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四月九日日曜日⑤


銀行でお金をおろし、一週間分の食料をスーパーで買いだめした後、家へ戻る。

 ピーンポーン

 おそるおそる、自分の家のチャイムを鳴らす俺。

誰も出てこないことを確認してから、そっと鍵を開け、ドアをしめる。



「ただいま……中に、誰もいませんよ……ね?」



声を潜め、再度、誰もいないことを確認する。

ふー、中に誰もいなくてよかった……

……って、何故、俺がこんな泥棒みたいなことしないといけないんだ?

俺の家なのに。



『フライトに間に合わなかったから、世界旅行、辞めたから、戻ってきちゃった。てへぺろ』……とか母さんなら、言いかねない。

いや、母が無意識に父を気絶させて『何でか分かんないんだけど、父さん気絶してて、首根っこひっ捕らえて、空港まで行ったんだけど、空港じゃなくて、病院に連れて行きなさいって言われたから、帰ってきちゃった』……の線が濃厚か。



理由はどうあれ、ここで母と鉢合わせしたら、食料のことを尋ねられ、停学だと自白してしまった瞬間、ホラー映画の世界に引きずり込まれ、一生部屋から出られなくなってしまうだろう。

気配を消して慎重に家に入る。

静まり返っている家の中……

入った瞬間、

トゥルルルルル……

トゥルルルルル……

電話の着信音。

心臓がドキッとして、冷や汗が流れ落ちた。

唾を飲み込み、相手のナンバーディスプレイを確認する。




公衆電話からのようだ……。

学校からではないはずだが……。

実は、学校の公衆電話から掛けていて、出なかったから、謹慎していなかった……なんていいがかりをつけられても困る。

 俺は、もう一度、唾をごくりと飲み込むと、そっと受話器を持ち上げた。




 「もしもし……」

 「ヘロー」

 それは、聞き慣れた声だった。

 「ヘローって、もう外国についたの?」

 母さんだ。

 「まだ空港だよ。そんなことより、大河、元気?」

 「げ……元気だよ」

 「ふーん、元気なんだ」




 「それよりどうしたのさ、公衆電話から家に電話をかけてくるなんて珍しいじゃん。もしかして、また、壊したの?」

 いつだったか、母さん、メールができないことに憤慨し、素手でスマホを握りつぶしたことがあったことを思い出した。

 「壊していません」

 「じゃあ、なんで公衆電話?」

 未だにメールもSNSもできない機械音痴な母だが、スマホから電話さえできなくなってしまったのか?

