97話 出現ですわよ
わたくし達が戦いに参入して約30分ほどで異変に気がつく。どの魔獣も強い。レベル20〜40とばらけているものの、実際の力はレベル50くらいに相当するように感じた。
当然、全員力をほぼフルに使っている。
「『神刀:陽光斬』」
「『忍法:爆裂手裏剣』」
「『忍法:辻斬り』」
「『炎龍翔』」
「『アイシクル』」
惜しみない力の解放について行くことのできない魔獣たちはすぐに絶命していく。4ヶ月前だったらユリアンとロマンは避難させていたかもしれない。今や立派な戦力。改めてよく頑張ったわね。
さて……わたくしの注目はエデンさん。あの人はほとんど力をわたくしに見せていない。きっと今日が初めてエデンさんの戦いを見られる日になりますわ。
「……行きますよ、[セントエスパーダ]」
エデンさんは白い宝石のような剣を構える。その白い輝きが増していった。くるわね、エデンさんの本気が!
「『ジュエル』」
そっと呟くと白い宝石のような剣から一雫の光がこぼれ落ちた。その小さな石を拾い、エデンさんは魔獣に向かって投げつける。
「滅却しなさい。『ジュエル・レイ・イレイサー』」
イレイサーとはよく言ったもので、小さな宝石の光に当たった魔獣は一瞬で、蒸発するように消えて無くなった。恐ろしい魔法ね。
「師匠ー!」
「こ、この声!」
振り返ってみるとやはりニコラだった。それに見知った顔、アルカスさんやクリスさんまで。
「街の中に侵入した魔獣は片付けた。あとはそいつらだけだ」
「結構大変だったんだよー!」
たしかに所々でボロボロになっている。それでもなお応援に駆けつけてくれるのは嬉しいわね。ただ……
「大丈夫よ、こちらも終わるから」
「『紫電:十文字斬り!』」
そう言い終わるとちょうど柚子が最後の一体を倒したところだった。
流石の精鋭揃い。おそらくこの世界で最も強い人間の勢力であろうわたくし達に敵はいなかったわね。
勝ちを確信し、みんなをねぎらおうとした、その時だった。
バチチチチッッッ!
「な、何の音なのです!?」
「ユ、ユリアン! 上……」
ロマンが指差すその先……上空には青空……ではなく、紫色の魔法陣が浮かび上がっていた。
「みんな伏せなさい。あれは何か嫌な予感がするわよ」
とりあえずここにいる全員が伏せて何かに備える。わたくしの予想が正しければあの魔法陣からは……
『ぬっふ♡ アタシの魔獣ちゃんを全滅なんてやるじゃなぁ〜い♡』
「ぐっ!」
ただの声……しかしそのあまりの爆音に身体中が振動した。伏せておいて正解だったわね。
『さぁ……アタシ直々に出向いてあ・げ・る♡』
どう聞いてもおじさまの声。でも口調はこてこての女性……。まぁ多様性の時代ですし、何も言いませんわよ。たとえそれが……
「さぁ! 虐殺パーティよぉ〜?」
見るに耐えない魔獣だとしても。
「な、何ですかあれ!?」
柚子が口をパクパク開けて驚愕している。巨大な魔法陣から現れたのは巨大な喋る魔獣だった。大体の魔獣は狼だとか、熊だとか、蜂だとか、それぞれ元が検討のつく生き物ばかり。でもこの超巨大魔獣だけは違う。頭の部分はかろうじて蟻に見えなくもないけれど……身体の部分はごちゃごちゃに混ざりすぎて紫色に膿んだ塊にしか見えなかった。
「……【魔蟲】」
ルカさんがポツリと呟く。やはりね。あまりにも魔獣が強すぎると思ったわ。【魔蟲】が飼っていた魔獣達であるというのなら納得よ。
「≪スキャン≫」
あの巨体ならまず外すこともないでしょう。さぁ……どれくらいのレベルかしら?
≪魔蟲Lv74≫
……なるほど強いわね。でも【魔弾】のレベル88を見たせいで少し霞んで見えるわ。
いけないいけない。油断は禁物よ。今は飛んでいるからいいけれどあの巨体が【イリス】の街に落ちたらひとたまりもない。ここは……
「エデンさん、わたくしは飛んでいきますわ」
そう言い残して飛翔! 空にいる間に勝負を決めるのが吉ですわ!
「あら〜? 小ちゃい虫さんが飛んできたわねぇ」
「あら? 蟲はあなたでしょう?」
わたくしと【魔蟲】のはじめての会話。紳士的なところはなく、どちらかといえば【魔人】に近いタイプの性格を持っている気がするわね。
「あらやだ。レディに向かって失礼よあなた」
「これは失礼しましたわ。どちらにレディがいらっしゃるのかはわかりませんけど」
「ふぅん……言うじゃなぁい?」
「【魔蟲!】」
後ろから叫び声……ルカさん!? よく見ると氷の床を作ってこちらへ向かってきていた。
「あらやだ裏切りの【魔女】じゃなぁい。よく生きていられるわね、この生き恥が」
「ふん。あなたのようなゴミがいるから抜け出したんですよ」
かなりの口撃を見せるルカさん。【魔蟲】とは相性が良くないようね。
「アリスさん、【魔蟲】は強敵です。気をつけてください」
「えぇ。言われなくとも分かっていますわよ」
【イリス】の街の上空。戦闘が……始まろうとしていた!




