16話 異世界ご飯ですわ!
街へ戻ったものの、もう時間が時間でしたので島へ帰ることに。 ……はぁ。アフターケアも大変ね。
「柚子、何か思うことがあるなら話しなさい」
「は、はい……。ユリアンちゃんとロマンちゃん……救えなかったのでしょうか……?」
まぁそんなことだろうと思ったわ。
「安心なさい。別に見殺しにしたつもりはないわよ。ただ……あの場で彼女たちを助けると奴隷商会を敵に回すことにもなるし、【魔蛇】がどういう動きをするかわからないじゃない。それなら3日後に彼女たちを見張ってこっそりついていけば【魔蛇】にも接触できる。そうでしょう?」
「た、たしかに……! 流石です!アリス様!」
「よしなさい。こんなことで……。さ、ご飯にしますわよ」
「はい!」
さて今日のメニューは……最近【アイン】の街へ出ていくせいで食材のストックが尽きてきたわね。
「ねぇ柚子、明日は食品を買いにいきません? お金もまだ余っているでしょう?」
「そうですね! そろそろ無人島食も飽きてきましたし、何か美味しいもの買いましょう!」
決定ね。でもそれはそれ、これはこれね。今日の夜をどうするかは解決していないわ……。
「魚釣ります?」
「う〜〜ん……もう20時だから釣れなかった時のことを考えると辛いけどやるしかないわね。釣りはお願いしますわ」
「はい!」
さてわたくしは……うっ……非常用ボックスに乾燥ミルワームが少し残っていますわね……。別にもう食べられるのだけれどできれば避けたいのが本音ですわ。
干物もあるけどそれは朝に回しましょう。朝から虫はキツイですわ。
「ゆ、柚子? 釣れそうかしら?」
「うう〜ん、釣れる気配はなさそうですねぇ……」
くっ……ならミルワームを食べるしかなさそうね。
「質素ですけど、なんだかんだ美味しいからいいですよ」
「まぁそうなのだけど……」
「虫に抵抗なくなれば日本でも居酒屋とかで出てもいいと思うんですけどね。豆系の味ですし」
サラリーマンが仕事終わりにビール片手にミルワームを食べる時代が来ると想像すると……ちょっとまだ抵抗がありますわね。
「ロクに異世界の食べ物食べてないから楽しみなんですよね〜!」
「どんなものが柚子のいうところの"王道"ですの?」
「それはもちろんドラゴンの肉とか魔獣の肉ですよ! どんな味なんだろうなぁ〜!」
ドラゴン……魔獣……それ美味しいのかしら、という声は一旦胸の奥にしまう。普通に牛や豚のがいいのだけれど……。この子もしドラゴンの肉や魔獣の肉が売っていたら買うつもりなのかしら。
「アリス様はどんな食材を狙っているんですか?」
「そうね……フォアグラとかかしら。この島では食べれていないもの」
「うわぁ……ずいぶんと高望みですねぇ……」
「し、仕方ないでしょう!? 本当に今食べたいのだもの!」
「ミルワームをかじりながらフォアグラの妄想……虚しい……」
うっ……そう言われると本当に虚しくなってきますわね。
「あぁ! もう! とにかく明日は食材を買いに街へ行くわよ!」
「はい! そういえば今いくら貯金がありましたっけ……?」
「確か柚子に預けた100万円と金庫に預けた400万、それから大軍蛇で稼いだのが44万円。そこからコース料理・香水・大剣・ムチで56万円の出費だから……」
「金庫を除けば88万円ですか! 【魔蛇】と戦うにはもっとマジックアイテムも用意したいところですし、明日は食材を買ったらクエストも受けませんか?」
「……そうね、まだ【魔蛇】の日まであと3日もありますし、そうしましょう」
とはいえ駆け出し冒険者の集まる街【アイン】で受けることのできるクエストの最上級であろう大蛇討伐クエストをクリアしたわたくしたちに一般クエストなんて回してくれるのかしら。少し心配だわ……。
「ごちそうさまでした」
「えぇ。おそまつさまでした」
まぁミルワームに塩を振って軽く炒めただけですけどね……。
「さ、そうと決まれば早く寝ましょう? 今日は疲れたわ」
