1話 無人島ですわよ?
3年前……
コンコンと部屋のドアを叩く音が響く。その数瞬後には透き通った綺麗な声がわたくしを呼んだ。
「アリス様、柚子でございます」
「入りなさい」
ガチャッとドアを礼儀正しく開け、1人の顔立ちの整った従者が部屋に入ってくる。
「明日の海外出張への準備が整いました。ご確認のほどよろしくお願いいたします」
「結構よ。あなたが準備したのでしょう?なら確認なんていらないはずだわ」
「かしこまりました。失礼します」
「ええ。良い夜を。柚子」
静かにドアが閉まり再び部屋にはわたくし1人きりとなる。
わたくし、御陵院有栖はこの日本を裏から牛耳る御陵院家の令嬢として生を受けた。徹底した教育管理の下、完璧な天才を生み出すことに成功した…というのが私への周りの者たちの評価。ただ、唯一欠点だと烙印を押されたのは、性別。
今でこそ民衆の男女平等は進んできたものの、権力者の世界は女性であると甘く見られたり…有能であると男性の数倍の僻みを買ってしまうという腐った世界ですの。
「まったく非合理的ですこと。有能な人材を性を理由に追いやるなんて。そんなのだから小娘に頭脳で負けるとなぜ気づかないのかしら」
幸いわたくしは父の保護の下のびのびと成長することができた。明日はようやく掴んだ海外出張の機会。絶対に無駄にはしませんわ。
…そろそろ眠たくなってきましたわね。世界を相手取ると言えどわたくしもまだ14の少女…普通に恋とかもしてみたいものね。
そんなことを思いながらふかふかのベッドに横たわる。いけませんわ。わたくしの働きで日本の未来が変わるのだもの。もっと使命感を持つのよ、有栖。
そして睡眠を充分に取り、朝早くから飛行機に乗る。当然ボディーガードも大量に乗り込むから暑苦しいのなんの。
わたくしを守る方々にこんなこと言いたくありませんが本当に汗臭いのよね。見るだけで体温があがりますわ。
飛行機に乗って1時間ほどして…わたくしが違和感に気づいた。
「…今一瞬外に何かいたわね」
「えっ?そうでしょうか…確認してみます」
柚子が窓から外を覗いた瞬間、機体が激しく揺れ動くとともに轟音が響いた。
「キャッ!?」
「アリス様!」
どんな屈強なボディーガードたちも慌てふためいて自己保身するなか柚子が一番に私に覆いかぶさって守る形を取る。ほらみなさい。役立たずな筋肉よりよほどこの子の精神の方が強くてよ。
「落ち着きなさい!何が起こったの!?」
「アリス様……戦闘機です……」
「何ですって!?」
横目で窓を見ると……鉄色に輝く空の軍隊がわたくしの飛行機を取り囲み、銃口を向けていた。
「そう……わたくしたちを敵にまわすのね。この報いは……死ぬまで受けるといいわ」
もう一度激しく揺れ動き、何かが爆発した音がした後のことはよく覚えていない。ただ---
「今わたくし達が無人島にいるのは間違いないようね」
目が覚めて……この言葉を紡ぐのに5秒も必要無かった。目の前に広がるのは紺碧の海。後ろに広がるのは深い森林。これがバカンスなら喜ぶところでしょうけどわたくしたちは遭難者。遊んでいる場合じゃないわね。
「柚子、起きなさい。柚子!」
幸い一人でここにいるわけではなく隣には柚子が横たわっていた。
「ん……おはようございます。アリス様」
「おはようじゃないわよ。周りを見渡してごらんなさい」
こんな状況でなぜか眠たそうな顔をしている柚子の顔がだんだん、だんだんと青ざめていくのがわかる。
「こ、こここ、ここって!」
「ええ。ここは恐らく……無人島よ」
「も、申し訳ありませんでした!」
光の速さで土下座の姿勢をとる。
「おやめなさいな。第1貴女が謝る理由はないはずですわよ」
「しかし…しかしっ!」
はぁ。人の上に立つと言うのも難しいものね。
「いい?柚子、もし貴女が責任を感じるというのであれば何としてもわたくしの命を守りぬきなさい?いいわね?」
「は、はい!」
「よろしい。ではまずは情報収集よ。付いてきなさい」
「ハッ!」
いい返事をしてわたくしの後についてくる。少しだけ森の中に入っていくとすぐに違和感を覚えた。
「・・・どういう事かしら」
「どういたしました?」
「御覧なさい、柚子」
「うわぁ!綺麗な花ですね!」
「触ってはダメよ!」
柚子がビクッと身体を震わせる。
「大声をだしてごめんなさいね。ただこの花はカロライナジャスミン。花の蜜に強烈な毒を持っている花よ」
「ひえっ……。でも何が疑問なんですか?」
「後ろを見てみなさい」
「あっ!これも可愛い花ですね!」
「それも触ってはダメよ。それはエンジェルトランペット。それも毒を持っているわ」
単に毒花が多いことに妙だと思っているわけではなく……
「これはアジアの花でさっきのジャスミンは南米の花なの。それに今は秋……本来ジャスミンが花開く時期ではないわ」
「それじゃあなんで咲いて……」
「わからないわ。何もかもね」
気にくわないわね。まだこの世界にはわたくしの知らないことがあるとでも言うの? 毎日吐くような重圧に耐えて勉学に努めてきたわたくしに理解できないことなどあっては許せない。いいですわ、無事救出されたとしてもすぐここを調査することにしましょう。もうこれは性分ですわね。
「あっ!アリス様見てください!湖ですよ!」
「ふむ……湖と呼ぶには少々小さすぎる気もしますがいいでしょう。1番欲しかった水は確保できましたわね」
とりあえずこれで一安心。あとは安置と食料を確保できればいうことはないのですが。
グゥゥ……ッ!
