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偶然

 部室の鍵を回しながら、如月部長が静かに口を開いた。


「あなたたちは……どうやら『吸引力』を持っているみたいね」


 言葉の意味が掴めず、俺は思わず聞き返してしまった。

「吸引力、ですか? なんだか高性能な掃除機みたいですが……」


 授業の後、遙と部室へ向かう途中で部長と鉢合わせ、昨夜の惨劇と遙の夢、そして『イア』のことを一気に報告した。その回答が「吸引力」だった。


「一昨日、関君が発表した内容を覚えているかしら?」


「……ええと、世界はすべて電気信号に置き換えられる、という話でしたっけ」


「そう。つまり『イア』を名乗る存在が、遙さんの脳へ直接メッセージを送った可能性があるということ。かつて多くの天才たちが『天啓』によって世界を塗り替えてきたように、何らかの外的干渉が存在すると定義できるわ」


 遙は隣で唇を噛み、黙ったまま話を聞いている。


「なぜあなたたちなのかは分からない。けれど、遙さんが事象のきっかけを得たのは事実よ。そして私が『吸引力』と言ったのは他でもない──、解決すべき問題は、時として恐ろしい速度で一点へ収束するものだから」


 部長は歩きながらスマホに指を滑らせ、不意に足を止めた。


「部長、それは……?」

 向けられた画面を見て、俺たちは息を呑んだ。


「このエリクサー社……夏合宿で行く予定の施設の、すぐ隣にあるのよ」


「ええっ!?」

 遙が驚愕の声を上げる。そんな都合のいい偶然があるのか?


(──偶然じゃないわ)


 不意に、脳を直接撫でられたような感覚とともに声が響いた。


「!? 誰だ?」

 周囲を見渡すが、そこには部長と遙しかいない。気のせいか?


「お疲れ様です。……おや、なんだか深刻な空気ですね」


 カチャリと扉が開き、関君が入ってきた。ただならぬ気配を察して苦笑いしながら退室しようとする彼を、部長が引き止める。


「いいのよ、関君。ちょうど『突然死』についての報告を受けていたところだから。皆が揃ったら、これからの指針を説明しましょうか」


 如月部長の瞳に、楽しげな光が宿る。



「如月! それは調査の範疇を越えている!」


 数分後、部室内には豊田副部長の怒声が響いていた。如月部長が提示したあまりに突拍子もない計画に、俺も目を白黒させている。


「豊田くんの意見はもっともよ。でも、遙さんの聞いた『夢の声』が真実なら、あなたはこのまま見て見ぬふりをするのかしら?」


 沈黙が落ちる。重苦しい空気を切り裂いたのは、二年生の本田先輩だった。


「確かに危険かもしれねえ。だが、面白そうじゃねえか。部長、その計画、俺も混ぜてくださいよ」

 厳つい風貌ではあるが、遙いわく『結構ナイスガイ』らしい、本田先輩が拳を鳴らした。


 如月部長の計画──。それは夏合宿を隠れ蓑にしてエリクサー社へ潜入し、遙の持つウイルスソフト『IA』を実行するという、あまりに無謀なものだった。


「部長、危険です! そんな得体の知れない企業にどうやって……潜入なんて不可能です!」


 由紀が悲鳴に近い声を上げる。反対の声が広がる中、部長は動じることなく微笑んでいた。


「あらあら、強制参加じゃないわ。危険な目に合わせるつもりも毛頭ない。けれど……」


 そのカリスマ性に、部員たちが気圧されていく。

 俺は隣に立つ遙を見た。彼女の瞳には、怯えとともに消えない決意が宿っている。


「この計画、俺は行くよ。遙はどうする?」

「……もちろん、行くわ」


 遙は頷き、如月部長を見据えた。

「部長、潜入する方法は、もうお考えなんですよね?」


 如月部長は、さも当然だというように唇を吊り上げた。


「ええ。私たちの立場ほど、好都合な条件はないでしょう?」

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