四月十七日月曜日④
四時二十五分。
俺は、恵音を待つことを放棄して、職員室へと駆け込んだ。ノックもせずに。
「一年三組、国近大河です。担任の先生いますか?」
「一年三組? じゃあ浜田先生のクラスだのう。おーい、浜田先生」
おじいちゃん先生が呼びかけた方向には誰もいなかった。
「あれ? おかしいのー。なんでいないのじゃ?」
いや、俺に訊かれても困るんだけど。
「あの、他に先生が見当たらないのですが、会議か何かですか?」
「何? 今日、会議があるのか?」
「いや、知らないですけど」
「あ、そうじゃった。みんな帰ったんじゃった。定時は四時ですからのう」
は? 帰った? 四時が定時? はやくないか?
もう一度職員室の中を見回すが、目の前にいる、少しボケたおじいちゃん先生しかいない。
俺はこのおじいちゃん先生に申し出るしかないようだ。
「えっと、入部届が欲しかったのですが」
「入部届? ああ、まだ、提出していない人がいたんかのう。えっと、予備はどこにあったかのう?」
とてつもなくスローで対応をしてくれる、おじいさん先生。やたらと声が高いのは、気のせいか?
「あれ? おかしいのう? ここにあったはずなんじゃが…… シュレッダーされてしまったかのう? すまんのう、わし、二年生の担任じゃから、どこにあるのか、わからんのじゃ」
確かに、今日の午後五時までが提出期限。シュレッダーにかけられていてもおかしくはない。だが、はやくしないと、俺の退学が決定してしまう。
「えっと……、こういう紙って、原本がパソコンのどこかに保存されているんじゃないんですか?」
「ああ、そうだった、そうだった。さて、どこにファイルがあるんじゃったかのう……」
ちらりと時計を見ると四時四十五分だった。
まじで急いでくれ。こちとら、命がかかっているんだ。
「おう、あった、あった」
よし、まだ、間に合いそうだ。
「えっと……、どうやって印刷するんじゃったかのう? わし、昔の人間だから、パソコンは、からっきしでのう」
印刷の仕方わかんないんかい。
「ファイルから印刷ができたはずです」
父から、パソコンのイロハを教えてもらっていて良かった。よし、この調子なら、行ける。
「おう、さすが若人は違うのう」
いいから、はやく、入部届をくれ。四時五十分。
「おや? インクが切れていて、印刷できないと表示されておるが、どうすればいいんじゃ?」
まじか?
「あの、インクカートリッジの予備ってありますか?」
「カートリッジ? 聞いたことないのう……」
これも、探さないといけないのか?
ア―――
どこからか聴こえてくる五時のサイレン。
終わった。俺の人生が。
あの『コウソク』をなんとか説得して、退学を阻止するしかないが、それができるのか?
否。俺にはできないだろう。
とりあえず、学食へ向かうか。
俺が恐怖に慄きながらとことこと歩いていると、のこのこと恵音が現れた。
「あれ? 国近さん、そんなところで青ざめて、どうしたんデスか?」
「どうしたも、こうしたもない。お前は、誰のさしがねだ? もう、俺は退学させられちまう」
あばよ、俺の高校生活。そして、ウェルカム、あの世生活。
「さしがね? 何のことデス。国近さん、頭、大丈夫デスか?」
「お前は俺を退学に追い込む刺客じゃないのか?」
「刺客じゃないデス。そして、国近さんは、退学しなくて大丈夫デス」
「何で大丈夫なんだよ?」
「既に、入部届けは出してきたからデス。だから、退学の心配はありませんよ。ノープロブレムデス。」
え? いや、どういうことだ? わからない。何を言っているんだ?
「どういうことか理解していない感じデスね。わかりました。説明しましょう。ここで立ち話というのもなんなので、まずは、食堂まで行きましょうデス」
俺はコクリと頷くと、恵音の後ろをついていく。
しばらく廊下を進むと、恵音を待っていたかのように、一人の女子学生が近寄ってきた。
心なしか、警戒されている気がする。
「あ、この人やよね? 本当に大丈夫なん?」
方言? 関西弁ではないようだが。恵音に話しかける、この子は一体誰なんだ?
「うん。彩子。大丈夫、大丈夫。」
彩子と呼ばれた女性は、恵音と同じくらいの身長。だが、髪の毛はショートで、少しクセっ毛があるようだ。どことなく、もの静かな雰囲気を醸し出している。
「国近さん。こちら、彩子。この子も、同じ部員なのデス。……とは言っても、納得しないデスよね?」
当たり前だ。
「まあ、学食で話しをしますから。ちょっと待ってくださいデス」
恵音は、言いながら、彩子と呼んでいた女子学生に近づく。
「それじゃあ、彩子、よろしくデス」
「肩を組めばいいんよね?」
「はい。よろしくデス」
「本当にそれだけでいいん?」
「まあ、任せておいてくださいデス」
何の密談だ? そんな疑問をよそに、恵音は俺の顔を見て、じゃあ、行こうと促した。