発表準備
「いらっしゃい! あらっ、茜ちゃん。この一年でさらに綺麗になったわね!」
宿泊施設へ一歩足を踏み入れるなり、恰幅の良い女性の明るい声が出迎えてくれた。『茜ちゃん』こと如月部長がお辞儀をして、柔らかく微笑む。
「ご無沙汰しております、乾さん。今年もよろしくお願いしますね」
奥からドタドタという景気のいい足音が響き、これまた恰幅の良い男性が現れた。「おう、来たか! 楽しんでいけよ!」
男性はそれだけ言い残すと、大量の野菜と肉が詰め込まれた籠を抱え、厨房の方へと去っていった。この施設を切り盛りしている乾夫妻だ。
その時、俺の感覚が鋭敏に反応した。
漂ってくる僅かなスパイスの刺激。具材の構成。……確信した。
「遙……今夜は夏野菜のカレーだ!」
そう、合宿の夜といえばこれだ。俺のソウルフードと言っても過言ではない。
「はぁ……思い出したわ。昔の奏太は、こういうところだけお気楽で能天気だったっけ。でも、まあ、、おかえり。奏太」
遙の表情から先程までの強張りが消え、弾けるような笑顔が戻った。
この部活に入ってから、胸の奥に澱んでいたモヤが晴れていくのを感じる。遙には感謝しなければならない。
そして──。何があっても守り抜かなければならない。
割り当てられた部屋は三人一室。俺は関君、本田先輩と同室になった。荷物を解いた後、一階の食堂兼研修室に集合し、明日の本番に向けたあらすじの発表が始まった。
いよいよ俺の番。俺は壇上に立ち、本心とは裏腹の理論を口にする。
今この瞬間も、『イア』は俺の思考をトレースしているかもしれないからだ。
「……『突然死』の原因は、『SS』による脳の過負荷であると確信しています。遙の夢に現れた女の警告── この国への侵略を止めるため、明後日の潜入を決行します。明日は、俺なりに推測した『突然死のメカニズム』の詳細を発表するつもりです」
部員たちの視線が刺さる。そして、脳内の見えない「彼女」も聴いているはずだ。
「楽しみにしているわね」
如月部長が、涼やかな笑みを向けてくれた。
発表を終えて席に戻った直後、案の定、頭の中にあの声が響いた。久しぶりの再会だ。
(楽しみにしているわ)
── ああ、あんたの思い通りにはさせないさ)
俺はポケットの中のスマホに触れた。画面には、あの晩イアにインストールさせられたアプリ『IA』のアイコンがある。
これが救いの手か、あるいは破滅への招待状か。
それを決めるのは、イア、あんたじゃない。俺だ。




