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四月九日日曜日③


 ちょっ、待って、この音って……

 時間を確認したところから百メートルほど自転車を進めると、目の前には、無情にも踏切が立ちはだかっていた。

 慌ててブレーキをかけるが、このままだと線路に突っ込んでしまう。

 咄嗟に、靴をアスファルトにこすりつけ、やっとの思いで自転車の加速度をゼロにする。




はぁ、はぁ……

あぶねえ。遅刻する前に、自転車で電車に突っ込んで地獄を見るところだったぜ。

心臓がバクバク動いているのに、脳まで酸素がいきわたらない。

思考がまとまらず、はやく電車よ、通り過ぎろ!

……と、念じるしかなかった。

こんなところで、足止めされるなんて……

時間は十二時四十五分六秒。



あーあー、自転車が不思議な力で、浮いてくれないだろうか……

 母なら、自転車を棒高跳びの棒代わりにして、軽々跳び越えそうだ。

 いや、母だったら、そもそも自転車に乗らないな。

母が自転車乗ったら、あまりにも脚力がありすぎて、すぐにチェーンが切れて、ペダルも壊れるだろうし。

母ならランニングの方が速いだろうし。



電車は右から左へと過ぎ去っていく。

 通り過ぎる電車を見送った遮断棒が、のろのろと上がった。

 待ちに待ったこの瞬間、左右を確認し、自転車をこぎ出す。

 もう一度スピードがのってきたと思ったその瞬間、お腹が痛くなる。

 あーそういや、今日の父特製お昼のスパゲッティ、珍しく、おかわり三回もしたんだっけ……

 何故、食いすぎたし、俺。

 脇腹にしくしくと痛にが襲う……

 時間がないというのに。

 ピンチは続くよ。どこまでも。



 お腹の痛みは無視して、全力で自転車をこぐ。お腹痛いけど。

 時間は、十二時四十八分二十五秒。あと、十一分三十五秒。

目の前に学校が見えてきた。

三分もあれば、学校へは到着するだろう。

その後、自転車を置き去りにして、入学式会場へ向かう。

 少し心の余裕がでてきた。

 よし、このまま学校まで一直線だ。




 息を切らしながら、自転車を漕いでいると、

 「ひゃっはー、ここから先は、一歩も通すわけにはいかねーなー」

 大声が響き渡る。

『ひゃっはー』……って、今、世紀末だったっけ?

 声の方を遠くから見ると、腕と腕を組んで、今にもシュプレヒコールでも起こしそうな三人組が道を通せんぼしていた。




 「一時まで、俺たちとお話でもしていようぜ」

その通せんぼしている前には、自転車に乗った細身の女子生徒一名の後ろ姿。

女子生徒は俺と似たようなデザインの制服を着ていて、しかも、ピカピカ。

女子生徒は、なんとか、三人の隙間を縫って自転車で強行突破しようとしている。

ふーん、なるほどね。


伊賀谷高校に落ちた腹いせか、あるいは、悪名を広めたいのか、女子生徒に対するいやがらせなのか分からないが、要するに、阿呆三人衆が、伊賀谷高校入学式の受付に行かせないように邪魔をしているってことだ。多分。


 ……ってか、このまま行くと、俺も巻き添えじゃないか。

こちとら、遅刻→退学→死亡なんだぞ。

 背筋がぞっとする。



 どーん。

 考えるより早く、俺は、一人の男に自転車に乗りながら突っ込んだ。

 自転車に轢かれた男は、ギャーという叫びとともに、身悶えしながら、道路に突っ伏した。

 自転車が宙で円を描き地面へと落ちる前に俺は自転車から飛び降り、すぐさま、

 「行けー」

 と声が枯れるほどの大声で女子生徒に叫ぶ。



 通せんぼから抜け出た女子生徒は、少し離れたところで、急にブレーキをかけ、こちらを振り返ろうとする。

 おそらく、俺のことを心配しているのだろう。

 「後から追いつく。今は、俺のことを気にせず、先に行け」

 女子生徒は、学校の方向へ向き直り、自転車で先を急ぐ。

 あーあ、やっちまった。親譲りの無鉄砲で、幼いころから損ばかりしている俺の性格が出ちまった。



 「おい、菊地、大丈夫か? おい、お前、何してくれてんだよ?」

 「それは、こっちのセリフだ。何してんだよ」

 「はぁ? そんなの、入学式に遅れそうなやつを遅刻させて、退学にさせてるからに決まってるだろうが」

 「最低だな」

 「なんとでも言え」

「なんで、そんなことするんだ?」

 「俺たちが去年、他の奴らに遅刻させられて退学になったからだよ」

 去年……ってことは、もしかして、伝統行事なのか?

 一年しごきみたいなやつか?

 いや、いくらなんでも、しごきすぎだろ?

