14話 買い物発表ですわよ
「アリス様ー!!」
買い物を終えた柚子が満面の笑みで走ってきた。あぁ……どの世界でも柚子の笑顔は尊いのね。
「時間ピッタリね。流石よ」
「もちろんです! アリス様に仕える従者ですから!」
……本当にその意識まだありますの? ちょっと不安ですわ。
「どちらから先に発表します?」
「そうね……柚子から先にどうぞ」
「はーーい! ちょっと待っててくださいね」
ごそごそと袋からプレゼントを取り出している。ちょっとだけ不器用な柚子は包装紙が少し破れて「あぁ…」という声をあげてチラッとわたくしを見た。ここは気づかないフリですわ。
「じゃ、じゃーーん!」
柚子が取り出したのは……ムチ?
「えっ……なんですのこれ」
「ムチですよムチ! これで悪人をビシバシ叩いちゃってください!」
「あっ……え、ええ。ありがとう」
どうしましょう。好きな女の子からのプレゼントですのにまったく嬉しくないわ。
「これ先っぽを熱すると焼印を押せる仕様になってるんですよ! 『A』の刻印を探すのに時間かかっちゃいました!」
A……? あぁ、アリスのAね。一体この子の中でわたくしってどんなイメージを持たれているのかしら……。
「焼印はいつ使う予定なのよ……」
「アリス様の所有物の好きなところにジュッ♡っと」
「ジュッと……ですか」
マズイわね……この天才なるわたくしの頭脳を持ってしてもフォローの言葉が出てきませんわ。
「これは……誰にすると思っているの?」
「え……それはわた……嫌だなアリス様! みなまで言わせないでくださいよ!」
……? 本当に何なのかしら。まぁ物は何であれ柚子がわたくしのことを考えて買ってきてくれたのは伝わったから良かったわ。
「次はわたくしから柚子への贈り物ね」
「やったぁ♡ 何だろなー、何だろなー」
「ふふ……これよ!」
わたくしが指差したのは……白い布がかかった何か。
「へぇ……大きいですね!」
「布を取ってごらんなさい」
「はい!」
鼻歌まじりの柚子が意気揚々と布を取ると……禍々しくも強さを感じる黒い大剣が姿を現した。
「どうかしら。柚子は『異世界』というものに相当こだわりを持っていたようだから地球には無かったような剣を買っておいたのよ」
お値段は18万円。わたくしの使えるほとんどの資金をつぎ込んでしまったわ。
さぁ……飛び跳ねるように喜びなさい! 爆発するような笑顔をわたくしに見せてちょうだい!
「……あ、ありがとう…ございます……」
あ、あら? あきらかに無理をしている笑顔じゃないの!
「ど、どうしたの? 何か不服でもありました!?」
「えっと……その……」
「柚子。これはわたくしたちの信用問題よ。正直に言ってごらんなさい」
「い、異世界で使う剣は現地の物より……日本刀とか地球にもあったような剣が理想なんです…はい」
「な、」
なんですって!? じゃあわたくしが使った18万円は意味が無かったということですの!?
「で、でもせっかくアリス様が買ってくれたことですし、刀に変えてこの大剣を……」
「いいのよ柚子。これは責任を持ってわたくしが使うことにするわ。あなたはその刀を使いなさい」
「は、はい……」
これはまいったわね。まさかこの大剣が柚子の琴線に触れないなんて思いもしませんでしたわ。
それに……わたくしが使うと言ったはいいものの大きいわね……。普通に邪魔ですわ。戦闘中以外はいらないのだけれど……。
こういう時はあれね。イメージして魔法を作るしかないわ。今までのは本物の魔法を見てからイメージして発動していたけれど今回は0から生み出す魔法。骨が折れますわね……でも……
「『ストレージボックス!』」
近いイメージは『ダークネス』。闇に包み込むような感じで大剣を包み込む。
「はっ!」
叫びと同時に闇のモヤと大剣が綺麗さっぱり消え去った。
「そういえばわたくし、天才でしたわね」
「えぇ! 今のどうやったんですか?」
感嘆する柚子。でもまだよ。収納しただけでは完成ではないわ。今度はさっきの状態のまま呼び出すイメージを……。
「『ストレージボックス!』」
闇の球体に包まれた大剣がさっきの姿のまま、一寸の狂いなく現れた。成功のようね、もう一度収納しておきましょう。
「はえー……便利ですねぇ」
「こうやって暮らしが豊かになるのね。いい勉強にもなりますわ」
さて……今日のやることは終えてしまったわね。このまま【魔蛇】とやらの情報収集にでも・・・
≪カーーンカーーン……カーーンカーーン≫
【アイン】の街中に鐘の音が響き渡る。音量をもう少し下げられなかったのかしら。
「お、おい! この鐘……」
「ああ! 今回の生贄が決定したんだ!」
生贄……? ということは【魔蛇】関連の話のようね。
「柚子、動くわよ?」
「はい。いかがいたしますか?」
「そうね……生贄さんのいるところへ行きましょう。きっとこの大通りから遠くないと思うわ」
「なぜです?」
「さっき奴隷の移動を見たからよ。きっと生贄を決める儀式会場へ向かっていたんだわ!」
「なるほど。お供いたします!」
先ほどまで和やかに会話していた柚子の表情が一瞬で仕事の顔になる。あの柔らかな笑顔も好きだけどこの凛々しい表情もたまらないわね……。
人通りに従って歩いていくとやはり近くで決まっていたのね。まるで断頭台にかけられているように拘束された2人の少女を大勢の野次馬が見に来ていた。
「……あの2人どこかで」
「アリス様? 何かありましたか?」
「……いえ。なんでもないわ」
それにしても妙ね。奴隷身分にしては髪が綺麗だわ。片方が赤髪のボブヘアーでもう片方は青髪のポニーテール。あんなに鮮やかな髪色を奴隷身分で保てるのかしら?
そんなことを考えていると奴隷商人と思われる醜い太った男が拡声器のような物……おそらくマジックアイテムを手に取り壇上へ上がってきた。
「えー皆様! この度は【魔蛇】による定期的な生贄に関して、我々の運営する組織から生贄が選ばれました! これも我々の奴隷の品質管理あってこそ! どうぞ奴隷を買われる際は我々からお買い上げされるようよろしくお願いいたします!」
……最悪ね。気分が悪いわ。あの男も、この発言に盛り上がりを見せる観衆も、すべてが最悪だわ。
「アリス様……」
「柚子、我慢よ」
あの2人を助けるなんてわたくしたちにとっては容易いこと。ただ……ここで目立つと厄介な敵に目をつけられる可能性と、魔王を倒す上でのキーとなる【魔蛇】が厄介な動きをする可能性。2つが絡んでくる。下手な行動は避けるべきね。
「柚子、あの2人がこれからどこに送られるかつけてもらっていいかしら。流石に今日の今日で生贄に出すとは考えにくいわ。その間に考えましょう」
「はい! お任せください!」
その言葉を残して柚子は仕事に向かう。こういうことをやらしたら柚子の右に出るものはいない。さて……どうなることやら。
柚子に指令をだしてから3時間ほどでわたくしの元へ帰ってきた。
「戻りました。アリス様」
「おかえりなさい。どうでした?」
「あの男の奴隷館に監禁されているようです。警備も厚く……見つからずに潜入するのは難しいかと」
「そう。それなら……」
ゴクリと柚子が唾を飲む。わたくしの声を待っているのね。
「見つかる前に、倒してしまえばいいのよ。行くわよ? 柚子」
「はい!」
夜の【アイン】を、わたくしたちは堂々と闊歩し始めた。