「買い物と潜入という真逆の温度を感じてましたもんね……。お疲れ様です」
「わたくしもそうだけれど……あなたよ、柚子」
「へ?」
「あなたが頑張ってくれたじゃない。潜入だって柚子がリサーチしてくれたからあの子たちに接触できたのよ。ありがとう、柚子」
「い、いえ! 私は……アリス様のために!」
少し頬を赤らめながら背筋を伸ばす柚子。シンプルに可愛いわね。
「そう。じゃあ寝ましょうか。明日も早いわよ」
「は、はい!」
柚子のいい返事を聞くや否やすぐに眠気が……。本当に今日は……疲れた……ですわね……。
気がつくと空が明るい。
「柚子、起きなさい、柚子!」
この太陽の位置から察するに少し寝坊したわね。
「ふわぁ……おはようございます、アリス様」
「おはようじゃないわよ。早く支度しましょ」
「ふえぇ……えっ! もうこんな明るい!?」
やっと気付いたようね。柚子の意識がはっきりする前にもう私の方で朝ごはんを作っておきましょうか。もしもの時のための非常食ボックスには……ありましたわ。魚の干物。10日間は生きながられるでしょうけど、人間欲を持つもの。どうしても他のものが食べたいわ。
「柚子、今はこれしかないわ」
「また干物ですかぁ……今日は絶対美味しいもの買いましょうね!」
「ええ。もちろん」
ただこの島で保存できるものならいいのだけれど……いや、わたくしの『ストレージボックス』なら食べ物でも保存できるのかしら。試しにそこの青果をひとつ収納しておきましょう。数日後に取り出して腐っていなかったら大発見よ。
朝食を食べ終え、いよいよ【アイン】へ。西側には服やマジックアイテムのお店が広がっていたから……きっと食品は北側ね。
「柚子、行くわよ」
「はい! バンザーイ」
くんくん……毎回ひっそり嗅いでいますけどやっぱりいい匂いね。たまらないわ。
【アイン】北部にひっそりと降り立つ。やっぱり予想は当たっていたようね。商店街が広がっていますわ。
「うわぁ……! どれも美味しそう〜!」
「柚子、クエストを受けることを考えたら結構余裕があるわ。好きに買ってみなさい」
「はい!」
まずは野菜類ね。あれだけ植物は生えているのにロクに野菜は見当たらないのよ。あ、かぼちゃのようなものもいいわね。
「アリス様! ついに見つけました!」
「ついにというほど時間経っていないけど何かしら?」
柚子が目をキラキラさせて指さすのは……お肉?
「[プリャドラゴン]のお肉らしいですよ!」
「そ、そう……」
美味しくなさそうね。なんというか……限りなく青紫色に近い赤という感じの色が食欲を削いできますわ。ってこれで5万円!? 高すぎませんこと!?
「アリス様! 食べてみたいです!」
「お、お昼にどうかしら? このお店では2階でいただけるようよ?」
「本当ですか? じゃあそうします!」
ふぅ。危なかったわ……もし島に持って行ったらわたくしも食べることになっていたでしょうし……。
その後もわたくしは無難に美味しい食材を買っては『ストレージボックス』へ収納する。便利な魔法ね。
「アリス様、そろそろお腹空きません?」
「そうね。それでは先ほどのお店でお昼としましょうか」
「わーーい!」
……あんな色の悪い肉のどこに惹かれるのかしら。
お店の2階に上がると……なんというか庶民の皆さまのよく行く居酒屋のような雰囲気の店構えになっていますのね……。外観は八百屋のようなのに。
「お待たせいたしました、[プリャドラゴン]のステーキです」
ウェイトレスの子が運んできてくれたそのステーキは変に青い汁が滴るグロテスクな見た目をしている。にもかかわらず柚子は変わらず目を光らせていた。
「美味しそー!! いっただっきまーーす!」
バクッと勢いよく喫食。さぁ……どうなの……?
「おお! これは!」
えっ!? まさか美味しいの? これが!?
「まっずいぃ!!!」
……そりゃそうよね、という言葉をなんとか喉の奥にしまい、わたくしは運ばれてきたパスタいただきましたわ。




