噂
── なあ、お前、知ってるか? ソシャゲのガチャが無料になるアプリのこと。
── うん。噂は聞いたことあるけど、俺、スマホゲームはあんまりやらないんだよな。だから使ったことないけど。
── まあ、使わない方がいいかもな…。
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終礼が終わり、教室内は一気に喧騒で溢れかえる。それはまるで、授業中に抑え込まれていたエネルギーが一気に解放されたかのようだ。
『今日、どこ行く?』
『明日も練習あるよな!』
クラスメイトたちが次々と会話を交わし、教室は言葉の洪水に包まれる。
「ねえ、奏太、ぼーっとしてどうしたの?」隣の席の遙が声をかけてきた。
「ん、ごめん、聞いてなかった」
「だから、今日は事象研究部を見に来るんでしょう?」遙は少し不満げに繰り返す。
遙は幼馴染で、家も隣同士。住宅地には共有道路もあり、幼い頃からまるで兄妹のように一緒に遊んでいた。お互いのことは熟知している。
彼女は昔から空想や妄想が好きで、よく自分の考えた仮説や理論を話してくれたが、俺にはそれが難解すぎて理解できた試しがない。昨日も「太陽の温度は30度もない」とか言い出して、流石に「そんなわけあるか、太陽の温度は6000度って習っただろ」と反論したら、1時間も磁場やら大気の摩擦やらについて持論を展開されたばかりだった。
高校に入った途端、遙は事象研究部というクラブに入部した。部活の内容は超常現象などを研究するもので、周りからは「オカルト研究部」、略してオカ研と呼ばれている。でも、部長が新種の昆虫を発見して新聞に取り上げられるなど、学校でも功績が認められている立派な部だ。
「奏太、いつまでも落ち込んでちゃ駄目よ。私が研究の楽しさを教えてあげるから、早速行きましょ!」
中学3年のあの試合が頭をよぎる。全中サッカー県予選の決勝、相手のスライディングが俺の足首に刺さり、『ブチッ』という音が頭の中に響いたあの光景を…。
「あ…」遙が心配そうな表情でこちらを見てくる。俺は一体どんな表情をしていたんだろう。
「じゃあ俺は、女体の研究でも極めてみるか!」軽口を叩いて、空気を和ませようとした。
それに遙は笑顔で、「バカじゃない!」と返してきた。
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「お疲れ様です!入部希望者を連れてきました。」遙が部室に入ると元気に声を上げた。
「失礼します、佐々木奏太です。今日は体験入部でお邪魔します。よろしくお願いします」
「体験!?」隣に立っていた遙が驚いたように声を上げる。まだ入部すると言ってないのに…。
部室の奥に座っていた部長らしき女性が、先程まで談笑していた男性二人との会話を止め、立ち上がると透き通った声で話しかけてきた。
「初めまして、部長の如月です。遙から話は聞いてるわ。緊張しなくていいからね」
如月は長い黒髪をかきあげ、その仕草に大人の魅力が溢れている。本当に同じ高校生だろうか?
「私たちの部活内容については遙から聞いてるかしら。簡単に言えば、各自テーマに沿った自由研究のようなものだけど、チームを組んで当たることも多いわ。奏太君は何か調べたいことがあるのかしら?」
「いえ、特にこれといっては……。強いて言えば、今、社会問題になっている『突然死』について調べたいかなと思っています」
部屋の空気が一瞬止まる。俺は何かまずいことを言ったのだろうか? 部長含めた全員が『おっ』と驚いたような反応を示す。
如月さんが目を細め、嬉しそうに微笑んだ。「あら、奇遇ね…今、私もその件で調査をしているの。入部してくれたら、私とチームを組んでくれないかしら?」真っ直ぐな視線が刺さるように向けられる。
そして、彼女が続けざまに放った言葉は……。
「原因は、『魂を奪うアプリ』の存在と睨んでいるの」だった。
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── それって、どういう事?
── 先月、俺の親戚が突然死したんだ。例の『SS』ってアプリを使ってて。
── それは可哀想に……。
── 例によって、死因が老衰に似ていたらしい。亡くなる直前もそいつと話してたんだけど、その時は『ちょっと身体がダルい』とか言ってた。でも、ソシャゲの話をしてる時はピンピンしてたんだよ。課金せずにガチャができるアプリのお陰で、すっげー強くなったとか。
──それが、さっきの話にあった……。
── そう、『SS』っていうアプリだよ……。