102話 いざ、決戦へ
温泉から上がり、疲れ果てた身体を癒すためにそれぞれ宿に帰った。わたくし達も例外ではなくそのまま泥のように眠る。明日……上手くいけば帰れるのね、日本に。
そうしたら当然、ユリアンやロマンとはお別れになる。明日旅立つ際に声をかけておく必要がありそうね。
そんなことを考えていたら一気に眠気がわたくしを襲ってきた。はぁ……疲れたわね、今日も。駆け足で日本に帰ろうとしているけれど、もう少しここにいても良かった……なんて思うわ。なんだかんだ言っても楽しいもの。
ここで限界がきて、意識が遠のいていった。さぁ……明日ですわよ。
「おはようございます、アリス様」
「えぇ、おはよう」
柚子に声をかけられて眼を覚ます。ここはリョウさんの宿。久しぶりに入ったけれどなんだか落ち着くわね。
「ユリアン、ロマン、朝よ」
2人の疲労も溜まっていたのか起きるのが辛そうね。可哀想だけど遅れるわけにもいかないから揺さぶって起こすことにしましょう。
「「おはようございます……アリス様」」
「えぇ、おはよう」
今日はきっと2人にも相当無理を強いることになる。わたくし達の作戦では魔獣と戦わせるつもりだけどそう上手くいくとは限らない。不測の事態に陥って【魔弾】、もしくは魔王と戦うこともあるかもしれないわ。その覚悟はできているでしょうけどね。
軽く朝食を食べて外に出る。すでにエデンさん、ルカさん、ラファエルさんが宿の外で待っていた。
「お待たせしましたわ」
「いえ。私たちも今来たところです。では……覚悟はよろしいですか?」
エデンさんがわたくし達の覚悟を問う。この世界を救う覚悟、魔王を倒す覚悟、そして……日本へ帰る覚悟。そのすべてを、もう決めきりましたわ。
「えぇ。ここにいる全員、覚悟は決まっていますわよ」
その答えを聞いてエデンさんはにっこり優しく微笑んだ。
「では……行きましょうか。片道切符にならぬよう、全員で生きて帰ってきましょう」
エデンさんの言葉に全員首を縦に振る。さぁ、久しぶりの【エクトル】よ。どうなるか……見てみようじゃない。
【エクトル】までの道中である崖と谷の道も魔獣達によってボロボロに壊されていた。これはひどいわね。【エクトル】が陥ちるはずだわ。
ようやく見えてきた白い建物……の残骸。【白百合騎士団】の本部だったそれは虚しくもボロボロになっていた。
エデンさんとルカさん、ラファエルさんが片膝をついて祈るポーズをとる。
「……職員も大勢死にました。この仇は必ず……」
エデンさんがそう呟く。わたくし達も自然と同じポーズを取って犠牲者に祈りを捧げた。
「……行きましょう。戦場に」
「えぇ。この戦いを……終わらせますわ」
かつては【クイーン】と呼ばれ、わたくしと柚子が【白百合騎士団】にいたころにはA地区と呼ばれていた場所にたどり着く。以前見た時より崩壊の仕方がひどいわね。おそらく……【魔弾】の攻撃による崩壊なのでしょうけど。
「アリス様、あれ!」
柚子が指差す方向に人影が一つ。こんなところに立っている人型の生き物なんて【魔弾】しかいないわね。
「……生きていたか。確実に殺したはずなのだが……7発目を撃って生きていたのはお前が初めてだ」
「それはどうも。わたくし、天才なのよ」
【魔弾】と久しぶりの対面。リベンジしたいという欲求を抑えてここは……
「あなたの相手はわたくしではないわ」
「何?」
エデンさんとルカさんが前に出る。その様子に【魔弾】は眉をひそめた。
「くだらん……この俺に対して2人で挑むつもりか?」
「はい。【白百合騎士団】が団長、エデンと申します」
「副団長、ルカ。あなたは私たちで倒します」
「くっ……はっはっはっ! いい冗談だな【魔女】よ。貴様ごときで俺に挑もうなど……身の程知らずにもほどがある。コイツの世話くらいなら間違っていないがな」
【魔弾】が指で音を鳴らす。何か攻撃が来るかと思って警戒したけどその様子はない。
「上!」
そう、【魔蟲】が最後の最後まで使わずに残したと言われている魔獣が空に舞っていた。美しく輝く翼、堂々とした身体。馬……かしら? ツノのようなものが生えているから、ユニコーンのイメージに近いわね。体は青黒いけれど。
「やれ、【麒麟】」
「フゥオオオオ!」
急に空が暗くなったと思ったら雷が降ってきた。
「みんな。避けなさい!」
「「「はい!」」」
柚子もユリアンもロマンもなんとか回避する。あれが魔獣の最高峰……なるほど、見た目と派手さは合格ですわね。
「じゃああれは任せたわよ、ユリアン、ロマン。それからラファエルさんも」
「お任せあれなのです!」
「絶対に倒します!」
「任された。そちらの健闘も祈る」
その言葉を聞いて安心した。ユリアンもロマンも、強くなっている。ならしんみりとした別れの言葉はいらないわね。ここで今生の別れとなっても後悔しないわ。
きっとこの子達はこの世界を良い方へと導いてくれるから。
わたくしはそれを信じる。それだけでいいの。もう余計な口は挟まないことが吉ね。
「行くわよ柚子。魔王を倒しに!」
「はい! どこまでもついて行きます!」
エデンさん、ルカさん、ラファエルさん、ユリアン、ロマンに視線を送って前へと走り出す。この先に魔王がいるか、それはわからない。でもわたくし達は走る。この戦いを……なんとしてでも終わらせるために!