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生まれたての廃寺(1)


 

 九月十一日 午後五時二分 図書館内



 放課後、さつきと高校正門前にあるコンビニの前で話していたショーコは、さつきが図書館に行くとわかると、ご一緒させて下さい、ご一緒させて下さい、とさつきに頼み込んだ。

 あんたが来ると集中できない、とさつきは拒否していたが、受験にはアクシデントが付き物だ、わたしみたいなお荷物を処理しきれないで当日に力を発揮できるはずがない。というショーコの説得により、さつきはショーコと二人で図書館行くこととなった。


「ねえ、あんた何読んでるの?」

 トイレから戻ってきたさつきは背伸びをしながらテーブルの向かいで小説を読んでいるショーコに声を掛けた。

「んとねえ。北朝鮮に九州が占拠されるやつだよ。これは勉強になるねえ」

「いや、それ受験に関係ないでしょ」

「ふ、受験戦争に負けても侵略戦争に対応できるほうが勝ち組だよ。しかしこれリアルだかリアルじゃないんだかわかんないなあ」

 ショーコはパラパラとページをめくった。

「はいはい。あんたは好きなようにそっちで戦っていればいいんじゃない」

 さつきはテキストを開き、ボールペンを手に取った。


「でも何だかんだでこれ面白いよ。そしてあのう」

 ショーコは小説のページを閉じてさつきをちらちらと見た。

「なによ?」

「わたしここ登録してないから、さ。さつきちゃんが借りてくれるとありがたいんだけど」

 下巻も一緒に、と言いながらショーコは二冊のハードカバーを静かにさつきの前に差し出した。

「・・・いいけど。ちゃんと返しなさいよ」

 さつきは二冊を手に取ってタイトルを見た後、自分の横に置いた。

「ありがてえ、ありがてえ。でもさつきちゃん、こっちのコクガクのほうまで来てるんだねえ。ステラのほうは行かないのかい?」

「あっち混んでるから」

 テキストに視線を落としながらさつきは言った。

「まあねえ。そりゃあ、お化け屋敷と図書館は昔から空いてるほうがいいって言われてるし。おっと、関係ないこと言って勉強の邪魔をしてしまうところだったよ。あぶないあぶない」

「わかってるなら、黙って」

 さつきはノートに文字を書きながら言った。

「うんうん。ではわたしは一旦この場を離れてだね、他の本を」

 ショーコはそう言って立ち上がり、本棚に向かった。さつきはその様子を一瞬横目で見た後、テキストのページをめくった。



 さつきちゃん。そろそろ閉館だよ。というショーコの声でさつきは顔を上げた。

「ああ、もうそんな時間」

 さつきは端末で時間を確認した後、鞄にテキスト類をしまった。

「あとさあ。これも一緒に借りて欲しいんだ」

 ショーコは手に持っていた三冊の本を、頼んで置いた二冊の上に乗せた。

「なにこれ?誰でもできる豚の飼育、豚の思考、豚肉万歳って・・・。全部豚じゃない」

「うん。豚について知っておこうかなあって」

「なんでまた急に。こんなもの借りてどうするの?」

「ふ、大丈夫。後でわかるよ、数時間後にはね」

「またどうでもいいやつでしょ。借りるのはいいからあんたが持っていって」

 さつきはカードをショーコに渡しながら言った。

「おお、ありがたい。では借りてくるよ」

 

 両手で五冊のハードカバーを持ったショーコは受付カウンターに向かい、さつきは先に図書館を出て入り口ロビーの椅子に座り、並んでいるショーコをガラス越し眺めていた。



「借りた借りた。このリュックの重み。むしろ心地いいよ」

 ショーコはさつきの前の椅子に座った。

「ちゃんとできたの?」

 足を組んで端末を操作していたさつきは画面を見たまま言った。

「うん、ばっちりだよ。じゃあ廃健康ランドに寄って帰ろうか」

「・・・なに?」

「いやだなあ。ほら廃健康ランドだよ。さつきちゃん勉強で疲れただろうからさ。思いっきり癒して明日への活力にだね」

「いや。廃だったら中に入れないでしょ」

「入れる入れる。ここが廃サウナかあ。あれ、あっちは廃岩盤浴、あのネットの無い台は廃卓球のだねえ。みたいな感じで満喫できるよ」

「ねえ、それ楽しいの・・・」

「そりゃあもう。楽しいってもんじゃないよ。ファミリー層にもばかうけ。さつきちゃん、それでさ」

 ショーコはさつきを上目遣いで見た。

「なによ」

「いつもの返事をちょうだいよ。『もういいから。寄るだけだからね!』みたいなやつを」

「もしかしてだけど」

 さつきは足を組み替えてショーコを見た。

「またわたしの真似してる?すごく不快なんだけど」

「い、いや。その脳内映像を再現しただけだから。深い意味は・・・」

「んで、どこなのよ。そこ」

「うーんと。バイパスから行ったほうがいいかなあ。カメクラの近く」

「カメクラ?なにそれ」

「いいからいいから。広い意味ではさつきちゃんの家の方向と言えないというわけではない距離感だと思うよ」

「全然わからないから、それ。でも中には入らないよ。外から見るだけ」

 そう言ってさつきは立ち上がった。

「よっしゃ。いやー、最近参加率いいねえ。さつきちゃん」

「勉強ばっかりやってると気が滅入るから。気分転換に寄り道するだけだし」

「うんうん。どんどん転換して行こうよ。じゃあ、一発目廃健康ランドいっちゃおう!」

「一発目?」

「深い意味はないからさ、気にしないで。では我々の移動手段のもとに向かおう」

「はいはい。駐輪場ね」

 早足で駐輪場に向かうショーコの後を、さつきは歩いて追いかけた。

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