「……柚子?」
「も、申し訳ありませんアリス様!」
お腹をおさえて顔を真っ赤に染める柚子。まったく、この子には緊張感というものがないのかしら。
「はぁ。好き」
「へ?」
「い、いやなんでもないのよ?忘れなさい」
「は、はぁ」
危ない危ない…思わず声が漏れてしまいましたわね。何を隠そうこのわたくし御陵院有栖はレズビアン。特にこの柚子にはぞっこんですの。でも令嬢たるわたくしと使用人の柚子の恋愛はご法度。さらにわたくしから好意を伝えるなんて禁則中の禁則ですわ。まぁもし柚子の方から好意を伝えてきたならばそれに応じる手立ては十分ありますけど。
「…リス様?……アリス様?」
「はっ! あ、えっと…何だったかしら?」
「食料ですよ!食料!」
よほどお腹が空いていたのかすごく顔を輝かせながら柚子がはしゃいでいる。
「やりましたわね!それで?何を採ったのかしら?」
そう質問すると柚子は手に持っていた黒い物体を私に見せてきた。
「サソリでーす!」
「サ、サソリ?」
「あ、アリス様!?放心なさらないでくださいよアリス様!」
「あ、貴女まさかそれ食べるつもりじゃないでしょうね……」
「え?食べますよ?あとは火さえあれば……」
「火なんて簡単に起こせるものじゃないでしょう?」
「いえいえ。案外簡単ですよ!波打ち際に打ち上げられたペットボトルに水を入れて……太陽の光を屈折させて木のクズに当てると……ほら!小さいけど付きましたよ!」
こ、この子……突然この手慣れぶりは何なのかしら!?
「柚子……あなたすごい手慣れているわね」
「えへへー、実は私サバイバルの番組とか映画とか見るの大好きなんですよ」
な、なるほど……わたくしが手を出していないジャンルでしたわ……。案外見えていなかっただけでわたくしの知らないものなんて溢れるほどあるのでしょうね。
「そ、それはそれとしてそのサソリをいただきますの?」
「はい!もうすぐ火が通りますから待っていてくださいねー」
あら?いつのまにかわたくしも食べる流れになっていますわよ?
「はい、どうぞ♡」
満面の笑みでサソリを渡してくれた。その好意と表情は大好物なのですが……これは……。
「わ、わたくしは遠慮しておきますわ。柚子が食べなさい」
「あー!もしかして虫食べるの嫌なだけですね!?ダメですよこんな非常時に選り好みしちゃ」
くっ……正論ですわね。
「わかりましたわ。うっ……これは…海老?」
ほんのりと海老のような味が広がった後……
「うっ……後味はやっぱり苦いですわ」
「でも思ったよりは食べられますよね?」
「まぁ……そうね。感謝するわ、柚子。柚子といればなんとか生き延びれそうよ。柚子のおかげで諦めることなく日本に帰ることを目指せそうだわ」
「えへへ…あっ!これも焼けましたよ!」
「はい。いただきます」
ピシッと身体が硬直したのがわかる。
「柚子、こ、これは……?」
「ミルワームです!カリッとして美味しいですよ?」
ついさっきまでうじゃうじゃと地を這っていたであろう幼虫を目にした瞬間サッと頭の血の気が引いた感覚を覚えて後ろに倒れる。
「あ、アリス様ぁ!?」
こんな前途多難なサバイバル生活が始まり……気づけば3年の月日が経った。
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