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衝撃

「全く! お洒落して来なさいって言ったのに、なんで昨日と同じパーカーなのよ!襟付きのシャツくらい持ってないわけ?」


 一時限目。俺が心の底から嫌っている数学の授業が終わった直後、遙の開口一番はそれだった。


「これには深い理由があってだな……」


 俺は今朝の顛末を説明する。


 スマホの充電が切れて目覚ましが鳴らず、母に起こされた時点ですでに手遅れ。

 三年間無遅刻無欠席という密かな目標を、初年度で潰すわけにはいかず、起床から五分で家を飛び出したこと。

 ……一応、歯は磨いた。


「というわけで、充電器貸してくんない?」


「なにが、というわけよ!ただの寝坊じゃない!」


「すいませんでした、以後気をつけます」 


 手渡された充電器をコンセントに差し込み、無理やり電源を入れる。


 そうだ、昨夜の『SS』のダウンロードはどうなっただろうか。


「そういえば遙。如月部長が言ってた『魂を奪うアプリ』、俺見つけたかもしれないんだ」


「えっ!?」

「昨日インストールを始めて……あ」


 立ち上がった画面に目を向けると、無情なポップアップが表示されていた。

『アプリの取得に失敗しました。再インストールしてください』


「……ダメだったか」

 だが、俺は奇妙な違和感に指を止めた。エラーが出たはずなのに、ホーム画面の端には真っ黒な『SS』のアイコンが、まるで最初からそこにあったかのように鎮座している。


「……何だこれ。エラーなのにアイコンがある」

「ちょっと奏太、見せて!」


 遙の声のトーンが上がり、興奮気味に顔を寄せてくる。 近い。近すぎる。 そして、周囲の視線が刺さっているようで痛い。


「インストール失敗したっぽいけど……起動はできそうだな」


 アイコンをタップし、遙にも見えるように画面を向けた。


「SS……。発行元は『(財)エリクサー』か」

俺と遙は画面を食い入るように見つめた。


 説明文には、ゲーム中の脳波データを収集する代わりに、課金を肩代わりすると書かれている。方法は、課金画面でスマホを頭に当てるだけ。


「……不気味ね。でも、これだけだとただの怪しい治験アプリに見えるけど」


 その時、背後から咳払いが一つ。

「そこの二人。仲がいいのは結構だが、授業はしっかり受けんとな?」


 ── いつの間に。


 教壇には先生の姿があり、教室中からニヤけた視線が俺たちに集まっていた。


「す、すみませんっ!」


 裏返った俺の声に、教室が爆笑に包まれた。


───


「奏太、お前と柳瀬さんが幼馴染って知ってるけど、いつから深い仲なんだ?」


 昼休みの学食内は混雑を極めていた。

クラスメイトの瀧本は、焼きそばパンを頬張りながら、ニンマリ顔で聞いてきた。ちなみに、柳瀬とは遙の姓字である。


 休み時間の度に教室の後ろで二人コソコソしているのが災いしたようで、出来てる説がこの昼休みには確固たるものとなっていた。


「うむ。期待を裏切る様だが、遙は只の幼馴染にすぎん。残念ながら期待している深い仲のアレコレは起こる気配すらないよ」


 瀧本とは中学時代からのサッカー仲間で、高校に入っても同じクラスだった。

 彼は今でもサッカーを続けており、1年ながらもベンチ入りしている。


「じゃあ、俺が柳瀬さんに告ってみようかな。明るくて可愛いからな」


 彼は知らない。恋愛よりも超常現象を優先する遙の恐ろしさを。訳のわからない理論に付き合わされる地獄を。


 しかし、「どうぞ、ご自由に」という俺の言葉は何故か震えてしまい、瀧本に『お前はわかりやすい奴だな』と笑われてしまった。


「ところで、お前たち、休憩時間の度に何やってたんだ?完全に二人の世界が出来上がっていたから、声も掛けれなかったぞ。」

 瀧本はそう言うと焼きそばパンを口に放り込む。


「そうそう、俺、事象研究部に入部する事にしたんだ。突然死について調べてみようと思ってさ、その話をしてたんだよ」


 ゲームの課金画面で『SS』を起動し、頭にスマホを当てる。 まさに、昨日見た書き込みにあったそれを、流石に俺と遙は試すことはなかったが。


「オカ研に入部したんだな。そりゃあ良かった。あそこで実績挙げれば大学から推薦来るらしいからな!」


 口の中で咀嚼しながら器用に喋るものだと関心していたのも束の間、瀧本は続けた。

「うん?突然死って言えば、うちのクラスに親戚がそれで亡くなったって奴がいたような…」


「えっ?そうなのか?」

 危うく持っていた箸を落としてしまいそうになる。


「うーん、確か、杉田だったかな…? 今日は休んでるみたいだから、今度聞いといてやるよ」


「すまん、杉田君とは面識があまり無いんだ。助かるよ」 

 入学当初、あの怪我のせいで塞ぎ込みがちだった俺は、クラスでもまだ馴染めていない。このままでは駄目だと思いつつも、クラスメイトとは自分から距離をとっていたからだ。


「でも、最近は昔のような表情に戻ってきたじゃないか。そうか、俺のおかげだな?」

 こうして、孤立せずに居られるのは瀧本や遙のおかげでもある。俺は素直に「瀧本、ありがとな」と告げると、『なにいってんだよ、真面目か』と笑われた。


───


 放課後。

部室のドアを開けた瞬間、俺は自分の場違いさに硬直した。

 部員総勢二十名。その全員が、襟の正されたシャツやスーツ、中にはドレスアップした者までいる。


「すいません…こんな格好で、大丈夫でしょうか?」

これは間違いない、場違いだ。


「ええ、構わないわよ。今日は貸し切りだから。私達が張り切ってしまった様でごめんなさいね」


 如月部長は決して派手では無いものの、ドレススーツというのだろうか、どこから見ても高校生とは思えなかった。そして、美しい。


「どうやったら、そんなに鼻の下を伸ばせるのかしら?是非ご教授頂きたいものね!」

 遙の視線が突き刺さる。いや、むしろ肘を俺の脇腹に突き刺している。


「今日は佐々木君の歓迎会を行います。自己紹介は各自その時改めて行うとしましょう。今日は定例報告初日ですので、早速始めましょう」


 如月部長の言葉に一同が『はい』と答える。それは、ちょっとした体育会系より統率が取れていた。


「佐々木君、今日も見学みたいになっちゃうけど許してね。質問等あれば、気兼ねなく聞いて頂戴」


 かくして、報告会が始まった。

そして、1年生から始まった、各自10分程の発表に俺は衝撃を受ける事となる。


「僕の考察する平行世界の可能性について、発表させて頂きます。大前提としてこの世界自体が電気信号に置き換えられる事が可能という事実から………」

 

 内容はさっぱりわからないが、根拠と証拠、検証と結果を織り交ぜ、相手に持論の正当性を認めさせる。

これはプレゼン…いや、戦いだ。

 そして、遙の番が周って来た時には陽が傾きはじめていた。


「………以上の事象により太陽の表面温度は約26℃前後であると仮定することが可能になります。以上です」

 遙のとんでも理論が事実なのではないか?と、思えるほどの説得力を帯びて、格好良く見えた。


「遙、とっても良かったわよ。質問は…と、言いたい所だけど、ちょっと時間も押しているようだし私の見解を含めて明日にしていいかしら?」


 如月部長の問に対して部員の異議はなく、『シエル』に向かうこととなった。

 その道すがら、ふと思う。

圧倒されて、如月部長に『SS』の報告忘れてたな…と。

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