四月十七日月曜日②
「おはようございます」
クラスに響き渡るほどの声で挨拶をしながら、空席を見つけ出す。
窓際の後ろから二番目、俺の席はあそこに違いない。そう決めつけ、音もなく歩き、スッと着席。
クラスの皿のような目が、真っ白くならないうちに、着席することには成功した。
「あれ?、『大河っち』じゃん」
さすが、担任。よく、俺の名前をご存知で。俺は、あんたの名前も知らないんだけど。
「こんな時間に社長出勤とはいいご身分だね」
担任から怒りと言う名の暗雲が立ち込める。
いつ落雷が起こってもおかしくない状況だ。
「いえいえ。今朝、風紀委員長さんの愚痴を聞くというお勤めをしていまして、真面目に、取り組んでおりましたら、この時間になってしまっただけです」
名も分からぬ先生。とは、付け足さなかった。
「それは、お勤め、ご苦労様―」
全然、心に響かない労いの言葉。
だが、事実だ。このままの流れで遅刻も見逃してもらえないだろうか?
「あの、風紀委員長の相手をしていたので、遅刻を免除というわけには……」
ダメ元で伺いを立てる。
「いかない」
……ですよね。
「それでは、今まで、停学になっていた、『めちゃんこヤバイ』生徒を紹介しまーす」
え? それって、俺のことだよね?
めちゃんこヤバイって、どっかで聞いたな……
あーーー、母さんの後輩って、もしかして……
「私の先輩のお子さん、国近大河でーす。みんな、『大河っち』と夜露死苦してやってくれ」
……やっぱりか。
だから、母さんも事情を知っていたのか……
俺、これから、このクラスでやっていけるのだろうか?
担任は、俺のことなど微塵も気にもかけず、そのままホームルームを続けていた。
休み時間になり、クラスを見渡す。
入学式から一週間も経っていれば、当然グループはできていて、誰一人として話しかけてくれない。
それならば自ら行動をと思いきや、「遅刻しても、堂々とした態度。いったい、どんな神経してんだ?」「しかも、あの担任の知り合いらしいぞ」「やばくね?」「お前、話しかけてみろよ」「嫌だよ。お前が話しかけろよ」なんて、ひそひそ話が聞こえると、話しかけ辛い。
こうなってしまった以上、今日から俺は、一匹オオカミを目指すしかないようだ。
まあ、孤高の戦士っぽくて、悪くはない。
まずは、手始めに一人で居られる場所を探さなくては。
コンビニ弁当を早々に食べ終えて、クラスから逃げ出すように退出。
一人で居られる場所……か。
トイレなんてどうだろう?
常に、トイレの個室に居る。いやいや、それじゃあ、かなり危ない奴と思われるし、下手すると、根暗の称号も手に入ってしまう……。この思いつきは却下。
あとは……屋上とかか?
小学校・中学校と屋上への出入りは禁止されていたが、高校ならもしかしたら……。
一縷の望みを託しつつ、屋上へと向かう。
屋上へのドアに、出入り禁止の張り紙は、貼られていないようだ。
俺は、一度深呼吸をして、緊張と期待を胸に、うっすらと光輝く扉を開けた。
鉄のドアの先は、まさに楽園だった。
むき出しのコンクリート。緑色のフェンスに、『危険触るな』の看板。
その他にはなにもないし、誰もいない。
一人で居るには十分過ぎるほどの空間。
これで屋根でもあれば最高だろう。
何をするでもなく、フェンス越しに、遠くの景色をただただ眺める。
どこまでも晴れ渡る青い空。遠くを見ても、近くを見ても、グラウンドと、田んぼばかり。建物という建物は、全く見当たらなかった。
俺の空っぽの心中を察してか、景色も気を遣ってくれたらしい。
空気に空気を読まれてもな。
自嘲気味に笑うと、強風が、俺の髪を後ろへ引っ張った。
そろそろ教室に戻るか。
ピンポンパンポン
『連絡します、一年三組、国近大河、一年三組、国近大河、五十秒以内に、職員室に来なさい』
校内放送から担任の声。
……ってか、時間制限ありって、どういうことだよ?
時限爆弾があるわけでもあるまいし。
『もし、五十秒以内に来ないかったら、校内放送を通じて爆弾発言するから。退学になっても知らないから』
時限爆弾発言だった!
なんだよ、爆弾発言って? 具体的に言えよ! 名前も知らない母さんの後輩さん!
退学になったら、即、死亡なんだぞ!
俺は走って、職員室に向かう。
「あなた、また校則を破って……廊下は静かに歩くってことくらい、小学校で習ってこなかったのかなっ?」
目の前には、風紀委員長『コウソク』がいた。
いや、今の放送聞いてなかったのかよ?
「説教ならあとで聞くから。今は一刻を争う、命の危機なんだ」
『コウソク』に拘束されないよう、全速力で職員室へ。
ノックを3回して、扉を開ける。
「あ、大河っち。四十九秒か。爆弾発言されることは回避できたね……ちっ」
今、舌打ちした。この担任、学校内で爆弾発言する気まんまんだった。まじ、危ねえ!
「はー、はー。そりゃー、……良かったです……。ところで、なんで俺、呼び出されたんですか?」
息も絶え絶えに応答する俺。
「あー、そーだった、大河っち、まだ、提出してないでしょ?」
「何をですか?」
「部活の入部届け」
部活の入部届け?
「俺、帰宅部希望なんですけど」
「それは、退学したいってことかな?」
何を言ってるんだこの人は。
「入学式の時に言ったじゃん。しっかりしてよ、大河っち」
「いや、俺、いませんでしたし、入学式」
…………
「……うん。覚えてた、覚えてた」
絶対忘れていただろう。この人も母さん並みの記憶力だ。
「じゃー、一度だけ説明するから、耳の穴かっぽじって、よく聞きなさい」
「伊賀谷高校では、必ず部活動に参加しなければならない。なお、帰宅部は認められない。それが校則だから」
「もし、部活に参加しなかったら……」
「めちゃんこヤバイ、た・い・が・く!」
「ちなみに、入部届の提出期限はいつですか?」
「えーとー、入学式から数えて、八日後の午後五時だったかな?」
入学式から数えて、八日後の五時……?
…………
……
「今日の午後五時までじゃねーかー」