 「知らないのか? 去年、退学になった一年生は、今年の新一年生を遅刻にしたら、そいつの替わりに、入学できるという噂がある」

 「だから、入学式へ行く生徒の邪魔をしているということか?」

 「ご名答。お前のせいで一人逃がしちまった。だから、お前、責任取って、ずっとここにいろよ、おい、川合!」

 川合と呼ばれた、やせ型体型の眼鏡男は、俺の倒れている自転車を背に立ちふさがる。

川合に指示を出したがっちり男は、走って逃げないように、道を通せんぼしていた。

 まー、そういうことになるよねー。



 ちらりと、腕時計を見やる。

 十二時五十三分十九秒。


 もう、こんなやつらにかまっていられない。

 俺は、命がけで登校しているんだ。

 まずは、状況確認。あたりを見渡す。

 自転車で倒したやつが一人。伏兵はいなさそうだ。

 あと、残るは、二人。

 倒れている自転車を起こし、立ちふさがる二人を無視して、学校へ向かうのが、一番なのだが……

 それはさせてくれないらしい。こうなったら……



 「大嫌いなんだよ。俺。他人の足を引っ張るやつが。足止めしたいなら、さっさとかかってきな。かかってこないなら、俺はもう、学校へ行くぜ」

 冷静に考えれば、相手が本当に俺を足止めしたければ、攻撃せずに膠着状態に持ち込むのがセオリー。

 しかし、俺にそんな時間的余裕はない。だから、相手を挑発してみた。

 「行かせるか―」

 まんまと挑発にのった、やせ型眼鏡のやつが、俺の足を捕まえようと飛び掛かってきた。



 よし、川合は、格闘技、未経験者だ。

 お腹、がら空きですけど……と言うかわりに、とび膝蹴りをかます。

 ぐはぁ……と、肺にたまったすべての空気を吐き出すかのような声をあげたあと、うずくまった。

 「川合!」

 よしっ、これで、あとは、がっちりとした大男一人。

 ん? 残ったのは大男?

 しまったー、倒す順番、失敗した。先に、このがっちりとした男に自転車で体当たりするべきだった。

 マッチョだから、倒すのに時間かかりそうだなー。

 反省、反省。




 「俺様は、菊地や川合のようにはいかないぜ。なぜなら、俺は、レスリング経験者だからな」

 何故、手の内を明かした?

普通、自分は何々の経験者だ……なんて言わないぞ。

アドバンテージがなくなるじゃないか。柔道家が、俺、柔道家だから、柔道の技を今からかけるから、服を取られるの警戒してね……って言っているのと同じだぞ。こけ脅しなのか、よほどの自信なのか、まあ、どちらでも同じこと。

さっきのように、お腹にとび膝蹴りをお見舞いしてやるっ。



 ……って、お腹を両腕でガードしながらのタックルかいっ!

 姿勢を低くし、こちらに猪突猛進してくる。

 「これなら、ボディにとび膝蹴りをしたところで、たいしたダメージにはならないぜ」

 よくご存じで。解説ありがとう。

 ふーっ……と、深く息を吐いて、作戦を変更する。

 俺は、ぎりぎりまで間合いを測り、タイミングよく脚を天高く振り上げた。

 こちらの動きに気付いたレスリング経験者。

すぐに、スピードを落とそうとする……が、

 「遅いっ」

 俺は、天高く上げた脚を思いっきり振り下ろし、踵を頭の上に当てた。

 手加減はしたつもりだったが、靴も履いていたこともあり、レスリング野郎は、目を白くし、口から泡を吹いて、俺に向かって倒れこんできたので、そっと道端によこたわせた。

 うん。手加減したから大丈夫、大丈夫。



彼らは仲良く公道の隅で一列になりながら日光浴をしているだけ。

 自分に言い聞かせながら、土ぼこりを払う。





 俺は、倒れていた自転車を起こし、腕時計に目をやった。

 え…………?

時計が……

 時計が……

 壊れているーーーーー

 何だよ? 88:88って?

 念のため斜め45度の角度からチョップしてみるが、直る気配はない。

 まじ、ショック!

 とっても大事にしてたのに……

 買ってもらったばかりなのに……

 時間ばかり気にしてたからなのか? いつのまにか、腕時計死亡フラグがたってしまったってことなのか?

 やばい、やばい、やばい!

 時間がわからないって、超やばい。入学式に間に合うのか、俺?

 も、もしかして、時間と一緒に俺の死亡フラグもたったのか? 

 どうすればいい?

 ……って、考える時間ももったいないな。

 よしっ、ここは、全力で自転車をこごう!




 決意を固めて、自転車をまたぐと、ふいに、肩をぽんぽんと叩かれた。

 いや、俺、今、急いでいるんですけど。

 さっき行く手を阻まれていた女子生徒だろうか?

お礼でも言われるのかな? 告白とかされちゃったりして。

そうしたら、『お礼なんていらないさ。俺は、自分の正しいと思ったことをしただけだ』って言って、立ち去るか?

かっこいい、俺。昔から憧れている、特撮の『孤高の戦士』そのものじゃないか。

……ん? ちょっと待てよ? 女子生徒は、数分前に見送ったよな? 

俺の背後に来て、肩を叩くなんてことするはずない。

うん。絶対、さっきの女の子じゃない。

……ま、まさか、近くを巡回していた警察なんてことは……

頬に伝う汗を感じながら、ゆっくりと振り返った。


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