表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

『SS』

『一昨年から発生しているとされる“突然死”についてですが、現在までに確認されている死者数は二千名を超えました。 亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、政府としては総力を挙げ、原因究明に取り組んでまいります』


 夕方のニュース番組。

 今朝行われた記者会見の映像が、リビングのテレビに映し出されていた。


 険しい表情でマイクに向かっているのは、水崎誠一郎総理。

 画面越しでも分かるほど、言葉の一つ一つに重みがあった。


「やだ……可哀想に」


 キッチンから、母の声がする。


「奏太も気をつけるのよ。若い子ばっかり亡くなってるんだから……あっ!」


 じゅっと音を立て、フライパンの上で薄焼き卵が破れたらしい。


「失敗、失敗……」


 一人ごとのように呟きながら、母の芽亜は卵をまとめ直している。


「今日、入部届出してきたよ」


 自分でも分かるくらい、ぶっきらぼうな声だった。


「遙と同じ研究部」


 脚を壊して、サッカーができなくなったとき。

 誰よりも泣いてくれたのは、母だった。


 そのおかげで、俺は立ち直れた。

 本当なら、もっとちゃんと感謝しなきゃいけない。


「それは良かったわね」


 母はそう言って、にこっと笑った。

 俺の雑な言葉にも、いつも通りの笑顔を向けてくれる。


「今日もお父さん、遅くなるみたいだから。先に食べちゃいましょ!」


 テーブルに並んだのは、オムライスが二つ。

 ……いや、正確には、ラグビーボールが二つと言った方がいい。


 母の方は、元は俺の失敗作分だったのだろう、卵が崩れて中のチキンライスが丸見えだった。


「別に形なんて気にしないのに……。それ、食べきれるの?」


「ふふっ。母さんを甘く見ないことね!」


 自信満々だったが、二十分後。

そこには、涙目でスプーンを動かす母の姿があった。


「……残り、食べてやるよ」


 そう言うと、母はぱっと顔を輝かせた。


「さすが父さんの子ね。優しいんだから」


 お調子者だけど、あのとき一番泣いてくれた人だ。この笑顔は、守らなきゃいけないと思った。

 そんな殊勝なことを、少しだけ思っていると。


『ヴヴヴッ』


 テーブルの上で、スマホが震えた。


 画面には《はるちゃん》の文字。

 ……遙の名前を昔登録したままだった。後で変えよう。


「もしもーし! 奏太!?」


「声でかいって。家越しに聞こえてるぞ」


 遙は興奮すると声が大きくなるのは、昔からだ。


「今ね、部長から連絡があって! 明日の部活、ちょっと遅くなりそうだから、みんなで晩ご飯行こうって!」


「ふーん」


「ふーん、じゃないでしょ! 奏太の歓迎会も兼ねてるのよ! 大丈夫よね?」


 スマホを耳から少し離し、母を見る。


「母さん、明日、歓迎会……」


 言い切る前に、指でOKサインが返ってきた。

 ……やっぱり、遙の生の声は家越しに聞こえてるらしい。


「行けるよ」


「オッケー! じゃあ明日はお洒落してきなさいよ!

 部長が“シエル”予約してくれたんだから!」


「シエルって……高級フレンチの?」


「オーナーが部長の親戚なんだって!

 貸し切りで、一人千円! しかも奏太は無料!」


 価格破壊にもほどがあるだろ……。

 確かドレスコードもあったはずだが。


「そりゃ、楽しみだな」


「でしょ!」


 電話を切る頃には、口調は昔に戻っていた。

 切った後で気づいて、少しだけ照れる。


「久しぶりに、奏太の笑顔を見た気がするわ」


 皿を洗いながら、母が微笑んだ。



自分の部屋に戻り、スマホを開く。


『魂を奪うアプリ』


 如月部長の言葉を思い出しながら検索をかけるが、出てくるのは怪談動画やありふれたゲームの類ばかりだ。


「そう簡単には見つからないか……」

 この科学の時代に、スマホで魂を抜くなんて。そんなオカルトじみた話——。


 バサッ。


 ハンガーからズボンがずり落ちる音が、静まり返った部屋に響いた。


「っ……!?」

 心臓が跳ねる。全身の毛穴が収縮するような感覚。

 咄嗟にスマホを握りしめた指が、画面のどこかに触れた。開いたのは、掲示板の奥深くに沈んでいた個人ブログのページだった。


『私の息子は、ゲームに命を奪われました……』

 吸い込まれるように、文字を追う。


『息子はよく、スマホを不自然に頭に当てていました。そうすることで、ガチャを無料で回せると言っていました。画面には、こう書かれていました……SS、と』


 ——スマホを、頭に当てる?

 嫌な予感が背筋を駆け上がる。しかし、それ以上に抑えきれない好奇心が指を動かした。


『SS』で再検索すると、一つのサイトがヒットした。

【スマホゲームのガチャし放題!神アプリ『SS』】

 キャッチコピーの下に、インストールボタンが鎮座している。


「……これか」

 冷たい汗が伝う。俺は、そのボタンをタップした。


 ——遅い。

 光回線のはずなのに、ダウンロードのバーが数ミリも動かない。一分経ってようやく『1%』。


「容量がデカいのか……?」

 まあいい。明日、部長に報告するまでに終われば。

 俺はスマホを枕元に放り出し、ベッドに仰向けになった。


 如月部長の綺麗な横顔。少し大人びた遙の笑顔。

 そんなことを考えているうちに、意識は急速に遠のいていった。


 だから、俺は気づかなかった。

 暗闇の中で、スマホの画面が不気味に明滅し、『充電してください』という警告を虚しく表示し続けていることに。


 まるで、中にある「何か」が、猛烈な勢いでエネルギーを貪り食っているかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