ショーコ中古マンションを買う(5)
九月六日 午後七時四十分 中古マンション内
「戻ったよ。亀山さんも下にいたから」
さつきはそう言って部屋に入り、後ろから無言でカメ子が付いて来た。
「ねえ、なんで電気消えてるの。いるの、ショーコ?」
こっちだよ、さつきちゃん。和室からショーコの声がし、なんなの、もう。と言い、さつきはリビングの電気を付けて和室に入った。
「この度は、わたしの不手際でご迷惑をお掛けして。今まさに部屋を暗くして反省を」
正座で畳に手をついてショーコは頭を下げた。
「部屋を暗くする意味ある?大体わたしに言ってもしょうがないでしょ」
ほら、ここにいるから。とさつきは後ろに立っていたカメ子を見た。
さつきに促される形で、和室に入ったカメ子は無表情で頭を下げているショーコの前に立った。
「あ、カメ子ちゃん。この度はわたしの不手際でご迷惑をお掛けしてすいませんでした!」
ショーコは目に涙をためながら再び頭を下げた。
「ちょっと。最後は笑って終わるんじゃななかったの?」
さつきはあきれた表情でショーコを見た。
「さ、さつきちゃん。そんな冷静に、だってわたしの」
おい、クズ。そう言ってカメ子はショーコの前にしゃがみ込んだ。
「明日、お前の家に人形を送る。うちに持ち込まれた未処理のやつだ。明後日も送る、その次の日も」
「え。ちょ、ちょっとそれは。そんなのが一般人が住むアパートに何体もあったら・・・」
「さあ、どうなるんだろうなあ。やったことないから」
「で、でも!そんなことをしたらカメ寺の信頼問題に」
大丈夫だろ。カメ子は自分の端末を手にとり、ぴたぴたとショーコの頬を叩いた。
「うちで引き取らないとなったら、お前は結局他の寺に持ってくだろ?結果的には供養される。あと自分でなんとかしたいんだったら試してみればいい。そんなことをしてお前がこの世からいなくなった後は、こっちでこれまで通り供養するよ」
「そ、そんな。それじゃあ」
わたしは。そんな、だって。手を畳みついていたショーコは、そのまま倒れ込んだ。
「どっちみちあんたは送られた人形を持っていくしかないでしょ」
腕を組んで口に手を当てていたさつきは静かに言った。
「だ、だって。交通費とか供養代とかも掛かるんだよ!」
「自分の身を守りたいんなら、バイトでもなんでもすればいいだろ。供養と学校の間の時間で」
「い、生き地獄だよ!そんな人生」
「はいはい、じゃあこの辺で。ショーコはこれから頑張るってことで」
さつきはぱんぱんと手を叩いて和室の電気を付けた。
「ちょっと、さつきちゃん。そんな雑に肯定しないでよ!」
「今日の目的は他にあるでしょ。亀山さん、前旅行に行ったとき泊った部屋を視てくれてたよね?」
「うん。専門じゃないから雰囲気だけなんだけど」
カメ子は立ち上がってさつきの横に立った。
それでこのマンションの部屋にね、うーんと例えば。とさつきとカメ子はショーコを置いて廊下に行った。
「え、待ってよ。この話終わり?え、ちょっと」
ショーコは立ち上がって二人の後を追った。
「例えばこの換気扇なんだけど」
さつきは浴室に入り、カメ子は外からさつきを見守っていた。そして何か煙が出るものが。とさつきが周りを見回していると、
「高野さん。わたし線香なら持ってるよ」
「あ、それすごくいいかも」
カメ子は鞄から線香とマッチを取り出してさつきに渡した。
受け取ったさつきは線香に火を点け、手で扇いで火を消したあと線香を換気扇の下にかざした。
「ここはちゃんとしてるから煙が吸い込まれていくんだけど、ひどいとこだとダクト自体がなくてプロペラが回ってるだけのとこもあるらしいよ」
「へえ、そうなんだ」
カメ子は浴室に入り換気扇を下から眺めた。
「あのう、さつきちゃん」
廊下にいたショーコはドアに隠れながら様子を見ていた。
「さすがにそれはさっきの再現感がもろ過ぎるよ。見ているわたしですら多少恥ずかしいんだけど・・・」
「うるさい!わかりやすく説明してるだけだから!」
「おい、お前が文句を言うな。お経だって繰り返していれば見えてくるものもあるんだよ、ボケが」
カメ子は浴室を出てショーコに迫った。
「ひい、ごめんなさい。これからはもっと繰り返すよ!繰り返しの人生を送るから!」
「なに、それ?意味わからないんだけど」
「ねえ、高野さん。次は?」
「そうね。ちょっと、ちょっと待ってね」
浴室にいたさつきは、必死で線香の火を手で扇ぎ消していた。
「あ、高野さん。これに入れて大丈夫だよ」
カメ子は金属でできた筒状のものをさつきに渡した。さつきは、ありがとう。と言って火の付いた線香を入れ蓋を閉めた。
「とりあえず一つひとつ回って行きましょう。このマンションの部屋を」
さつきは線香を入れた筒状のものをカメ子に渡した。
「ねえ、わたしに挽回のチャンスを。次こそは皆さんのお役に立つので」
ショーコはリュックを背負いながら言った。
「まあいいけど」
「高野さん、甘すぎるよ。こんな責任感のないクズを」
「ふ、人形送りの刑を避けるためならなんだってやるさ。手負いの十代は逆に使えるよ、さつきちゃん」
「まあいいけど。邪魔はしないでよ」
「高野さんがそう言うなら。あんまり近づくなよ、ボケが」
さつきとカメ子は玄関に向かい、ショーコはそれに続いた。