13話 香水ですわよ?
無人島へ到着するやいなや柚子はお料理を始める。香水を使っておくなら今のうちですわね……
シュッとワンプッシュしたその時……
「ん? 何か甘い匂いがしませんか?」
「そ、そうかしら? 気のせいではなくて? ほら、お肉が焦げてしまうわよ」
「あぁ! もったいない!」
危なかったわね……犬並みの嗅覚ですわ。それにしても惚れ香水というわりに香りは普通なのね。
「アリス様ー! ご飯できましたよー」
「ありがとう。いただくわ」
……まだ反応がありませんわね。後で水浴びした後寝る前にもう一度プッシュしてみますか。寝床だと横並びですしもしかしたら……今日のうちに一線を越えることも……。
「何かいいことでもありました? アリス様? おーい?」
「はっ! な、何だったかしら?」
「ニヤニヤしてましたけど何かいいことでもありました?」
「い、いえ。別になんでもないわよ」
ふぅ。ニヤニヤだなんて我ながらはしたない表情を見せてしまったようね……。
ご飯を食べ終わって水浴びをしたら……いよいよ寝る時間ね。それにしてもこの衣装はなんでこんなに運命レベルで汚れないのかしら……。ちょっと気になるわね。
「『スキャン!』」
……全裸で魔法を使うのも考えものね。仕方ありませんけど。さてさて結果は……
≪令嬢の服。女神の加護Lv50≫
ふむ……よくわからないけどこの加護というものが汚れや破れを防止しているとみて間違いないようね。とりあえず理由はわかってよかったわ。さぁ……いよいよ本題ですわよ?
「んんーー!! 今日は色々ありましたねぇ……」
「そうね。領主屈服に蛇退治に加えてちょっとした買い物もですもの。疲れたはずだわ」
ベッドとした干し草の上で寝転びながらお話。もうナイトルーティンになっていますわ。さぁ……この密着感、どうなの!?
「スゥー……スゥー……」
「……ゆ、柚子?」
返事はない。これは……寝てますわね。
「はぁ。アホらしいですわ。おっと、はしたないわよ、わたくし」
期待していただけにショックが大きいわね。せめてイチャイチャくらいはできると思ってましたのに。
「生殺しですわ」
横を見ると……柚子が天使の寝顔で寝ている。少しくらい……いいわよね?
チュッとおでこにキスをする。これくらいなら……挨拶でもありますし?
さて、寝ますか。明日もまた一波乱ある気がしますわね……。
「ん〜アリス様ぁ♡」
「きゃっ!」
な、何!? 何なの突然!
「アリス様いい匂〜い!」
「ゆ、柚子!?」
完全に後ろから抱きつかれてますわよこれ! これは……惚れ香水が効いたのね! 間違いないわ!
「いいわよね……少しくらい」
「んあっ! くすぐったいですよぉ〜」
うっ……やっぱりちゃんとココは成長しているのね……。わたくしはまったく成長していないというのに。いいわ……その生意気な胸、揉んでやりますわ!
