生まれたての廃寺(3)
九月十一日 午後九時十分 廃健康ランド跡
さつきとショーコは自転車から降り、解体作業が進んでいる広場の前に立ちつくしていた。
「ここ、よね。廃健康ランドの場所って」
「うん・・・。なんか書いてあった。解体作業中なのでご迷惑を、的な看板が、ほら」
ショーコが指差した方向にさつきは歩き、看板に書いてある内容を確認した。
「わかった?結局これが廃屋の行きつく先よ」
「ぐうう。いずれはこうなるにしても早過ぎるよ。確か廃健康ランドになったのって去年のはずなのに」
「そりゃあ、こんないい場所建て直して別のものにするんじゃないの」
「そっかあ。だから廃健康ランドってあんまり見かけないんだねえ」
「それとこれとは関係ないし」
じゃあ帰るよ。さつきはそう言って自転車にまたがった。
「ちょっと、さつきちゃん。わたしのこの上がりきった廃屋テンションはどうすれば?」
「ほら、一人で前に理恵と行った団地でも寄って帰れば?」
「うーん。でも一回行ったとこだしねえ。やっぱ新作が観たいっていうか」
「はあ?どっちでもいいでしょ。そんなのは」
「ちょっと待って。もう一個候補が」
ショーコは端末を操作して画面をさつきに見せた。
「なに?」
画面を覗き込んださつきの横から、ショーコは、これだよ、ここ。と指で画面を指した。
「え、なにこれ。廃寺・・・?」
「そうそう、廃寺だよ。いやあ、ここまで来たかっていうね。廃寺が生まれる時代にわたしたちは生きているんだよ。だから確認しよう、直接わたしたちの目で!」
「いや廃寺って言い方の問題で。人がいなくなったお寺なんて前からあったでしょ、普通に」
「ええー。廃寺と人がいなくてさびれてる寺は別物だよー」
「いや、あんたのその理屈全然わかんないから」
「さっき健康な霊と、健康な人が霊になった状態が別だと言っていた人とは思えない発言だけど・・・」
「一緒のものは一緒だし、別のものは別。行くならほら」
さつきは自転車のペダルを踏んで来た道の方向に向かって進みだした。
「おし。ではこの話題は道中でけりをつけよう」
さつきとショーコは田んぼに囲まれた幹線道路沿いを、時折コンビニに寄って休憩しながら自転車で進んだ。
「ほんとこの道路はこの辺にしては車通り多いね」
さつきは通り過ぎて行く車をちらちらと眺めていた。
「そりゃあそうさ。この道路はわたしたちの町だけじゃなくて、他の県とも繋がってるもん」
「あんたの町ではあるかもしれないけど、わたしの町じゃないから」
「またまたあ。そんなこと言って。でももし仮にさ」
「うん?」
「わたしたちの町からゾンビが出たら、まずこの道路が封鎖されるね。物流における重要度すごいもん」
「ふーん。で?」
「さつきちゃんならどうする?あっち側、ええと。トウジョコランド側から逃げるか、検問を突破するか」
「そのトウジョコランドってなに?」
「ええ!?知らないの!遊園地だよ、ほら地上波でもかなり派手に、ローカル感、低予算感をびしびし感じる宣伝を流してるし」
「もともとそんな観ないし。あ、でも素麺のやつは知ってる」
「ええ・・・。イボノイトでしょ。そっちは観ててなんで」
「いいじゃない。人それぞれなんだし」
「じゃあさ、今度行こうよ。トウジョコランド。知ってる?この辺で仲良くなった男女の三組に二組は行くらしいよ」
「ふーん。何があるの?」
「そりゃあ・・・」
ショーコは自転車を停めて端末を操作し始めた。
「あんだけ言っといてあんたも知らないんじゃないの?」
「ごめん、さつきちゃん。ちょっと調べるから。ここで嘘はつけない。本当にあった、いや本当にあるトウジョコランドの話がしたいんだ」
さつきは路肩に座り込んでいるショーコの横に自転車を停めた。
「別にそんなの今じゃなくたって」
端末をポケットから取り出しながらさつきは言った。
「わかったよ!さつきちゃん。ええと、ジェットコースター、お化け屋敷、観覧車、ボート、それにフードコートもあるよ!」
ショーコは端末の画面をさつきに見せた。
「普通じゃない・・・」
「いやあ、すっきりした。でもまた今度の予定出来たね。夜の遊園地編が。お化け屋敷に閉じ込められるとかそういうハプニング。わくわくするねえ」
「夜のって。どうやって入るのよ。というか今見たら東条湖でしょ。なんなのよ、トウジョコって」
「ふ、地元民はみんなそう言うよ。東条湖ランドなんて言ったら、素人丸出しでばかにされるって」
「いいよ、別に。ばかはどっち?って気もするけど」
自転車にまたがったさつきは、座っているショーコを見下ろして言った。
「な、なんと。態度と言葉両方で上から。こんなの初めてだよ、さつきちゃん・・・」
「ほら、行くんでしょ。廃寺に」
「うん、行く行く!」
ロスした分はねえ。ショーコは自転車にまたがりペダルをカラカラと回した。
「こっから取り戻すよ!」
勢いよく飛び出したショーコをしばらく眺めた後、さつきはゆっくりとペダルを踏んた。