四月九日日曜日①
どーん。ばきっ。
柱が衝撃により折れる音が家の中に響き渡った。
「私たちが留守の間に、もしも、高校退学になったら、分かってるよね?」
背が低く、十代と見間違うようなロリババ……いや、母親が微笑みかけて、脅してくる。
必殺技・折柱家をくらって、俺もこの柱と同じ運命を辿るということですか?
そういうことですか、母さん?
「忍さん、今日は、大河の晴れの入学式の日に、脅迫じみたことしなくてもいいじゃないですか」
いつも俺の味方をしてくれる父さん。
「そうだよ。忍さん」
「なんで、大河まで、私を忍さんって呼ぶのよ」
いいながら、俺の頬をつねる忍さん……もとい、母さん。
「世界旅行は一年間よ? 一年も夫婦そろって家を空けるのよ? 何があるかわからないじゃない」
「僕は大河を信じているから大丈夫だと思いますよ」
「私は信じられないわ。大河がその間に退学になっているかもしれないし」
「考えすぎですよ。それよりも、留守の間、大河の健康の心配を……」
「そこは大丈夫よ。病気やケガにやられるほど、やわに育てた覚えはないから」
サムズアップする母さん。
「いやいや、誰でも健康を害することだってあるんじゃないんですか?」
「そう……私に口答えするの……貴方も、この柱のようになりたいの?」
父は、無残に折れた柱を数秒見た。
「大河、我々が留守の間に、高校退学になったら、分かってますか?」
俺に、優しくにっこりと微笑みかけて、母に寝返る父さん。
普通に裏切るんかい!
「父さんも、母さんも、安心してよ。中学時代、三百人中二位の学力で武術も空手の黒帯。成績優秀で武術もできるこの俺が、どうして退学になるのさ?」
顎の下に右手を当て、かっこよく決めポーズを取り、自分の優秀さをアピール。
「成績優秀? あんた、お父さんより、頭悪いじゃない」
「それは、父さんに比べれば、劣るかもしれないけど……父さん、有名な学者だし……」
「武術についても私に勝ったこと、一度もないじゃない」
「それは、母さんに比べれば、劣るかもしれないけど……母さん、バトルマスターだし……」
「でも、他の高校生と比べたら、レベルが高いと思うんだけどな。ほら、目の良さだって、2.0じゃん」
「他の高校生を相手に、『レベルが高いと思う』じゃダメなの。目の良さなんかどうでもいいの。退学にならなず、生き残ることが大切なの。だって、大河が行く高校は、あの伊賀谷学園なのよ。分かってる?」
母が優しく諭してくる。
「分かってる? ……って言われても……」
全然わからないし。
「伊賀谷高校って何かあるの? 父さん」
確かに、伊賀ってついているから、忍者がいるのかな? ……とか、ファンタジー要素を期待していたけど、学校紹介のパンフレットを流し読みした限りでは、ごくごく平凡な高校だと思っていたのだが、違うのか?
「すみません、父さん、大学のことはわかりますが、高校のことはさっぱりわかりません」
「伊賀谷学園を勧めてきたのは、母さんだったっけ?」
「そうだったかしら?」
『記憶にございません』という素振りをする、母さん。
「確か、忍さんが責任をもって調べるっていって、薦めたんでしたよ」
「何故、俺にそんないわくつきがある学園を勧めた?」
「え? いや、その……母さん、高校のことに知識が全くないからって、適当に選んだわけじゃないのよ? 家から近くて、通学費が最安値だからとかいう安易さで、選んでないから、誤解しないでよね?」
あ、これ、適当かつ安易に選んだな。
「ほら、よく言うじゃない、ライオンは我が子を『ちひろ』の谷に突き落とす的な……」
「忍さん、最近アニメ映画の見過ぎですよ。それを言うなら、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすです」
「私の餌食となる二本目の柱は、やっぱり、人柱になりそうね」
母さんがぐっと拳に力を込めた。
「いいか、大河、我が家では、我が子を『ちひろ』の谷に落とすんです」
千尋の谷だか、ちひろの谷だか、風の谷だかしらないが、我が家では、俺を谷に落とすことにかわりはないらしい。
「大河の入学が決まってから、暴走族のリーダーだった時の後輩に聞いたんだけど……」
え? 母さん、暴走族のリーダーだったの? 知らなかった。
「え? 忍さん、暴走族だったんですか?」
父さんも知らなかったのかいっ! 二人が結婚して二十年目の真実!
「あたいが、暴走族のリーダーだったかどうかなんてどうでもいいの」
一人称が『あたい』になってることには絶対、突っ込んじゃダメだ。家の柱の二の舞になる。
「忍さん、なんで、一人称が『あたい』になってるんですか?」
無神経に尋ねる父さん。
どーん。ばきっ。
背後から衝撃音と何かが折れた音のみが響き渡る。
音源を確かめるために振り返ると、そこには、一家の大黒柱から、人柱になり下がっている父の無残な姿があった。
口から魂が出てるけど、大丈夫か? これ。
「ちょっと、大河、どこ見てんのよ」
父のところ……と言いかけて、やめた。父の心配より、自分の保身。
すぐに、母へと目線を戻す。