最終話 わたくし
モニターに映るのは小綺麗なおじ様。この国の総理大臣ですわ。
そしてそのモニターに映る男を、今目の前にして同じ映像を見ている。
「ここの答弁、どういうことか説明してもらえるかしら?」
「い、いやその……それはですね……」
媚びるような態度で男は弁明を始める。不満げなわたくしに怯えながら言い訳を垂れていた。
一通り聴き終えてもやっぱりロクな言葉は出てこなかった。時間の無駄でしたわね。
「はぁ、もういいわ。柚子、資料を」
「はい。かしこまりました、アリス様」
柚子が資料を総理大臣に投げつけて退室を命じる。そう、わたくし達はついにこの日本を裏から操ることに成功しましたわ。異世界から帰ってきて約10年、27歳になりましたわよ。
「お疲れ様でした、アリス様」
「本当よ。バカの相手をすると疲れるわね」
10代の頃のように好き放題しても体力が有り余るわけではないし、大変だわ。お肌のケアも必要ですし。
「な、なら私から元気を吸い取ったり〜? なんて……」
もじもじしながら何かを言いたげな柚子。ふふ、そっちがその気なら乗ってやるまでよ。
「そうね。いただくわ」
「えっ……んっ……」
柚子と唇を重ねる。やっぱりキスはいいですわね。心が安らぎますわ。ちなみに法改正して同性婚を認めさせたからわたくし達はもうすでに婚姻済みですわよ?
「さて、今日の残りの予定を聞かせてもらえるかしら?」
唇を離して柚子に問う。顔を少し赤らめながら柚子がタブレット端末を見て読み上げる。
「まずは国際弁護士である美山先生との会食です。その後美山先生のご紹介で森野デンタルクリニックにて歯の健診を受けていただきます」
「歯の健診ね……まぁ健康であることはわたくしにとって大事だもの、仕方ないわね」
「その通りです!」
口と体の健康は繋がっているってCMでも言っていましたし、ちゃんと受けましょうか。口の中を見られるのは少しだけ抵抗があるのだけどね。
「では会食へ行きましょうか。美山弁護士の事務所で行われます」
「えぇ。行きましょう」
この10年で柚子は本当に立派な使用人になりましたわ。それこそわたくしを引っ張って行くくらいに成長したわね。
柚子の運転で美山先生の事務所へ。綺麗なところですわね。それにしてもなぜ[星乃川市]なんかに事務所を建てたのかしら。
事務所へ入ると黒髪美人な方が椅子に座っていた。
「初めまして。美山輝夜と申します。アリス様のお話は聴いています。よろしくお願いします」
「えぇ。よろしくお願いしますわ」
……この人、できるわね。異世界で言うところのエデンさんのような聡明さを感じるわ。
それにしても美人ね。わたくしに引けを取らない……いや、ジャンル別に考えるのなら同格と言えるかもしれないわ。悔しいけれどね。
会食では主に国際問題について話し合った。わたくしはこれから日本だけでなく世界も引っ張って行くつもり。美山先生の見解を受けてわたくしも学が広がりましたわ。
「あ、もうお時間ですね。灯……妻の歯医者へご案内します」
「あら、奥様でしたの?」
「はい。アリス様のおかげで結婚できました」
嬉しいわね、わたくしの政策がこうして功を成しているところを見ると。まぁわたくしはわたくしのためだけに同性婚を認めされたのだから結果論になってしまうのだけれど……。
これまた森野デンタルクリニックは[星乃川市]に建てられていた。真っ白な清潔感ある歯医者ね。
「……どうぞ、お待ちしていました」
「え〜と、貴女が森野先生かしら?」
ずいぶんと色々白いけれど大丈夫なのかしら。目だけ紅いのが気になりますわね。
「……私は助手です。灯、輝夜のお客様」
「は〜い、あ、アリス様ですか?」
奥から出てきたのは金髪の可愛らしい女性。なるほど……この方が美山先生を射止めたのね。
「健診、よろしくお願いしますわ」
「は〜い。1番口へお入りください。輝夜ちゃんはちょっと待っててね」
「はい」
1番口とやらに入ると椅子が用意されていた。座ればいいのよね?
「それでは健診させていただきますね〜。お口開けてくださーい」
「はーい」
素直に従って口を開ける。抵抗感はありますけど、まぁ同じ女性なら問題ないわね。
「はぁ……はぁ……」
……ん? なんかこの歯医者さん息荒くないかしら。
「うん、綺麗な歯ですね。バッチリです!」
「そう、良かったわ」
まぁわたくしですもの、汚れなんてつくはずもありませんわ。
ついでに柚子の口内も診てもらい、何も異常はなしということで解散になった。美山先生にお礼を言ってわたくしの邸宅へ戻る。今日は総合してみるといい日だったわね。いい女性といっぱい出会えましたし。
「ふぅ、なんだか、賑やかなところに行くとあの日々のことを思い出すわね」
「ユリアンちゃんとロマンちゃんのことですか?」
「それからミミちゃんとアマちゃんもね。こっちに帰ってきたらいつのまにかいなくなっていますし」
「仕方ないですよ、向こうの世界の神様なんですから」
異世界……今はどうなっているのかしらね。
「もしかしたら今度は向こうの世界から呼び寄せられたり……なんてね」
「あり得ますよ。どんなことが起こるかわからないから人生楽しいじゃないですか」
そうね、と呟いて柚子に膝枕をしてもらう。
「ねぇ柚子、楽しかったわね、あの世界も」
「そうでしょう? 戻りますか?」
「……やめておくわ。戻ったら日本に帰る気を無くしそうだもの」
「ここは汚い大人がいっぱいいますからね〜」
膝枕から脱出して柚子の手をとる。
「だからこそ……」
「アリス様……?」
「だからこそ、ずっと側にいてくれるかしら? わたくしを守ってくれるかしら?」
そう言うと柚子は決まって笑う。そして決まって同じことを言いますわ。
「もちろんじゃないですか。アリス様はパーフェクトな割りに、意外と苦戦しますからね」
「ふふっ、使用人ならそういうこともちゃんと盛って、パーフェクトな攻略をした、と書くものよ」
「考えておきまーす」
わたくしは変わらない。信念を曲げぬ限り、わたくしはわたくしであり続ける。わたくしの信念を理解し、共に歩んでくれる柚子がいる限り……わたくしは、負けることはありませんわ!
ご読了ありがとうございました。
これにて完結となります。