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四月十七日月曜日③

 

「じゃ、これ、申請書ね。提出先は風紀委員会だから。私じゃないから。今日の放課後、学食にいるはずだから」

 また、あの女かよ!

「入部届けの氏名のところは、必ず自筆で書くこと。氏名のところだけは代筆無効だから。一度申請書が受理されると、変更はよっぽどの理由がないとできないから。部活動選びは、計画的に。仮入部とかできる部活もあるからさ」

 仮入部できたとしても、俺には、時間がないんですけど。




「あ、でも、仮入部期間は、先週までのところが多かった気がする」

 でしょうね。

「とりあえず、名前だけは書いといて。この紙も再発行する予定ないから、なくすなよ」

「はーい」

 やる気のない返事をして、俺は、担任に渡されたボールペンで名前だけ書く。

 そして、紛失しないよう、用紙をブレザーのポケットにねじこみ、廊下へと出た。



 はー、いったい、どの部活に入ればいいんだよ?

 廊下を歩きながら考える。




「探したデスよ、国近さん。こんなところにいたんデスか?」

 踊り場へと足を踏み入れようとした時、目の前の女子学生が声をかけてきた。

 俺を探しただと? 見たところ、クラスメイトでもなさそうな女子生徒が、一体俺になんの用だ?

「国近さん、今日、登校したってことは、まだ、提出してないデスよね?」

 声の主はぱっちり二重で小動物のようなくりくりとした瞳で、俺の顔を見ていた。

 少なくとも、クラスで見たことない少女だったので、怪訝そうな顔で見つめていると、

「部活申請のことデス」

 俺の表情をどう読み取ったのか、にまにました顔でそう答えた。

 なんでそんなことをお前が……と付け加えようとすると、彼女は人差し指を俺の眼前に突き出して、矢継ぎ早にこう付け加えた。

「だめデスよ。見てください。部活動に関する校則、第一条。我が校の生徒は、必ず部活動に参加しなければならない。なお、帰宅部は認められない」

 彼女は、生徒手帳を、水戸黄門の印籠かのように見せつける。

 聞いたよ。ついさっき。

「そんな怖い顔したところで、校則は変わらないデスよ。この学校のモットーは文部両道。全員、部活に強制参加デス。入部期間は、今日までデスから、うかうかしていると、風紀委員に取り締まられて、いつの間にか、退学デスよ?」

「デ•ス•か•ら、今日の放課後、体育館前の廊下に、体操着の格好で来てくだされば、退学の危機は免れますよ」

 それだけ言い残すと、名前も知らない女の子は、階下へと去って行った。




 どういうことだ? 部活に入らなくても、退学にならないような、超法規的措置があの女子生徒にはできるのか?

 キーンコーンカーンコーン。

 予鈴のチャイム。

 教室へ戻るか。俺は鉛のように重たい足で歩き始めた。


 放課後午後三時十八分。

 とりあえず、体育館前の廊下とやらに行ってみるか。

 名も知らない女生徒の言葉を半信半疑にしていた俺は、体操服を鞄の中に突っ込んで、生物室へと向かう。




 体育館前の廊下には、昼休みに声をかけてきた女子生徒が体操服で待っていた。

 ……最早(もはや)恵音(えおん)さんね。

 胸のところにあるゼッケンをチラ見して、名前を確認する。

 恵音さんは、俺に気づくと、「あ、国近君。こっち、こっち」と、おいでおいでをして、呼び止めた。

「……って、あれ? 体操着じゃないデスよ」

 当たり前だ。説明もきちんとされないまま、言われた通りにはしないっつーの。

「あっ、そっか。部活動の内容も説明してないですもんね。あの時は時間なかったデスし」

 ごめん、ごめん。と、後頭部をぽりぽりとかきながら、舌をぺろっとだす。

 部活動の内容? ということは、やはり、恵音さんが、部活へ行かなくても、退学にならないという特例を出す権限を持っているわけではなかったか。

 おそらく、仮入部のお誘いだろう。

 よし、戻ろう。五時まで時間もないし。




 回れ右をして来た道を戻ろうとした瞬間、

「大雑把に説明すると、活動内容は、五人で協力して、文化を守る運動をすることなんデス」

 恵音さんは、俺の行く手を阻みながら、流暢に説明。

 五人で協力して、文化を守る運動? 一体どうゆうことだ?

「おや? その顔は興味津々の顔デスね」

 まあ、文化を守るというのには少しは興味あるかな。

『孤高の戦士』シリーズでも、日本の文化を守るために暗躍していたし。

「国近さんは、運動系と文科系、どちらの部活に興味があるんデスか?」

「俺は、運動系かな……」

「そうですよね。いいですよね。運動。爽やかな汗」

 運動をする部活なのか。




「国近さん、是非、我が部に入って、活躍しませんか? 文化を守るために必要なものって分かりますか? それは、力デス。力なき正義は何も守れないデス。私たちの目的はあくまで守ることデス。でも、そのためには、体力や筋トレが必要なのデス。理解してくれますか?」

 力だと?

