101話 決戦前
「【魔弾】が先代の魔王だった……ですって?」
自分で聞いておいてアレだけれど確かにそれなら納得がいく。あの【魔弾】の異常とも言える強さ、レベルの高さに。
「はい。確かに約3年ほど前まで、【魔弾】とは名乗っていましたけど同時に魔王でもありました。通称、魔弾の魔王とも呼ばれていましたね」
「その【魔弾】が王位を降りた理由は?」
その問いに首を横に振るルカさん。そう……魔王軍幹部の序列2位である【魔女】さんでもその理由まではわからないのね。
「現状、私が知っている【魔弾】について、そして魔王についてです。そして……もう一つ皆さんに伝えないといけないことがあります」
まだ何かあるの? 願わくばわたくし達にとって有利な情報だといいのだけれど。
「今回の【魔蟲】戦で出てくると思っていた【魔蟲】のお気に入りの魔獣が出てきませんでした。もしかしたら【魔弾】が保有している可能性があります。その魔獣は魔王軍幹部の次に強い。レベルは65。強敵です」
……不利な情報だったわね。まだ倒すべき敵がいるだなんて、厄介だわ。
「情報をありがとう、ルカ。さて……この情報を元にこれからは私たちを中心に戦っていくことになります。お疲れのところ申し訳ありませんが、明日には【エクトル】へ向かいましょう。【魔弾】がどこにいるかはわかりませんが、戦うとなれば出てくるでしょう」
エデンさんが作戦を練ったようね。【エクトル】……陥ちたようだけど大丈夫なのかしら。
「そこで、私たちの戦力を分散しましょう。アリスさん、柚子さんは魔王と、私とルカは【魔弾】を、ユリアンさん、ロマンさん、ラファエルは【魔蟲】の魔獣を倒す。これでどうでしょうか」
戦う相手を事前に決めておく、それはわたくしも考えていたことですわ。断る理由はどこにもないわね。個人的に【魔弾】にリベンジしたいところではありますけど……今はそんな私情を挟むべきではないでしょう。
「えぇ。わたくしはいいと思いますわよ」
エデンさんにそう伝える。柚子の表情的にも【魔弾】にリベンジしたそうですわね。でも主人の私がいいと言ったからには覆すことはしないべきと首を縦に振った。
ユリアン・ロマンも賛同のようで首を縦に振る。そうね、レベル65の相手にラファエルさんの力も借りて戦えるのならちょうどいいんじゃないかしら。一度戦っただけですけどおそらくラファエルさんのレベルは50半ば。強い魔獣相手にも十分戦えるでしょう。
なんなら1番の不安はわたくし達かもしれないわね。柚子とわたくしだけで魔王を倒す……天才たるわたくしと、その使用人の柚子が手を取り合って戦うのだから失敗などあり得ないけれど、それでも少し不安はありますわ。
「明日……となると今日は疲れを癒さないとですね」
ルカさんがポツリと呟いた。まさか……
「では温泉にでも行きますか? 【イリス】は温泉で有名でしたよね?」
や、やっぱり!
「わ、わたくしは遠慮しておきますわ」
「え? 行きましょうよアリス様!」
「強制はしませんが……みんなの結束を固める機会にしたいです。どうかご参加いただけませんか?」
うっ……そう言われると断りづらいというか、断れないわね。本当は嫌なのだけれど。
あれよあれよと言う間に【イリス】の温泉街へ。さぁまずいわよ、だって……だって!
自然とみんなクリスさんの温泉宿へと引き込まれる。さっきまで魔獣に溢れていたというのに普通に営業するだなんて、さすが腕利きの冒険者ね。肝が座っていますわ。
さぁ……地獄が始まるわよ。みんな脱衣所へ入り服を脱ぐ。そう、そうなのね。わかってはいたけどそうなのね。
何がとは言わないけれどわたくしはここにいる誰よりも劣っているのね。天才といえどここだけはどうしようもなかったのよ……。
ぱっと見ですけれどラファエルさん>柚子>ルカさん>ロマン>ユリアン>エデンさん>わたくしという順番になるわね。というかラファエルさんのそれはもはやメロンじゃない。なんということなの……。
こんな貧相なものを持っているわたくしは端を歩いたほうがよさそうね。屈辱だわ……。
「ふぅ、温まりますね、アリスさん」
「そ、そうね」
エデンさんもわたくしほどではないとはいえ小さい族にいる。それなのに堂々としていられるのはすごいわね。わたくしみたいな変なプライドがない証拠だわ。はっきり言ってわたくし、しょうもないことで気にしすぎなのよ。
そんな胸のことであーだこーだ思うのはもうやめましょう。もう諦めたわ。わたくしのこの壁のような胸はもう盛り上がることはない。
「さて皆さん、この温泉での誓いを、この人類を救うための誓いにしましょう。【白百合騎士団】が最終決戦の時に誓い合おうと決めていた言葉です。『我らここに誓いし者たちは救世のため、人のため、悪鬼を討つために集います』」
半分以上が【白百合騎士団】ではないのだけれど、さらっと入団されたような雰囲気が生まれたわね。まぁ空気を読んでスルーしましょう。
「さぁ、最終決戦です! ここにいる誰も死なずに勝ちましょう。そしてまた……顔を見せてください。私たちは7人で1つです」
わたくしたちの士気は確かに高まった。さぁ……どんな存在かは知らないけれど待っていなさい魔王! あなたはわたくしが倒しますわ!




