第三章 桜並木の道
春休みはほとんど朝から晩までその桜の場所にいた。
両親は共働き。
家に居てもすることはない。
彼女もいなければ友達もいない。
僕はいわゆる隠キャというやつだ。
小学校でも中学校でも、僕は誰一人相手にしなかった。
小学校低学年の時は違ったかもしれない。
いつからかは分からない。
独りが好きになったのだ。
誰の邪魔をすることもなければ邪魔されることもない。
と、いう明らかにぼっちの人間が考えることを考えていた。
ぼっちなんだがな。
でもこの大木のもとに座ってどうしてこんなに長居できるのか。
飽きがこないというのか。
よくわからない感情が込み上げてくる。
この大木の側にいると時が一瞬のように感じられるのだ。
そんな風にして時は過ぎた。
気がつけば四月七日、高校の入学式だ。
僕はそれなりに偏差値の高い学校に受験をした。
結果は見事合格。
そこに入学したのには理由がある。
将来の為にということもある。
でも一番の理由は通学路と校庭にある。
家から学校までのほとんどの道に桜の木が連なっている。
あの大木とは違っている、また別の美しさがあるのだ。
ここまで聞いたら分かるだろう。
校庭にも桜があるのだ。
何故僕が桜を優先するのか、分からないだろうか。
残念ながら僕にも分からない。
ただひたすらに桜を見つめていたい。
散って、緑になって、また咲いて。
その繰り返しだ。
そんなことを考えていたら体育館での入学式はいつの間にか終わっていた。
各教室に移動する。
廊下を歩く時に窓からちらっと見える桜を見る。
やはり率直に綺麗だ。
そのまま教室に入った。
僕は一年三組、出席番号は十三番だ。
席につく。僕は運がいい。
窓側の席だ。
すぐに桜を見る。
そのまま僕は何かに引き込まれている。
その桜に____
「桜井 春樹君~」
「桜井 春樹君?」
「桜井 春樹君!」
「うわぁ?!」
そこで周りからの笑い声。
どうやら僕は寝ていた……のか?
意識が遠のいていた気がする。
そして、どうやら先程の声は教師のようだ。
女、ショートヘアー、黒のスーツ。
そして教師に応答する。
「先生、何ですか?」
また、笑い声。
変なこと言っただろうか。
そこに助け船が現れた。
後ろから誰かの声が聞こえたのだ。
「話聞いてなかったの? 教卓の前に立って自己紹介するんだよ」
僕は後ろを見ずに小声で感謝を述べた。
「あ、ありがとう」
そして僕は教卓の前に立って淡々と話し始めた。
「桜井 春樹です。好きなものは桜、これからよろしくお願いします」
これくらいでいいだろう。
そんな時だった。
「はい! 質問!」
一人の女が手を挙げる。
どうやら先程助けてくれた奴のようだ。
恩と言ってはあれだがその質問とやらに真面目に答えようと思った。
「何だ?」
「彼女はいますか?!」
「ハッ?」
訳が分からない。
初対面なのになんて失礼なんだろう。
とりあえず僕は否定しておく。
「いるわけがないだろ」
また周りから笑い声。
とても悲しい。
言っておくが彼女がいないんじゃなくてつくらないんだからな?な?
そもそもとして僕はぼっちだ。
僕は独りが好きなんだ。
そう思っておこう。
この雰囲気、僕は嫌いだ。
そんなことを思いながら席につく。
次は先程の失礼な女の番だろうか。
何となく教卓に目を向ける。
「桜井 春奈です。好きな人は春樹君です」
ハッ?
もうマジで訳が分からない。
______僕と彼女は今まで『会ったことがない』はずなのに。
そうすると春奈はまた席に戻ってくる。
「久し振りだね」
久し振りだと?
僕にこいつとの記憶はないのだが。
「僕とどこかで会ったか?」
「えっ?!」
困惑した表情で話す春奈。
「前に桜の大木で会ったじゃん!」
あの桜に春休み中に人は来ただろうか。
僕にその記憶は一切ない。
「ごめん……全く覚えてない……」
「そっか……まぁいいよ。少し話しただけだし」
そう言い残して無口。
僕はまた桜を見ていた。
気がつけばもう帰る時間だった。
僕は席を立ち、ナップザックを背負う。
教室____そして校舎から出る。
他の奴らはみんなで写真を撮ったり学校内を散策していたりした。
僕は無視して校門から出る。
僕は門のすぐ隣に生えている桜の木に手を当てた。
「お前はいいよな……人から嫌われることなんてないし……」
桜が女に擬人化したら即付き合いたいな。
なんて思っちゃったりする。
帰路を辿る。
桜に囲まれながら。
僕の人生はこの桜たちのように華やかなのだろうか……
__皆さんは違和感に気づいただろうか。
記憶というものは不安定だ。
健常者なら物事をすぐに忘れるということはない。
でも世の中に絶対はない。
おかしな点もある。
科学でも解明されていない謎はたくさんある。
その時の僕にとって身近にある不思議は桜の大木がはえる森。
天気はいつも晴れ。
なのに枯れない。
これ以上に謎があるかもしれない。
当時はそう思っていた。
その辺も含めて注目してほしい__