 ああ。わかるとも。理想を語るなら、それに見合う力が必要だというやつだろ? 子どもの頃からずっと憧れていたよ。そういう『孤高の戦士』シリーズ。

「私の目標は情熱のアカ……なのデス」

 五人でアカということは、おそらく戦隊ものが好きなのか。俺の好きな『孤高の戦士』シリーズが一人で巨悪に立ち向かうのと違って、大人数で力を合わせて巨悪に立ち向かう特撮だ。

 なるほど、見えてきたぞ。恵音さんは、スーツアクター部に違いない。

 変身した時のヒーローの中の人。重いヒーロースーツを着たままでアクションをしなければならないから、体力も必要だしな。夏場は、スーツの中が暑く、熱中症で倒れるなんてこともままあるらしいし。





「部員が全然集まらなくて、困っていたのデス。部員が集まらなければ、廃部に追いやられてしまうデス。お願いデス。入部してくれないデスか?」

 すごい気迫で恵音さんは頼み込んでくる。

「いや、最早さんの部活が部員不足で大変なのもわかるんだけどさ、俺、違う部活も見学したいんだよね……」

 あと二時間もないし。

「そうですよね……じゃあ、こういうのは、どうデスか? 国近さんて、運動部を希望されてるんですよね? どれ位の体力があるかだけ、今、確認させてください。そうしたら、色々な部活で、私が国近さんを紹介できるデス。私の紹介があったほうが絶対お得デス」

「紹介? 何故、紹介があったほうがいいんだ?」

「国近さんは、トラブルメーカーとして認識されているんデス」

「トラブルメーカー? 俺が?」

「あれ? クラスで邪険にされてないデスか?」

 う、邪険にされてる……。

「そこで、私の出番デス。ほとんどの部活とコネがあるんデス。ちなみに、どこの部活を見学する予定デスか?」

「とりあえず、空手部だ」

「良かった。私、空手部ならコネがあるデス。私がきちんと国近さんの良さを説明すれば、スムーズに見学ができるデス。デスから、少しだけお時間いただけないデスか?」

 もしも、見学先で、クラスメイトが一人でもいれば、遅刻してきた上に、堂々とした態度のやばいやつだから、関わらないほうが良いと助言するだろう。

 仮に希望の入部できたとしても、関係が悪くなるかもしれないってことか。

 ここで、最早さんと仲良くなって、部活見学をスムーズにするというのもありだ。

「その話、乗った!」

「ありがとうございます。じゃあ、体操着に着替えてください。その後、学校の周りを1周デス。そのタイムがあれば、国近さんに合う部活を紹介しますから」

 満面の笑みで最早さんの返事。




 俺は、言われた通りに、教室へ戻り、体操着に着替えて、靴を履き替えて、外へ出た。


 時刻は三時四十分を過ぎたところ。

 校門に出ると、恵音さんがストップウォッチを持って待ち構えていた。

 その姿は、マネージャーそのもの。恵音さんがきらきらして見えた。

「国近さん、外回り1周デス。タイムを計りたいので、全力でお願いします」

 了解の意味も込めて、出来るだけさわやかな笑みを浮かべ、握った拳を前に突き出す。

 ぬおおおおおお

 体力なら自信あるぜ。新記録を作ってやる。やってやるぜー。




 ぜえぜえ、はあはあ……。

「すごいデス。一周、五分を切るなんて。これなら、体力的には、全然問題ないデス。空手部どころか、どこの運動部にだって、紹介できるデス」

 やって……やったぜ。

「ところで、国近さんて、どういう字デスか?」

 いや、今はそんなことよりも、水……水が欲しい。

「国近さんの『くに』は、旧字体の『國』デスか?」

 んなわけあるか。という意味を込めて激しく首をふる。

「あ、口で説明するの大変そうデスね。すみません。気が利かなくて。とりあえず、名前書いていただけますか?」

 手渡されたボードには、上半分が折られたA4の紙が挟まれていた。一番上には、横書きで、『恵音恵音 7分53秒』と丸っこい字が鉛筆でかかれてあった。その下には、4分58秒と鉛筆で書いてある。恵音さんの5分切ったという発言から、この数字は、俺のタイムに違いない。





「ふふふ……」

 まじまじと紙を見ていると、突然恵音が笑い出した。

 なぜ、ここで笑う?

「あ、そんなに睨まないでください。息を切らしながら、紙を凝視している姿がおかしかっただけデス」

 恵音は弁解しながら、ボールペンを差し出す。

 笑われた俺は、その紙をできるだけみないようにしながら、自分の名前を4分58秒の左に書き終えると恵音に手渡した。

「はい、ありがとうございますデス。それでは、少しだけ待っていてください」

 恵音はそれだけ言うと、俺に、ミネラルウォーターを投げつけ、脱兎のごとく、もの凄い速さでどこかへ行ってしまった。

 残された俺はといえば、キャッチした水をごくごく飲みながら、恵音の帰りを待っていた。




 四時十五分。

 待てど、暮らせど、恵音が来ない。

 やばい、このままだと、入部届けを出せずに、退学になってしまう。

 空手部はあるようだから、いつでも提出できるように、先に希望の部活の欄だけ記入してしまおう。

 えっと、入部届けは、確か、鞄の中に……

 …………

 ……

 ない。


 あんなに大切にしまっておいた、入部届けがない。

 ここに来る前は、確かに鞄の中に入っていた。だが、今はない。

 ……ということは、最早恵音の仕業だ。

 その最早恵音は、ここに来ない。

 ……はめられた。

 彼女は、刺客か何かだったのだろう。

 くそ、騙された。この学校で油断はできないと謹慎中、一週間も自省してきたのに……。

 やばい。やばい。やばい。

 どうする?

 入部届を先生からもう一枚もらって、空手部の申し込みをするしかない。

 いや、その前に、入部届だ。

 あれがないと、届け出すらできない。



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