表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

海だ

「……いいよな」と、本田先輩は目を細める。


「……はい、とても」と、関くんは頷く。


「綺麗ですね。……実に、美しい」と、俺は涙を浮かべた。


 何が、とは聞かないでほしい。

 燦然と輝く太陽を反射する青い海。それも確かだが、弾ける飛沫の中に躍動する水着姿の……。


 つまり、なんだ。良いものは良い。理屈ではない。海が、夏が、俺たちの本能を呼び覚ましているのだ。


「そこの三人は、いつまで見惚れているのかしら?」

 白いビキニを纏った部長が、いたずらっぽく微笑む。悩殺が罪になるのなら、彼女は間違いなく極刑だろう。


「奏太だけじゃなく、先輩までなんて顔してるんですか!」

 遙、お前もいつの間にか、そんなに……いや、なんでもない。


「奏太君、一緒に泳ぎましょうよ!」

 由紀さんの誘いに、喜んで、と一歩踏み出しかけたが、横に立つ遙の目が笑っていないことに気づき、俺は慌てて波打ち際へ逃げ込んだ。


 楽しい時間に理由は要らない。そして、それは残酷なほどあっという間に過ぎ去っていく。


 気づけば辺りは茜色に染まり、さざめく波の音と緩やかな海風が、火照った体に心地よく吹き付けていた。


「あー! 楽しかった!」

 大きな一枚岩の上に並んで腰掛け、遙が夕日に向かって叫ぶ。


「本当に傑作だったよ。特に、遙が躓いて顔から派手に砂だらけになったシーンはな」

「ちょっと! その記憶は墓場まで持ってって!」


 二人して声を上げて笑う。だが、笑い声が潮騒に溶けて消えると、沈みゆく夕日を前に、しばしの沈黙が訪れた。


「……明後日、大丈夫よね」

 ポツリと、遙が漏らす。気丈に振る舞っていても、彼女の不安が消えることはない。


「ああ、きっと上手く行くさ。俺を信じてくれ」

 俺の言葉に、遙はどこか遠くを見つめるような視線を投げた。


「奏太、覚えてる? あなたが怪我をしたあの試合の日も、全く同じことを言ってたわ……。なんだか私、嫌な予感がして」


 ── そうだったか。

 本当は、俺だって器が小さいんだ。軽口を叩いていないと、不安に押しつぶされそうになる。

「問題ないさ。ぱぱっと終わらせて、さっさと脱出するだけだよ」


 怯えていても、運命の歯車は止まらない。ならば、笑って前に進むしかない。


「本当にお気楽なんだから……」

 遙が小さく笑う。その微かな笑顔を守るためなら、俺はなんだってする。


 俺は立ち上がると、海水パンツにこびりついた砂を払った。

「さて! そろそろ帰ろうぜ。カレーが俺たちを待っているはずだ!」


 砂浜をゆっくりと歩き出す。等間隔に響く波の音は、不安な心を洗い流してくれるかのようだった。

 ふと顔を上げると、エリクサー社の建物が視界に入った。


 昼間の冷徹な白さは消え失せ、夕日を浴びたその姿は、まるで誰かの返り血を浴びたかのような、禍々しい赤に染まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