噂
── なあ、お前、知ってるか? ソシャゲのガチャが無料になるアプリのこと。
── うん。噂は聞いたことあるけど、僕、スマホゲームはあんまりやらないんだよ。だから使ったことないけど。
── まあ、使わない方がいいかもな……。
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終礼が終わり、教室内は一気に喧騒に包まれる。授業という重石から解放されたエネルギーが、言葉の洪水となって溢れ出していた。
『今日、どこ行く?』
『明日も練習あるよな!』
そんな何気ないやり取りが、今の俺には少しだけ眩しすぎる。
「ねえ、奏太。ぼーっとしてどうしたの? 私の話聞いてる?」
隣の席から、幼馴染の遙が顔を覗き込んできた。
「ん、ごめん。聞いてなかった」
「もう、今日は事象研究部を見に来るって約束でしょ?」
遙は不満げに頬を膨らませた。家も隣同士で、共有道路で一緒に遊んで育った彼女とは、兄妹のような腐れ縁だ。彼女は昔から「太陽の温度は磁場の影響で実際は30度もない」なんて持論を1時間も語り続けるような、空想と理屈が大好きなやつだった。
高校で彼女が入部したのは、事象研究部、通称「オカ研」。怪しげな名前だが、部長が新種の昆虫を発見して表彰されるなど、意外にも実績のある部活だ。
「奏太、いつまでも落ち込んでちゃダメよ。私が研究の楽しさを教えてあげるから。ほら、行くわよ!」
彼女の言葉が、古傷に触れる。
中学3年の県予選決勝。足首に刺さった相手のスライディング。脳裏にこびりついて離れない『ブチッ』という断裂音。
「……」
無意識に暗い顔をしていたのだろう。遙がハッとして、申し訳なさそうにこちらを伺っている。その気を遣わせる感じが、余計に胸に刺さった。俺は無理やり口角を上げ、おどけてみせる。
「わかったよ。そんなに言うなら、俺も何か……そうだな、『女体の神秘』でも研究してみるか」
「……バカじゃないの」
遙が呆れたように笑う。それでいい。同情されるよりは、呆れられている方が楽だった。
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「失礼しまーす! 入部希望者を連れてきました!」
遙の明るい声が部室に響いたあと、続けて自己紹介をした。
「佐々木奏太です。今日は体験でお邪魔します。よろしくお願いします」
「体験!?」
その言葉に遙が横で目を丸くする。
……まだ入部すると言った覚えはないんだけど。
部室の奥で談笑していた二人の男子が口を閉じ、
代わりに、奥のデスクに腰掛けていた一人の女子生徒が立ち上がった。
「初めまして、部長の如月です。遙から話は聞いてるわ」
如月部長は長い黒髪をかき上げた。指先の動き一つに、同い年とは思えない大人の余裕が漂っている。
「奏太君は、何か調べたいテーマはあるかしら?」
「いえ、特には……。強いて言えば、最近ニュースでよく見る『突然死』についてでしょうか。どうして健康な人が急に、と思って」
部屋の空気が、ふっと密度を増した。
部員たちの視線が俺に集中する。如月部長は目を細め、獲物を見つけた学者のような、鋭くも艶然とした微笑を浮かべた。
「あら……奇遇ね。今、私もその件で調査を進めているところなの。どう? 入部してくれたら、私とチームを組まない?」
拒絶を許さないような、真っ直ぐな視線。
彼女は俺の耳元に顔を寄せ、秘密を共有するように囁いた。
「原因は、『魂を奪うアプリ』の存在だと睨んでいるわ」
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── それって、どういう事?
── 先月、俺の親戚が突然死したんだ。例のガチャ無料化アプリを使ってて。
── それは可哀想に……。
── 例によって、死因が老衰に似ていたらしい。亡くなる直前もそいつと話してたんだけど、その時は『ちょっと身体がダルい』とか言ってたんだ。
でも、ソシャゲの話をしてる時はピンピンしてたんだよ。課金せずにガチャができるアプリのお陰で、すっげー強くなったとか。
──それが、さっきの話にあった……。
── そう、『SS』っていうアプリだよ。