「んんっ! なんか変な夢……感覚がある……」
そろそろ起きてしまうわね……あと1回で勘弁してやりますか。
「はぁん♡……何これぇ……ん?」
パチっと柚子の目が開く。マズい。
「なんだろ……胸が変な感じ。アリス様は……寝てらっしゃるか」
危ない危ない……。狸寝入り成功ですわ。柚子の胸、柔らかかったわね。いつかむしゃぶりつきた……いやいや! 破廉恥ですわよ、わたくし。
「アリス様ー! アリス様ー!! 朝ですよぉ!」
「ん……おはよう柚子」
4時間ほどしか眠れてないのだけれど。それにしても結局惚れ香水の効果はあの甘えだけだったのかしら。もっとこう……すぐに恋人になれるようなものを想像していたのだけれど。期待はずれね。
「アリス様! 朝ごはんができましたよ」
「ありがとう。今日のメニューは?」
「よくわからない魚の塩焼きです!」
本当だ……よくわからない魚が焼かれているわね……。
「痛っ!」
「アリス様!? どうされました?」
痛みを感じた左手を見ると……蛇? 紫色の斑点が気味の悪さを演出させている。
「蛇ですわね。まぁなんてことはないわよ。『応急手当て』のような魔法もありますしね」
「なんか最近蛇に縁がありますねぇ」
「そうね……。普通に現代日本で生活していたら気絶するくらいの蛇をここ数日で見ているわ……」
魔王の幹部とやらも【魔蛇】というくらいだから蛇でしょうしね……。蛇なんかより可愛い女の子たちとの縁が欲しいものだわ。
「「ごちそうさまでした」」
さてと…お買い物に行きましょうかね。柚子は何を買うつもりなのかしら。
「出発しますわよ。ほら、バンザーイ」
「はーーい♪」
柚子を抱き抱えて飛翔! 初めて【アイン】まで飛んだ日よりかなり速く飛べるようになりましたわ。
さて【アイン】の西側へ。お昼だとまた混んでますわね……。ただ夜とは客層も違って安全そうですわ。
「アリス様! このお店はどうですか?」
「ブティックね。いいわよ」
柚子が指差した小さなお店からはどこか上品な雰囲気が溢れている。こういうお店は3年ぶりね。緊張してきましたわ。
カランカランと鐘が控えめに鳴る。店員の方がわたくしたちに気づいたものの、特に挨拶も押し売りもない。いいお店ね。
「うはぁ……! 可愛い!」
柚子が感嘆の声をあげたのは青と白の大人なパーティドレス。たしかに綺麗ね。
「気に入ったの?」
「はい! ……って45万円!?」
今日わたくし達が使えるお金は1人20万円まで。そのお洋服は買えないわね。
「いいじゃないの。わたくしは柚子の使用人服姿、嫌いじゃないわよ?」
ここで素直に「好き」と言えない自分が嫌いですわ。
「私じゃなくて……こういう服はアリス様にこそお似合いなのに」
「わたくしは今着ているこれに満足しているから良くてよ。柚子は柚子のために使いなさい?」
「はい……」
肩を落とす柚子。わたくしのために使いたかったのかしら。だとしたら悪いことをしたわね……。
「……それならわたくしは柚子のために、柚子はわたくしに何か一つ物を買うというのはどうかしら?」
ぱあっと柚子の表情が明るくなる。
「いいんですか!?」
「ええ。買う物を秘密にするため今から1時間自由時間としましょう? 待ち合わせは……このお店の前にしましょうか」
「はい!」
答えるやいなやすぐに駆け出していく柚子。子どもみたいね。まぁわたくし達は14歳から島暮らしだから精神面の成長がズレているのかもしれないけれど……。
さて、わたくしも買いに行きますか。柚子に何をあげましょう……そういえばあまり考えたことないテーマね。何というか[異世界]というものに興奮している様子でしたし、[異世界]らしいものを買いましょうか。
「おらっ! さっさと歩け!」
「きゃっ!」
男の怒号と、少女の悲鳴が聞こえる。声の方向へ視線をやるとボロ布に包まれた少女達の手首を太いロープで結んで行進しているようだった。なるほど……人身売買というわけね。
助けるのは容易ですけど……そこまでする義理はないわね。むしろ目立つ分損ですわ。
見て見ぬふりをし、雑貨屋へ。
「ごきげんよう。【アイン】の街の定番お土産は何かしら」
「そうねぇ……この蛇の抜け殻はどう? ご利益あるわよ?」
「そ、それはどうも……蛇は苦手なの。遠慮しておきますわ」
驚いた……まさかここまで蛇推しとは思いませんでしたわ。
店内を回っているとようやくめぼしい物が見つかった。これは良さそうね。喜んでもらえそうだわ。
柚子の喜ぶ顔を想像しながらお店を後にする。未だ縛られた手を引かれる奴隷少女達から目を背けながら。