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生まれたての廃寺(5)

 


 九月十一日 午後十時四十一分 廃寺敷地内



「さつきちゃん、立派な階段だねえ。外灯と手すり完備されてるから、夜も安全にまかせてがんがん登れるよ」

「はいはい。なにもなければね」

 

 さつきとショーコが登る階段は真ん中に手すりが設置されており、片側だけでも四、五人が並べる程度の幅があった。


「うん、あ、見えたよ。さつきちゃん」

 先に階段を登ったショーコは建物を指差した。

「ああ、あれが本堂ね」

「あー、でも。あー、うーん。廃?いや、うーん」

 ショーコは腕を組んで首を傾げた。

「なんていうかさ。廃っていうか、手入れを怠っているって雰囲気なんだけど」


 階段を上りきった先は広いスペースになっており、外灯に照らされた本堂と鐘、もう一つ木造の建物が見えた。それぞれに続くところは石畳、それ以外は砂利で整備されていたが、いたるところに雑草が生えており、高いものはさつき、ショーコの腰あたりまで伸びていた。


「あっちに鐘あるよ!さつきちゃん」

「あ、わかってると思うけどショーコ。それ鳴らさないでよ」

 さつきは鐘に向かって歩いているショーコに向かって言った。

「おいおい、さつきちゃん。わたしのような専門家にそんなこと。失礼だよ」

「専門家でもないし、失礼でもないと思うけど」

「ふ、ようは鳴らすことで何かを起こしてしまうかもしれない、でしょ?」

 振り返って鐘を鳴らすしぐさをしながらショーコは言った。

「ちょっと。わかってるならなぜその動きを!」

「わかっているからこそ鳴らしたい、でも鳴らせない。まあこれはその気分を収めるためにやっているだけだよっとお」

 ショーコは丸太を引き鐘に当てるしぐさを、実際の鐘の横で繰り返していた。

「それあっち側にある廃寺から見たら、角度によっては打ってるように見えない?」


 ショーコはハッとして鐘を打つしぐさを止めて、あぶないあぶない。と言いながら鐘が置いてあった台から降りた。

「いやー、あぶないところだったよ。それでさ、さつきちゃん。せっかくだしもうちょっと」

 ショーコは両手の指を閉じたり開いたりを繰り返した。

「なによ、それ。あんたまさか忍び込むなんて言わないよね?」

 さつきはショーコを睨みつけた。

「ふ、さつきちゃん。甘く見ないで。専門家だよ、素人じゃないんだから。こういうノリで忍び込むほどわたしは愚かではない。それで何人不幸になってきたか」

「はいはい。さっきは慌てて止めてたけど」

「あれも結果的には未遂だから大丈夫。んで、寺には入らないでさ。軽くお参りしていこうよ」

「ばか!知らないの、廃寺でお参りなんて。本来は受け取られるはずの行き場を無くした思いはどうなるのよ」

「い、行き場を無くした思いはその場で彷徨い、場合によっては、へ、変異する可能性も?」

 動きを止めて振り向き、怯えながらショーコは言った。

「ない、とは言えない。だから、よ」

「ご、ごめんなさい。専門家としたことが。わたしそんなつもりじゃ」

 とっさに手を合わせようとしたショーコを見て、

「ばか!だからそれが!」

 さつきは小走りでショーコに近づき手を取った。

「は、しまった。は、はめられた。廃寺に!」

「あぶないわね。もう、ほら、帰るよ」

 さつきは握っていたショーコの手を乱暴に離し階段に向かうと、

「あ、すごい」

 と言って立ち止まった。


 さつきの目線を遮るものは何もなく、人家、高速道路、その奥にある海までの夜景が目の前に広がっていた。

 

「うわお!遠くまで見える。きたキチ!きたキチ!いつもの夜景だー!」

「これじゃないの、この寺が山にある意味って。わざわざ山道を歩かせてもこれを見せたかったんじゃ」

「はっ、確かに。でもごめん、確かにって言っといて一瞬で立場替えるけどお参りするときって大体日中じゃ・・・」

「あ、うん。まあそう、ね・・・」

「でもこりゃあいいわい。帰るときにテンション上がるっていう。終わりよければすべてよしだよ」

「でも、なんか慣れてきた。この感じの夜景。何もないんだけど」

 

 何もないんだけど、なぜかわたしはこの景色に。山と人家と高速道路以外ないんだけど、いや、でもそれだからこそ。さつきはショーコに聞こえないよう小声で呟いた。


「おし、堪能した!降りようか。さつきちゃん」

「遠くばっかり見てて転ぶんじゃないよ」

「まかせてよ。人生ではつまずいても階段では転ばないよ、わたし!」

「へえ。そう」

「ちょ、ちょっと。そこはほら。人生につまずくほうがまずいじゃない!とか普通でいいとこだよ」

「ばかにばかって言うほどばかじゃないから」

 さつきはそう言って手すりを持って階段を下った。

「ねえ、さつきちゃん。受け手としては、ばか、って言われてる気がするんだけど・・・」

「好きにとればいいんじゃない?わたしにその判断をゆだねるなんてそれこそばかでしょ」

「いや、だからね。それがね」

 ショーコは手すりをつたっているさつきの横に並んで言った。 

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