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生まれたての廃寺(2)



 九月十一日 午後七時六分 コンビニ前



 コンビニから出てきたさつきは、買ったペットボトルの蓋を開けながら駐車場の車止めに座っているショーコに近づき、

「ちょっと!」

 とコンクリートを強く踏みしめた。


「なんだいさつきちゃん。あ、もうすぐ着くよ?」

 ショーコはさつきを見上げながら、笑顔で言った。

「さっきからもうすぐもうすぐ、って図書館出てから一時間近く経ってるじゃない!これ寄り道の範囲を超えてるから!」

「そうだねえ。一時間の価値観は人それぞれだからさ。わたしからすれば一息なんだけど」

「同じ年代で、同じ田舎に住んでるんだから、あんたとわたしの一時間は変わらないでしょ」

「おっとお、今の田舎責めには心を打たれなかったなあ。さつきちゃん、ちょっと無理やりじゃない?」

「だからそういうことじゃ!」

 さつきはペットボトルの水を一口で半分程度飲んだ。


 さつきとショーコは図書館を出た後、ショーコの提案で半ば強引に農道を通るというショートカットを繰り返し、他府県に繋がる幹線道路に出た。

 その頃からさつきの、いつ着くの?の問いに対し、ショーコが、もうすぐもうすぐ。と答えるやり取りを何度か繰り返していた。


「とりあえずここからの所要時間を教えなさい」

 さつきはショーコが座る横にあった車止めに座った。

「まあまあ、さつきちゃん。ほらもう日も暮れるし。そんなに慌ててもさ」

 ショーコは曇り空の隙間から見える太陽を指差した。

「だから急いでるのよ。ああ、もうこんな時間に。これぐらいには家に着いてるはずだったのに」

 さつきは端末を取り出して時間を確認した後、画面を操作し始めた。

「まあわたしたちの活動は九割夜だからねえ。ホラー、オカルトがメインだとその辺はどうしようもないっていうか」

「それはあんたの趣味でしょ。というか健康ランドって何?あんた行ったことあるの?」

「うーん。わたしも行ったことないんだよねえ、前世紀の遺物だからさ。要はスパ的な要素があるのはわかるんだけど」

「大衆浴場ってこと?」

 さつきは水を飲み、空になったペットボトルを横に置いた。

「大衆浴場っていうと。また一個前の前世紀感が・・・。でもまあそういうことだよね。でもこの道車いっぱい通ってるねえ。さっきの田んぼ道から比べたら大都会だよ」

「ラーメン屋と回転ずし屋以外は田んぼと家しかないけど」

「ふ、相変わらず手厳しい。でも片側二車線だよ!街灯がいっぱいあるから帰り道も明るくて安心だし」

「なんかあんた前から車線の数にこだわるよね・・・。んでその健康ランドはどこなの?」

「うーんとねえ。こう行って、こう。そしてこう」

 ショーコは端末の画面を見ながら、人差し指を左右に何度か動かした。

「全然わかんないから。とりあえず場所を送りなさい」

「まあまあ。さつきちゃんには現地で直接見て欲しくてさ。マジックがとけちゃうから」

「もともとないでしょ。そんなのは」

 さつきはペットボトルを持って立ち上がり、ゴミ箱に捨てた。

「おっし。十分休めたしそろそろ行こうか。わたしが前方に出るから、さつきちゃんがしんがりを」

「はいはい。好きにして」

 さつきは自転車のサドルに腰を掛けた。



「ねえ。さつきちゃん。廃健康ランドって何があるのかなあ」

「あんたさっき言ってたじゃない。廃サウナとかなんとか」


 コンビニから出て数分はショーコが前、さつきが後ろで進んでいたが、しばらくすると二人は横並びになって自転車を漕いでいた。


「その辺はわたしのイメージなんだよねえ。でも廃サウナがあるなら廃マッサージ機も」

「それなら廃旅館にもありそうだけど」

「あー、たしかに。それはそうだねえ。では廃健康ランド特有のものっていうのは」

「特有っていうなら。うーん、健康な状態の霊とか?」

「ああー。なるほどお。霊っていうとなんとなく不健康なイメージあるけど。健康ランドっていう場所にいるぐらいだからねえ。がんがん動けるというね」

「いや、動けるかどうかは健康に関係なくない?」

「ええー、そうかなあ。じゃあ、さつきちゃんが考える健康な霊の特徴って?」

「そりゃあ・・・」

 さつきは前方を見つめたまま無言で自転車のペダルをこいだ。


「ふむふむ。これはさつきちゃんの答えが気になるね」

「でも前提としてさ」

 さつきはスピードを緩めてショーコの真横に並んだ。

「健康状態がいい霊っていうのと、健康な人が霊になったっていうのは別じゃない?」

「・・・え?ごめん。え?」

「だから。健康な霊と健康な人が霊になった状態っていうのは区別しないと」

「え、いや。それ一緒じゃないの?」

「全然違うじゃない。ほら殺人で言うなら動機が」

「殺人の動機・・・?ごめん、余計混乱が」

 ショーコは、動機が、健康?と小声でぶつぶつ繰り返した。

「まあいいけど。あんたの理解力なら別にしょうがないんじゃない」

「ちょ、ちょっと!さつきちゃん、これはわたしの名誉のために言わせてもらうけど、わたしは普通だよ、難解すぎるって!」

「そうかな?単に論理的な思考能力の欠如だと思うけど」

「論理的って。それまた別の、あ!ここの交差点だ」

 ショーコは信号を指差して止まった。

「もう近くなの?」

「うん。ここ左曲がってすぐ」

 ショーコは端末を見ながら言った。

「ちょっと。こんな車通りとか多い場所で廃健康ランドって。だって曲がった先も結構」

 

 幹線道路から左折した先は片側一車線の道路になっていたが、通行している車両も多く、ドラッグストア、焼き肉屋、ファミリーレストラン等の店舗が両脇に並んでいた。


「そうだねえ。やっぱり健康になるには立地もある程度大事なんだろうねえ。おっと信号が変わった。さあさあ、健康になりに行くよ。さつきちゃん!」

「ねえ、ほんとにこの辺なの?」

 さつきとショーコは通行人を避けるよう自転車を押しながら進んだ。 

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