お題 ひまわり 金魚 テレビ
「ねえ、金魚すくいしよか」
まるで子供の様に無邪気に浴衣姿の彼女が笑った。
明日にはもう彼女はこの町に居ない。
彼女は東京に行ってしまうのだ。それは僕自身のせいでもあった。
雑誌のオーディションの応募に悪乗りで、男子で自分の推しの女の子を応募したのだ。
そして、幸運にも僕が十六年余り生きてきて、その半生の間憧れにも似た恋心を抱いていた彼女が唯一合格したのだ。僕にとってはあまりにも思ってもみない不幸であった。
「二匹すくえてよかったっちゃね!」
夏祭り無邪気に笑う彼女に、僕は浮かない返事しかできなかった。パクパクと口を開閉する金魚に笑われている気がした。
田舎だからだから一学年一クラスしかないこの町で僕は彼女とずっと過ごしてきた。
同じ梨園のスタッフとして親も仲が良くて、何度か旅行にも行ったことがあるほどに。
僕たちも親の手伝いとして一緒に作業したことも多い。そう、このままずっと一緒に入れると信じて疑わなかったのだ。僕だけがクラスメイトの中で彼女のすべての表情を独り占めしているような気持だった。だが、僕自身の行動をきっかけとし、それが全て崩れた。
「なんでだまっとると」
気が付くと彼女はうつむき巾着と金魚袋の紐を固く握りしめていた。その瞬間僕の周りの空気が冷えた気がした。お盆近い真夏なのに鳥肌が立った。
僕はこんな彼女の顔を見るのは初めてだった。
「もう当分会えないかもしれんのに、なんで黙りこくっとるとね」
通り雨でも過ぎたように濡れた頬を陰らせながら、彼女は怒った。それを見たらもう黙ってはいられず、僕は振り絞ってありのままの心を彼女に伝えた。
ずっと好きだったこと、後悔していること、離れるのが悲しいこと、寂しいこと。
気が付けば僕もずぶぬれだった。
「私もおなじきもちっちゃ。やけど、がんばってみたくなったと。私を好きな人が選んでくれた道だと思ったから」
お互い、もう少し早くお互いの恋心を吐露していれば、こういうことにはならなかったのだろう。
「卒業したら東京に来て。私それまで頑張るから」
そういって、彼女は乱暴に金魚を僕の綿菓子の空き袋に一匹流し込んだ。
「私ともう一度会うまで死なせたらダメやけんね」
テレビに彼女が映っている。満開のひまわりの中でスポーツドリンクを勢いよく飲んでいる。
「好きだーーーー」
テレビの中の彼女とうって変わって、隣の彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。
リビングの水槽で二匹の金魚がぷくっとあわを出して笑った気がした。