『SS』
『一昨年から発生しているとされる“突然死”についてですが、現在までに確認されている死者数は二千名を超えました。 亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、政府としては総力を挙げ、原因究明に取り組んでまいります』
夕方のニュース番組。
今朝行われた記者会見の映像が、リビングのテレビに映し出されていた。
険しい表情でマイクに向かっているのは、水崎誠一郎総理。
画面越しでも分かるほど、言葉の一つ一つに重みがあった。
「やだ……可哀想に」
キッチンから、母の声がする。
「奏太も気をつけるのよ。若い子ばっかり亡くなってるんだから……あっ!」
じゅっと音を立て、フライパンの上で薄焼き卵が破れたらしい。
「失敗、失敗……」
一人ごとのように呟きながら、母の芽亜は卵をまとめ直している。
「今日、入部届出してきたよ」
自分でも分かるくらい、ぶっきらぼうな声だった。
「遙と同じ研究部」
脚を壊して、サッカーができなくなったとき。
誰よりも泣いてくれたのは、母だった。
そのおかげで、俺は立ち直れた。
本当なら、もっとちゃんと感謝しなきゃいけない。
「それは良かったわね」
母はそう言って、にこっと笑った。
俺の雑な言葉にも、いつも通りの笑顔を向けてくれる。
「今日もお父さん、遅くなるみたいだから。先に食べちゃいましょ!」
テーブルに並んだのは、オムライスが二つ。
……いや、正確には、ラグビーボールが二つと言った方がいい。
母の方は、元は俺の失敗作分だったのだろう、卵が崩れて中のチキンライスが丸見えだった。
「別に形なんて気にしないのに……。それ、食べきれるの?」
「ふふっ。母さんを甘く見ないことね!」
自信満々だったが、二十分後。
そこには、涙目でスプーンを動かす母の姿があった。
「……残り、食べてやるよ」
そう言うと、母はぱっと顔を輝かせた。
「さすが父さんの子ね。優しいんだから」
お調子者だけど、あのとき一番泣いてくれた人だ。この笑顔は、守らなきゃいけないと思った。
そんな殊勝なことを、少しだけ思っていると。
『ヴヴヴッ』
テーブルの上で、スマホが震えた。
画面には《はるちゃん》の文字。
……遙の名前を昔登録したままだった。後で変えよう。
「もしもーし! 奏太!?」
「声でかいって。家越しに聞こえてるぞ」
遙は興奮すると声が大きくなるのは、昔からだ。
「今ね、部長から連絡があって! 明日の部活、ちょっと遅くなりそうだから、みんなで晩ご飯行こうって!」
「ふーん」
「ふーん、じゃないでしょ! 奏太の歓迎会も兼ねてるのよ! 大丈夫よね?」
スマホを耳から少し離し、母を見る。
「母さん、明日、歓迎会……」
言い切る前に、指でOKサインが返ってきた。
……やっぱり、遙の生の声は家越しに聞こえてるらしい。
「行けるよ」
「オッケー! じゃあ明日はお洒落してきなさいよ!
部長が“シエル”予約してくれたんだから!」
「シエルって……高級フレンチの?」
「オーナーが部長の親戚なんだって!
貸し切りで、一人千円! しかも奏太は無料!」
価格破壊にもほどがあるだろ……。
確かドレスコードもあったはずだが。
「そりゃ、楽しみだな」
「でしょ!」
電話を切る頃には、口調は昔に戻っていた。
切った後で気づいて、少しだけ照れる。
「久しぶりに、奏太の笑顔を見た気がするわ」
皿を洗いながら、母が微笑んだ。
⸻
自分の部屋に戻り、スマホを開く。
『魂を奪うアプリ』
如月部長の言葉を思い出しながら検索をかけるが、出てくるのは怪談動画やありふれたゲームの類ばかりだ。
「そう簡単には見つからないか……」
この科学の時代に、スマホで魂を抜くなんて。そんなオカルトじみた話——。
バサッ。
ハンガーからズボンがずり落ちる音が、静まり返った部屋に響いた。
「っ……!?」
心臓が跳ねる。全身の毛穴が収縮するような感覚。
咄嗟にスマホを握りしめた指が、画面のどこかに触れた。開いたのは、掲示板の奥深くに沈んでいた個人ブログのページだった。
『私の息子は、ゲームに命を奪われました……』
吸い込まれるように、文字を追う。
『息子はよく、スマホを不自然に頭に当てていました。そうすることで、ガチャを無料で回せると言っていました。画面には、こう書かれていました……SS、と』
——スマホを、頭に当てる?
嫌な予感が背筋を駆け上がる。しかし、それ以上に抑えきれない好奇心が指を動かした。
『SS』で再検索すると、一つのサイトがヒットした。
【スマホゲームのガチャし放題!神アプリ『SS』】
キャッチコピーの下に、インストールボタンが鎮座している。
「……これか」
冷たい汗が伝う。俺は、そのボタンをタップした。
——遅い。
光回線のはずなのに、ダウンロードのバーが数ミリも動かない。一分経ってようやく『1%』。
「容量がデカいのか……?」
まあいい。明日、部長に報告するまでに終われば。
俺はスマホを枕元に放り出し、ベッドに仰向けになった。
如月部長の綺麗な横顔。少し大人びた遙の笑顔。
そんなことを考えているうちに、意識は急速に遠のいていった。
だから、俺は気づかなかった。
暗闇の中で、スマホの画面が不気味に明滅し、『充電してください』という警告を虚しく表示し続けていることに。
まるで、中にある「何か」が、猛烈な勢いでエネルギーを貪り食っているかのように。




