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「お帰り! 今日はご馳走よ!」


 玄関を開けた途端、母さんの弾んだ声が響いた。

 廊下を漂う香ばしい匂いで、すぐに献立の正解に辿り着く。 今夜はトンカツと、特大のエビフライだろう。父さんが帰っているのだと確信する。


「お帰り、奏太。最近はなかなか会えなくて済まないな」


 リビングに入ると、父さんが新聞を置いて顔を上げた。


 父さんは、国の情報管理を担う『中央塔』と呼ばれる庁舎に勤めている。年中多忙を極め、その業務内容の詳細は家族にも明かされない。


「仕事、忙しそうだね。体壊さないでよ」

 俺の言葉に、父さんの目尻がわずかに下がった。


「中央塔のシステムもAI化に向けた過渡期でね。これが上手くいけば、もっと早く帰れるようになる。今が踏ん張り時なんだ」


 久しぶりに家族三人で囲む食卓。他愛もない会話が胸を温めていく。


 テレビのニュースが一段落すると、最近耳にタコができるほど流れているCMに切り替わった。

『── あなたもこれで若返る。幻の霊薬「ソウル」、累計販売数……』


「あんなの、誰が買えるんだよ」

 俺が独り言を漏らしたのには理由がある。そのサプリメント『ソウル』は、一粒百万円という、正気の沙汰とは思えない価格で販売されているのだ。


「材料は何なのかしらね。説明もないのに効果だけがあるなんて、少し怖いわ……」

 

 母さんの何気ない呟きを聞いた瞬間、脳内でカチャリと歯車が噛み合った。


 ここ数日、明らかに思考の回転が早すぎる。成績が上がったとかではなく、五感が研ぎ澄まされ、バラバラだった情報が勝手に一つの仮説を形成していく感覚だ。


 それは、気持ちが良くなる筈の『SS』が俺の場合、不快なものだったこと。


 合宿先がエリクサー社の隣で、『偶然じゃない』という言葉が聞こえたこと。


 今日、部長はイアの事を『夢の女』と皆に話していた事。


 ── 俺は食後のコーヒーを啜る父に向け、極めて平静を装って問いかけた。


「ねえ父さん。あの『ソウル』の販売元って、仕事のついでに調べられたりする?」

 


 その夜、俺は深い闇の底にいた。


『はじめまして、奏太君』


 それは昼間、脳裏に響いたあの声だった。


 真っ暗な空間で白いモヤが形を成し、一人の女性の姿を形作っていく。


 その容姿には、見覚えがあった。あの日、教室の窓から校門に見つけた、黄色のサマーニットを着たあの女性だ。


『私はイア。柳瀬さんから聞いているかしら』


「あんたがイアか。やっとお出ましだな……。なぜ、俺たちに干渉してくる?」


『ふふっ、せっかちね。私はただ、この国を救いたいだけよ』


「救う? 遙が言っていた、他国からの侵略を阻止するってことか?」


『大きな意味ではね。エリクサーに潜入した後は任せて。私があなたを導いてあげる』


 淀みのない言葉。だが、俺の加速した脳は、彼女の「言葉の裏」を必死に探っている。


「あんたの言葉が正しければ、俺はエリクサーの企てを阻止したい。だが、あんた自身の目的は何だ?」


 この女は、おそらく『SS』そのものに深く関わっている。


『そうね……私の望みは、「平和な世界」よ』

 

 やはり、肝心な部分ははぐらかすか。

その言葉で俺は彼女を信じ切るのをやめた。つまりは、対策が必要になるということだ。


 俺はイアに対し、ある一つの「要望」を突きつけた。

「俺にも遙と同じように、ウイルスソフトの『IA』を明日に準備してくれないか?」


『別にいいけれど……どうして明日なのかしら?』


 イアは意外そうに、だが承諾した。

「スマホの充電を忘れててさ。明日ちゃんと用意しておくから」


 ありふれた嘘を吐きながら、俺は内心で彼女の反応を伺う。

『ふうん、わかったわ。じゃあ、よろしくね』

 

 イアが闇に溶けていく。

 意識が浮上する直前、俺は自分の加速した思考が導き出した「エリクサー」と「ソウル」の最悪な関係性に、身震いしていた。

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