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TAKUMI  作者: 水嶋ゆり
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第59話

  「榊原。――― 匠の質問に答えなさい。もしおまえが心の中に私への恨みがあるのなら遠慮などは無用だ。全部吐き出しなさい。そうしてくれた方が私の気持ちも休まる。」

「―――― お言葉でございますが。私にはだんな様に対し、そのような気持ちを抱いたことなど一度もありません。早苗にしても同じこと。奥様と早苗の繋がりを目のあたりにしていた者なら誰もが感じたことでございます。それに私たちが極秘裏に結婚した後など生活に困らないようにと、だんな様はお気遣い下さいました。それだけをもってしても感謝こそすれ、恨むなどもっての外でございます。本来なら私も職を解かれ、路頭に迷っても当然の身ですのに・・・」

頭を垂れ訴える榊原の足元に大粒の涙がこぼれ落ちた。

「・・・わかった。・・・オレが出すぎたようだ。・・すまなかった。」

「榊原。匠もおまえのことが心配でお節介をしたのだ。私に免じて許してやってくれ。」

「それはダメです!」間髪を入れず匠が拒否した。

「なんだと?」

「ぼくは榊原の榊原の立ち入ってはならない部分に勝手に入り込み、傷つけてしまいました。この責任は非常に大きいものです。・・・ぼくは一身をもってこの責任を取らなくてはならないと思います。」

「何を言うか。大げさな。」

「いいえ。この過失は重大です。ぼくは今から得宗寺家との関わりを絶ちます。」

突然の絶縁宣言に2人は驚いた。とりわけ榊原のショックは筆舌し難いほどだ。

「たたた!」

顎が外れたかと思うような榊原のうろたえぶりは尋常ではない。それは秀一とて同じこと。違うのは動揺が顔に出るか出ないかの差だ。

「とは言っても。周防建設は得宗グループの傘下に入っています。ですから関わりを絶つのはぼく個人、ということにして下さい。お願いします。」

「いったい。何をもってしてそういう結論に出るのだ。」と秀一。

「ぼくは幼少の頃から沙織や榊原と親しくしてきました。しかし最近、それではいけないということに気づいたのです。他人であるぼくがこの家の人たちと必要以上に馴れ合ってはいけなかったのです。これからは安易に出入りしたりすることのないよう気をつけます。お世話になりました。」

匠は2人に頭を下げ、それぞれにありがとうございました。と言って部屋から出ようとして一旦、足を止めた。

「榊原。最後の頼みだ。聞いてくれるか。」

「た、く、みさん。」榊原の顔はすでに涙でぐしゃぐしゃになっている。

「なんだ、その変な顔は。オレの頼みっていうのは沙織のことだ。あいつはもろいようだが強情なところがある。おまえの長年の経験てやつで面倒を見てやってくれ。頼むよ。」

「そ、そんな、できませ・・ん・・」

「できない?そんなに難しいことか。今まで通り接すればいいだけのことなんだがな。」

「できません!私に匠さんの代わりなど・・だんな様、だんな様からも仰って下さい!」

「榊原。私は言うのは容易い。しかし、この男がその程度で前言を撤回するような人間か。それはおまえが一番良く知っているのではないのか。」

秀一は中立の立場を保っている。あくまでも自主的に解決させようという腹積もりらしい。

「その通りです。だからな、オレのことは初めからいなかったと思ってくれ。」

「イヤです!小さな頃から手塩にかけ、得宗寺家の後継者として育ててきた匠さんを手放すなど。私には・・・」

とうとう榊原は執事という立場も忘れ、オイオイと泣き崩れてしまった。これには冷静なはずの匠も驚かされた。榊原の言う通り、匠にしてみれば本当の両親以上に面倒を見てもらった、いわば恩人が自分の目の前で泣き出したのだ。それを見た秀一はようやく自分の意見を口にした。

「匠。榊原の気持ちを汲んでやってくれ。 私はすぐにまた屋敷を留守にしなければならん。今度の出張は少し長くかかりそうだ。それには家の中に心配事があっては安心できない。おまえの気持ちもわかるが、ここは私の顔を立ててくれんか。」

「・・・・わかりました。  得宗グループ総帥ご自身の口からそう言われては仕方がありません。前言を撤回します。その代わり・・・出かける前に沙織の顔も見てやって下さい。お願いします。」

「わかった。そうしよう。・・・榊原。これでいいか。」

秀一は泣き続けている榊原に優しく声をかけた。

「は・・い。あり・がとう・・ござい、ます・・」

なおもしゃくりあげる榊原は2人に向かって手を合わせた。

「バカだな。こんなことくらいで拝んだりするな。オレは神様じゃないぞ。ホラ、しっかりしろ。」

匠は榊原の脇を支え、どうにか立ち上がらせた。

「もうしわけ、ありま、せん・・」

「わかったからもう泣くな。そんな顔、他の奴に見られたら一生の恥だぞ。しばらく部屋で休め。 いいですよね?」同意を求めるように秀一の顔を見る。

「当たり前だ。二目と見れぬひどい顔をして人前に出てはならん。これは命令だ。しばらく部屋で休み、その後、匠の指示に従いなさい。いいな。」

「はい。」

トボトボと部屋を出て行く榊原の背中が小さく見えた。彼が自室に入るまでに他の使用人に見咎められたかどうか2人にはわからなかった。

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