イカダナイト(2)
六月二日 午後六時十分
「いやー、やっと制服半袖だよー。そして六時過ぎたのに全然明るい!可能性が広がるねえ。さつきちゃん!」
理恵の家からの帰り道、両側を田んぼに挟まれた道路をさつきは徒歩、ショーコは自転車を押して歩いていた。
「制服なんてなんでもいいし。それに明るくても暗くても六時は六時。同じことよ」
「えええ、違うよ。暗くなるまで一日は終わらないっとお」
後方から車が来ていることを体で感じたショーコはさつきのほうに寄ってスペースを空けやりすごした。
「ここも狭いねえ。あ、だってさ、明るいから、今からでもなんでもできるよ。登山もできるよ。ほら、あの辺の山ぐらいだったら」
はあ、山?さつきはショーコが指した方角を見た。
「あれだよ、三草山だよ」
「だれが平日の夜六時から登山するのよ。しかもあんな地味な山、っていうか大きめの丘でしょ」
「でも、今日の授業で言ってたからさあ」
「何を?」
「あの三草山って、源氏平氏の古戦場なんでしょ」
「へー、そうなんだ」
「源義経がさ、馬で駆け下りた話。てかさつきちゃん今日の授業聞いてないの・・・?」
「授業?ああ、わたしにはわたしのペースがあるから。あれね、崖を馬で降りて下にいた平氏の軍を奇襲したっていう」
「すげー、自己流だ。先生泣くね。でもあの舞台らしいよ。あの山」
「はああ!嘘でしょ!」
さつきは立ち止まってショーコの自転車のサドルを掴んだ。
「ほんとほんと。歴史の教科書に載ってるあれの前哨戦らしいんだけど、三草山でも駆け下りたらしい」
ええと、ほら!ショーコは三草山についての記述が表示してある端末の画面をさつきに見せる。
「・・・ほんとだったんだ。でも前哨戦でもって。どんだけ駆け下りてるのよ、源義経は」
「ねえ、いまから行ってみない?すぐそこ登山口だから」
「義経が駆け下りた坂、か。それはちょっと興味はあるかも」
「おっけえ!さつきちゃんほら急いで」
さつきとショーコは左に曲がり農道を通って田んぼを一つ越え、片側二車線の大きな道に出た。そして速度超過の車のみが通過する中、隙を見てその道を渡り高速道路の下の、短いトンネルを通り抜け山側へ進んだ。
「あ、あそこ」
「え、なに?」
「ほらほら、そこ看板出てるよ」
トンネルを抜けた先の舗装されていない砂利道をしばらく進むと、《三草山登山道入り口》という看板が立っていた。
「おし、自転車はここで置いてだね」
ショーコは入り口手前に自転車を停め、がさがさと荷物を出し入れし、リュックの中からエアガンを取り出した。
「ちょっと、あんたまたそんなものを!」
「さつきちゃん、これはあくまで威嚇用だよ。単なる学校帰りの十七歳女二人、と見られたくないからね」
「単なる学校帰りでしょ、わたし達は。それにもともと威嚇にしか使えないでしょ、だって、エア」
威嚇用ってずいぶんだね。ショーコは振り向いて銃口をさつきに向けた。
「なんなら試してみるかい?」
ショーコ、していいことと悪いことが・・・。さつきは真っ直ぐショーコを見据えたまま言った。
「う、うおおおお。は、初めて言えた。なんなら試してみるかい?ってセリフを。現実で、うあああああ、こんな日が来るなんてええ!」
そういってショーコがしゃがみ込んだ瞬間、さつきはショーコからエアガンを奪い取り見様見真似で構えた。
「は、な。さつきちゃん。いや悪気はないんだよ。だ、だって安全装置も掛かってるし」
ショーコは両手を広げてさつきから少しずつ離れる。
「ふうん、安全装置ってどうやって外すの?」
「そこの後ろの、そうそう。それを外して。うん。それで一回引くんだよ。その上のところ。ああ、もっと上を持って。そうそう、ジャキって音した?した?ああ。おっけいそれで撃てるよ」
あっそ、ありがと。そう言ってさつきはショーコに向けて引き金を引き、制服のスカートに隠れた太腿を撃った。
「ぎゃああああ、そ、そうなると分かっていた。けど、痛いいいい。でも、この展開もうれしいいい。よくあるやつだああ」
「へえ、威嚇っていっていも、やっぱり痛いんだ。そして下らない事言わないで。それで、これどうやって弾を取るの?」
「その持つとこの突起を、ああ。それ。それを押すと」
「ああ、これね」
すとっ、と音がし、さつきはエアガンからマガジンを取り出してショーコに渡した。
「これ(マガジン)は私が預かっておくから」
「ぐあああ、また。この銃あるあるの流れ。最高だよおおお!さつきちゃん!」
「なに興奮してんのよ。行くよ、ほら」
膝を曲げ両手でエアガンを握りしめているショーコを置いて、さつきは登山道に向かった。