「私のスマホからだと、大河、出ないんじゃないかと思って」

 「な、な、なんで、母さんからのスマホからだと、僕が電話にでないのさ」

 「んー、なんとなく。第六感ってやつ?」

 なんで、こんな時に、母さんの第六感が働くんだ……実際、当たってるし。

 「ば、ば、馬鹿なこと言ってないで、飛行機乗り遅れないように、気を付けてね」

 危険を感じてすぐに受話器を置く。

 ふー、なんとか、その場を乗り越せた。


 落ち着いたところへ

 トゥルルルルル……

トゥルルルルル……

電話の着信音。

また、公衆電話からだ。

「へロー」

「コレハ、マイマザーノ、ボイス……ね」

「大河、何ふざけてんの?」

「ちょっとした、アメリカンジョークだよ」

アメリカンジョークがどんなものかよくわかってないけど。



「そんなことより、入学式どうだった?」

 電話越しなのに、一瞬にして空気が固まった。

 「いや、ごくごく普通だったと思うよ」

 「ちゃんと、間に合ったのよね? 入学式」

 「当然」

間に合っていない。


 「出席したのよね? 入学式」

 「もちろん」

 していない。


 「何か因縁つけられたりしてないわよね?」

 「うん」

 つけられた。絶対言わないけど。


 「確認なんだけど、まさか、他校との生徒と喧嘩して停学……なんてことにはなってないわよね?」

 あまりにも執拗に問いただす母。

 これ、第六感じゃないな。おそらく、学校側から、両親のどちらかに連絡が入ったのだろう。

これ以上、誤魔化すことは無理そうだ。



 「ごめん、母さん、実を言うと、停学になったんだ」

 「停学? 入学初日で?」

 「母さん、つとめて冷静に聞いてくれ、停学は退学とは違うんだ」

 「あん? 停学も退学も似たようなもんだろ?」

 母は、ぶちぎれている。

 「いやいやいや、違うでしょ?」

 もう、ノリでこの場を乗り切るしかない。

 「『退学』と『停学』。『退』と『停』まず、字が違うでしょ! 字が違ければ、当然、意味も違ってくるでしょ! 何もかもが違う!」

 俺ができうる限りテンション高く説明する。



 「これから、大河の、危機管理能力をテストします」

 は? なんだ? 藪から棒に。

 「なんだよいきなり?」

 「大河の答え次第では、家に帰るからそのつもりで」

 「家に帰るって、世界旅行はどうするんだよ? 飛行機のチケットせっかくとったんだろ?」

 「せっかくだから、飛行機には乗るわよ」

 「そうそう、世界旅行を楽しんだほうがいいよ」

 「いいえ。途中で、我が家が見えたら、降りるわ」


 は?


 「途中下車ならぬ、途中下飛行機ね」

 ごろ悪っ。せめて、途中下機とかだろっ!

 「空から、美少女が降りてくるのよ。夫と一緒に。パラシュートなしで。幻想的でしょ?」

 何それ? 怖い。

 何が怖いかって、母なら、まじでやっちゃうってこと。

 しかも無傷で。

浮遊する不思議な石とか持ってなくても、重力を無視して、家に帰ってきそう。




 「いやいや、世界旅行楽しみなよ」

「今は、世界旅行なんかより、テストよ」

「は? なんで、今、電話越しでテストをするのさ?」

「たいがちゃーん、遊びましょー♪」

 俺のテンションと反比例するかのように、優しく、それでいて冷たい声が受話器から聞こえてくる。

「たいがちゃんは、赤い紙と青い紙、どっちがいい?」

赤い紙と青い紙? 赤い紙と言えば、胸ポケットに入っていたな……

 赤い紙をもらって、停学だったからな……

 ここは、青い紙って答えるか……




……って、これ、答えちゃダメなやつだ。

 赤って答えたら、血まみれに、青って答えたら、窒息するっていう、トイレの怪談じゃん。

 つまり、後で、赤い血祭にされて殺されるか、ホールドスリーパーで、窒息死させられるか、選んでいいよということだ。

 絶対に回答しないぞ。




 俺が決意を固めて、何も話さずに無言でいると、母は、察したのか、次の手にうってでた。

 「私、忍ちゃん、今、空港にいるの……」

 やばい、これ、だんだんと近づいてくる系の都市伝説だ。メリーさんだっけか?

はやく電話を切らないと……

ガチャン。大慌てで受話器を置く。


トゥルルルルル……

トゥルルルルル……


また、公衆電話からだ。受話器をとって、すぐに置く。

まったく、母も悪ふざけが過ぎるぞ。


トゥルルルルル……

トゥルルルルル……


今度は非通知からだ。もう、絶対、この電話にはでない。

忍ちゃんが背後にくるまで電話が鳴り続けるはずだ。

しばらくすると、コール音が途切れる。


その後、すぐに鳴り響く電話音。ディスプレイをみると、父さんのスマホからだった。

「もしもし、父さん?」

「大河、あんんた、危機回避能力、結構あるじゃないの……」

 母さんの声だった。

危機回避能力があるって、さっきの都市伝説をうまくかわしたことを言っているのだろうか?

「まあね」

「そのいきで、危険を回避するの? わかる?」

 「わかってるよ……。それよりも、非通知にして電話掛けてくるの、やめてくれるかな?」

 「え? 私、公衆電話の小銭が切れたから、横でぐったりしている父さんのスマホをぶんどって家にかけただけよ。非通知なんて知らないわ」

 「ああ、そうなんだ……」




 ……っていうことは、さっきの電話、もしかしたら、学校からだったかもしれないってこと?

 確か、電話を2回出ることができなければ退学だったよな……。

「大河、もう一度だけ言うわ。もしも退学になったら命はないと思いなさい」

 「はい」

 「そして、停学になったんだから、半殺しされるくらいは覚悟しなさい」

 ガチャ……ツーツーツー

 今、サラッと酷いこと言い残して切った。

 まあ、覚悟はしていたけど。

 さっきの非通知が、もし、学校からだったら、俺のライフ・テレフォンはあと1回か……。

 一週間、おとなしく謹慎していよう。

 



ある生徒の日記




 まさか、あんな入学式になるなんて……

 最悪の一日だ。

 危機管理だけはしっかりとしていたのに、まさかあんな方法を取られるとは思ってもみなかった。

 あれでは、対処のしようがない。

 どうする? どうすればいい?

 早く、なんとかしなくては。


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