ショーコ中古マンションを買う(4)
九月六日 午後六時四十分 中古マンション内
「ねえ、さつきちゃん。住宅診断士と聞いてさ」
不動産屋の四十代店員が出て行った後、ショーコは端末を操作し始めた。
「なに?」
「ある人物を思い浮かべなかった?」
「はいはい、どうせ亀山さんでしょ」
和室の壁にもたれて座っていたさつきは窓の外を見ていた。
「ふ、さすがさつきちゃん。そしてまた理恵ちゃんも呼んじゃおう」
「またそんな急に」
「おお!カメ子ちゃん来れるらしいよ!」
「へえ」
さつきは自分の端末を手に取り、あ、ほんとに来るんだ。と言った。
「お、理恵ちゃんからも。あ、『霊いないし、昨日と同じだから行かない』と・・・」
「しょうがないんじゃないの。実際昨日とやってることあんまり変わらないし」
「ええー。根本から違うよ。だって鉄筋と木造だよ?」
「そういう問題じゃないでしょ」
さつきは鞄からテキストを取り出し、パラパラとページをめくった。
「ちょっと勉強してるから。亀山さんの連絡任せる」
「うんうん。しばしの休息だね。これから起こる戦いに備えての。じゃあ、カメ子ちゃんにここの住所送っとくよ。そしてわたしは所用で少し外出を」
「なによ、戦いって」
「ふっふ、戦いは戦いの前に戦うもんなんだよねえ」
ショーコはそう言ってリュックの中身を確認した後、じゃあちょっと行ってくるよ。と言って部屋を出た。
ドアが閉まる音を確認したさつきは、開いたテキストに目を落とした。
日が落ちた影でテキストの文字が見えづらくなり、さつきは、うーん、と両手を上げて伸びをして、端末で時間を確認した。
「七時半か、けっこう」
そう呟いて周りを見ると、薄暗いリビングの床で、ショーコがリュックを枕にして寝ていた。
「ちょっと。あんたなんでそんなとこで寝てんのよ」
さつきはショーコの肩を揺すり起こした。
「え、さつきちゃん。わたし寝てた?」
「思いっきり寝てるじゃない。一時間近く経ってるけど亀山さんは?」
「ああ、そう言えばカメ子ちゃんまだだったねえ」
ショーコは起き上がって、端末を操作すると、ぎゃああ!と言ってそのまま畳に投げ捨てた。
「なんなのよ。あ、亀山さんから来てるよ。着いたって」
さつきは自分の端末の画面を見て言った。
「う、うん。でもね。さ、さつきちゃん。それとは他にわたし個人に」
ひ、ひいい。とショーコは端末から離れるように後ずさった。
「なにがそんなに」
さつきはショーコの端末を拾い画面を見た。
『おい、部屋何号室だ』
『オートロックだぞ』
『おい、呼んどいて何で反応ないんだ!』
『死ね、早く出ろ!』
『なにやってんだ!死ね!』
『死ね!部屋教えて鍵開けて死ね!』
『いいからさっさと死ね!』
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね・・・・』
「ちょ、ちょっと。ショーコ、これいくらスクロールしても終わらないんだけど・・・」
さつきは端末の画面を下にして、そっと畳の上に置いた。
「や、やばいよ。寺に目を付けられたら、住宅の不備で死ぬ前に今日死んじゃうよ」
うう、まだ死にたくないよお。ショーコは膝を抱えて震えていた。
「しょうがない。わたし下に行って説明してくるから。ほら鍵を」
「これまで楽しかったよ、さつきちゃん。どうせなら最後は笑って終わろう」
ショーコは体育座りのまま、笑いながら震える手で鍵を渡した。
「なによ、それ。もういいから。いつもの野球の速報でもチェックしてなさい」
「こういうときに自分の器が分かるっていうけど。わたし、死ぬ前ならきれいな外国の景色でも見たいなって思っちゃった。恥ずかしいよ、うう」
「はいはい。見てればいいでしょ。ピラミッドでも」
「今はピラミッドじゃないんだよお。こう草原の丘とかの景色でさ、いわゆる日常のなかにあるんだよ。人生の美しさが」
「・・・よくわからないけど行くから。待たせてるし」
「できるだけ引き延ばしてね。いい景色の探すから!」
「はいはい」
玄関のドアを閉めて、さつきは早足で廊下を歩いた。