15話 潜入ミッションですわよ
【アイン】の街から西へ歩いて約15分のところで柚子の足が止まる。
「アリス様、ここです」
「……なるほどね」
少し高台になった場所から見下ろすとまるで監獄のような施設が施設が立っていた。いや……監獄のような、というより……
「立て札に『監獄』とありますわね」
「おそらく昔監獄だったものを今は奴隷商人たちが使っているのかと」
そうなると警備が厄介ね。相当張り巡らすのに有利な内装のはずですし。
「アリス様、とりあえず門番の2人は無力化しておきませんか?」
「そうね、とにかく入口から制圧してしまいましょうか」
時刻は19:20。辺りは充分暗く、暗躍にはもってこいと言えますわね。
ちょうど仕掛けようと思ったタイミングで門番の交代の時間になったようで2人が入れ替わった。チャンスね。これで誰かが様子を見に来る可能性は減ったわね。
高台から降りてもまだ門番は気づいていない様子。それなら……
「行くわよ!」
「はい!」
思いっきり加速! 何なら少し飛んでいるくらいのスピードでぶつかり門番を吹き飛ばす。
「「グエッ!?」」
多少の呻きは出ても音は最小限。まぁ大丈夫でしょう。
「ふぅ。問題ないわね?」
「はい。気絶してます!」
「では中に行きましょうか」
「はい!」
どうせ警備体制がしっかりしているのなら正面から突っ切ってしまいましょう。
『ガハハハッ! これで我々の信用もうなぎのぼりですなぁ!』
『あぁ! 生贄がうちの奴隷から出て助かったぜ!』
『流石アニキ! 持ってる運が違いますや!』
商人たちは宴中のようね。今のうちよ……と柚子とアイコンタクトで確認し合う。玄関からまっすぐ進んだところに地下への入り口を発見。まぁわたくしならこの地下をダミーにしますけどあの様子だとそこまで頭が回る人はいなさそうね。素直に生贄ちゃんは地下でしょう。
地下道へ入ると気温も下がり、肌寒さすら感じる。柚子が抱きしめて温めてくれたら最高ですけど、侵入中に望むことではないわね。
『おい、何か物音がしなかったか?』
!? 伏せるわよ、とアイコンタクト。
『……なんだ、気のせいか?』
ふぅ。危なかったわね。さ、起き上がりましょ……
「ん? 柔らかいわね……」
おでこ付近に柔らかい感触が……
「あっ、ちょ、アリス様!?」
こ、これ……柚子の胸じゃない!
「ご、ごめんなさいね柚子」
「い、いえ……」
柔らかかった……気づかないフリをしてもう少し堪能すれば良かったわね。わたくし史上最大のミスですわ。こうなったらおでこに残った余韻に全気力を集中するしかないわね……。
「アリス様?」
「な、何かしら!」
いけないいけない……完全に煩悩に支配されきってましたわね。
「結構見張りもいますし日を改めてませんか?」
確かに……柚子の意見も一理あるわね。生贄が自分たちの奴隷から出たと大騒ぎしている今は余計に人が集まっているのでしょうし。でも・・・
「そうしたいのは山々だけど、生贄としていつ出されるのかわからない以上、なるべく早くに接触した方がいいわ。もし明日にも生贄として出されるんだとしたらラストチャンスだもの」
「そ、そうですね……! たしかに……」
だからこそ早く生贄ちゃんたちを見つけないといけないのだけれど……案外地下も広いのね……。
こそこそ地下を移動すると……ようやく独房室のようなものが見えてきた。ただ人が収監されている気配はない……もっと奥に特別な独房でもあるのかしら。
「……アリス様? 何か聞こえませんか?」
「え? ……そうね。これは……」
間違いない。これは下卑た男どもの声ね。本当は耳に入れたくもないのだけれど……。
『おいおい可愛いじゃねぇの!』
『生贄にしとくのはもったいねぇな!』
『ちょっと遊んどくか!』
『ロマンに触るな! 外道!』
「……アリス様……これ……」
「柚子、我慢は大事よ」
「は、はい……」
「でも……こればっかりは我慢の限界だわ」
「あ、アリス様……?」
魔力を全力で練り上げる。足と耳に集中。いくわよ……
「はっ!!!」
「ええっ!?」
声のする方へ全力疾走! 奥に進めば光が……あそこですわね!
