。もう用はないわね。さっさと片付けましょうか。
「柚子、手出し無用よ。最高火力でやるわ」
「え!? そしたら森が…! [黄金の蛇]だって……」
「それについては大丈夫。わたくしを信じなさい」
「は、はい……」
「グルァァァァ!!!」
神クマが再度神器を振るって来た。はじき返してみせるわよ。
「華やぐ炎に抱かれなさい!『絢爛の炎!!!』」
足元から煌びやかな炎が大渦を巻きながら出現。それを思いっきり……
「はぁ!!!」
神クマへ向かって放射! さぁ、どうしますの?
森全体すら焼かんとする炎の大渦を神クマは全身で受け止める。やはりあの鎧もマジックアイテムのようね。でもわたくしの最高火力の魔法ならそんなものすら破壊する!
「グオオオオオッッッ!!!」
けたたましい雄叫びと共に絶命した。驚いたわね……周りの森にほとんど被害が出ていないわ。あのマジックアイテム、相当貴重なものなのでしょうね。
それを回収しようとしたその瞬間、剣も、鎧も、一瞬にして消え去った。
「なっ!」
「えっ! 嘘! アイテムドロップ無しルールは聞いてないですよ!」
何を言っているかよくわからない柚子は置いておいて、まさかここまで露骨にやってくるなんてね……。
「はぁ。そろそろ終わりにしましょう?」
「え? アリス様?」
「どうせ近くでわたくしたちを監視しているのでしょう?[黄金の蛇]さん?」
「あ、アリス様、何を言ってるんですか」
「普段温厚なはずの[武装熊]が突然暴れ出した。人語を完全に理解しているのに喋れなくなった。貴重なマジックアイテム、それもわたくしの魔法を受けきれるほどの絶大な力を持っている品。そしてそれを一瞬にして回収。すべておかしいと思わない?」
「は、はい……おかしいとは思いますが」
「[黄金の蛇]は【魔蛇】と共に現れるのよね? なら……わたくしの力を試すためにこんなことをしたのではなくて? そろそろ出て来なさい!」
「フフフ……キヅイタカ、ニンゲン」
「ひっ!」
立派な一本杉からニョロっと現れたのはその名の通り黄金の蛇。
「監視や調査だなんて随分なことをするじゃない。相当目に付けられているようね」
「キサマハ大蛇ヲタオシタ。ソノウラミハツヨイ」
大蛇の時に目をつけられたということね。
「キサマノチカラ、スベテメニシタ。マジャサマニホウコクスル」
そう言い残すと[黄金の蛇]はスゥッと透過し消え去った!
「え、ど、どこに!」
森に残ったのはわたくしと、慌てふためく柚子のみだった。完全に……してやられたわね。




