98話 vs魔蟲ですわよ①
「アタシをゴミ扱いだなんて、ずいぶん傲慢なことねぇ、【魔女】さん?」
蟻のような頭部に表情はない。それでも怒りを滲ませているのは声でわかった。
さて……単純にわたくしから動いてもいいものなのか、様子を見るべきなのか……判断が難しいですわね。
「それにしても……いい街よねぇ、ここ」
ジロッと蟻の目線が下を向いたのがわかる。
「……何が言いたいのかしら?」
「ぬっふっふっ、殲滅したぁ〜い♡ 『魔獣精製』」
「なっ!?」
【魔蟲】の胴体部分、複雑に絡み合った膿み玉のようなところから無数の何かが飛び出した。
目を凝らしてよく見ると……魔獣じゃない!
「さぁアナタ達、街を壊し尽くしなさい!」
【魔蟲】の指示に呼応して魔獣達が一気に降下を始める。このままだと【イリス】が!
「柚子! ユリアン! ロマン! 下の魔獣は任せたわよ!」
淑女として大声は出したくなかったけれど仕方がない。思いっきり叫んで柚子達に任せることにしますわ。
あの魔獣達はおそらく一体一体がレベル50相当の力を持つはず。みんな……頼んだわよ。
「さて……これで援軍にも期待できなくなってしまいましたわね、ルカさん」
「そうですね……」
2対1……いえ、【魔蟲】は魔獣を生み出せる分わたくし達より数は多いとみた方がいいわね。
「さぁて、アナタ達をじっくり料理してあ・げ・る♡。特に【魔女】……アナタはみじん切りにしてあげるわ!」
「うるさい蟲ですね。私より格下のくせに何を言っているんですか?」
そう……ルカさんの持ってきた資料によると魔王軍幹部の中で【魔蟲】は3位。ルカさんは2位だから順当に行けばルカさんの勝ちは揺るがないはず。
「あら、格下ってあのアナタが必死に作っていた資料のことかしら? 何の意味があるのやらと思っていたけど人間のためだったとはね……。その「格」とやらもあの方以外団子状態。無意味じゃなぁい?」
あの方……【魔弾】のことかしら。確かにレベルでいえばまったくの別物。格上どころの騒ぎじゃないけれど。
「……そろそろ無駄話は終わりでいいかしら?」
これ以上【魔蟲】から有益な情報は漏れてこないと判断し、戦闘姿勢を示す。
「あらつれないわね。もっとお話ししましょうよ」
「嫌ですわ。言いにくいのだけれどアナタ……臭いのよ。そんな相手とずっとお話しなんて軽く拷問ですわ」
蟲が集合したような【魔蟲】。考えてみたら臭いのは当たり前のことかもしれませんわね。
「臭い……? レディに向かって臭いですってぇ!?」
あら、怒らせてしまったようね。
「もう許さない! 【魔女】だけじゃなく、アンタもみじん切りよ! 『アイアンブレス!』」
「なっ!」
正直言って油断していましたわ。ガードが間に合わない!
「『アイスシールド』」
氷の壁がわたくし達の前方に広がる。ルカさんね、助かったわ。
「かかったわね♡。『クリーチャーハンド』」
膿み玉のような【魔蟲】の体が蠢いて腕のような形を作る。そのまま振りかぶって殴りかかってきた!
氷の壁を容易く貫通してわたくし達に襲いかかってくる。
「『ダークネスシールド』」
今度はわたくしの盾ですわよ。闇の渦に腕を誘引して防ぎきる。
「ちぃ! なら『クリーチャーバレット!』」
膿が弾けたように小爆発を起こして破片がこちらに向かってくる。ここはわたくしの盾よりルカさんの盾ね。
「『アイスシールド!』」
ルカさんの氷はすべての弾丸を防ぎきった。このまま向こうに主導権を握らせるわけにはいかない。わたくし達からも攻めないと!
「ルカさん!」
「はい! 『アイシクル!』」
「『風雷坊』」
ルカさんの氷の塊にあえてわたくしの魔法をぶつけることで風雷坊を強化させる。風、雷、氷、3つの力が合わさったわたくし達の連携魔法ですわよ!。
「ふふ……いただきまぁす♡」
「なっ!?」
わたくし達の魔法を、あろうことか【魔蟲】は口を大きく開けて飲み込んでしまった。どうなっているのよその身体は……。
「噂は本当でしたか……」
「噂?」
「はい。【魔蟲】は相手の魔法の魔力を食べることができると噂で耳にしたことがあるんです。そんなの嘘でしかないと思っていたんですけどね」
まぁそれはそうよね。わたくしだってそんな話を聞いたって嘘だと思いますもの。
「あぁ〜♡ 美味しかった」
満足そうに【魔蟲】が呟く。かなりの魔力を吸われたのは間違いないわね。
「『ストレージボックス』」
となれば遠距離魔法は使うことができないわね。漆黒の大剣で相手することにしましょう。
「あらやだ、物騒なものね。ぶち壊したぁ〜い! 『クリーチャーバレット!』」
再び膿み玉を爆発させてわたくし達に襲いかからせる。2度も同じ魔法が通用するものじゃないわ!
「ルカさん!」
「はい! 『アイスシールド!』」
先ほどと同じように氷の盾でわたくし達を守る。……が、先ほどと違って氷の盾にヒビが入った。
「なっ!?」
「ふふん♡ アンタ達の魔力も練り込んだわよぉ〜?」
そういうことか!
「ぐっ!」
氷の盾が完全に割れ、わたくし達に襲いかかってきた膿み玉が破裂。一気に大ダメージを負った。
「……ルカさん、大丈夫かしら?」
「はい。左腕の火傷で済みました」
わたくしも軽傷で済んだけれど厄介ね。『絢爛の炎』をもし吸われたらと考えたら迂闊には使えない。厄介な戦いが始まったものだわ……。