「せりゃあ!」
「な、なんだ!? うごっ!」
「ぐえっ!?」
男2人の間に入って手を払う! とうとう風圧だけで人を気絶させられるようになったのね……。
「ふぅ。いっちょあがり……いや、まだいたのね」
「な、なんだおま……あれ?」
「醜い声をあげる前に倒れなさい。無礼よ」
これで3人……声の主は全員倒したようね。
「あ、あなたは……!」
「冒険者組合の!」
「あら? わたくしを知っているのかしら?」
赤のウェーブ髪の生贄ちゃんも、青のポニーテールの生贄ちゃんもわたくしを知っているようね。冒険者組合で会ったかしら……
「私たち、領主の息子のパーティにいた者です。私がロマンで……」
「私がユリアンなのです」
あぁ、あの時クズ息子が仕向けた2人だったのね。あの時はフードをかぶっていたから気がつかなかったわ。それにローブを着ていましたし。まさかクノイチ衣装を着ているとはね……。
気弱そうな赤髪・赤クノイチ衣装がロマンで、口調に癖がある青髪・青クノイチ衣装がユリアンね。覚えたわ。
「あ、アリス様! あっ! ここでしたか!」
「遅いわよ柚子。もうとっくに終わったわ」
「うひゃあ……またずいぶん派手にボコボコにしましたね…」
当然よ。女の子に不埒な真似をしようとするのが悪いのよ。
「それで? どうして貴女たちが奴隷になって、それどころか生贄になっているの?」
「わ、私たちはアリス様……? に負けた後ハーランドに追放されたんです。もうお前たちに用は無いって」
「ただの追放ではなく資金のために奴隷商人に売られて……そしたら【魔蛇】の生贄になった証である印が身体に浮かび上がってきたのです」
なるほど……それにしてもあのクズ息子は名前が出るたびに罪を重ねていくわね……。
「その印とやら、見せてもらえるかしら?」
「は、はい。これです……」
「私はここなのです」
赤髪ウェーブのロマンが前髪をあげる。確かにおでこに印……というか傷に見えるものが浮かび上がっているわね。青髪ポニーテールのユリアンには背中にまったく同じ印が浮かんでいる……なるほど、これは間違いなく生贄判定されたようね。触ってみても違和感を感じることはない。ただの印のようね。
「で、どこに行けばその【魔蛇】とやらに会えるのかしら。ささっと倒したいのだけれど」
「ま、【魔蛇】を倒す!?」
「そんなの不可能なのです!」
突然大声で叫ぶ生贄ちゃんたち。
「……なぜか理由を聞いてもいいかしら」
「【魔蛇】は噂によるとLv60は超えていて、あの大蛇すらペット扱いをしているそうなんです」
「この世界の端まで探しても【魔蛇】と戦える人間なんてたったの数人と言われているのです!」
ふぅん。そんな圧倒的な力を持っているのに約50年に1度の生贄で満足できるのね。不思議な魔王の幹部だこと。
「そう。まぁそんなことわたくしには関係ないわ。とりあえず【魔蛇】の位置を教えてくださる?」
「そ、それは……」
「私たちにもわからないのです」
「わからない? それならどうやって生贄として捧げられるつもりなのかしら」
「記録によると生贄に決定してから3日後の夜、【魔蛇】から巣に招待されるらしいです」
「その時に初めて【魔蛇】の居場所を知ることができるのです」
なるほど……つまりあと3日待たないと【魔蛇】の位置すら把握できないということね。ままならないものね。
「貴重な情報をどうもありがとう。では御機嫌よう」
「「えっ?」」
生贄ちゃん2人が驚愕の声をあげる。
「どうしたの?」
「あ、いえ……その……」
「えっと……」
言いにくそうね。何なのかしら。
「アリス様、この2人を助けないのですか?」
「ええ。このままにして帰りますわよ。ここで2人を攫ったら敵が増えるじゃない」
「「……」」
2人も理解してくれたようね。
「気の毒だけれど、これでさよならよ。じゃあお元気で」
心配そうな顔をする柚子を連れ、夜の街へ帰っていく。今のわたくしはどんな顔かしら。きっと……苦虫を噛み潰したような顔をしているのでしょうね。