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ショーコ中古マンションを買う(3)



 九月十三日 午後五時四十二分 中古マンション内



「なるほど。これが中古マンションの室内かあ」

 玄関で靴を脱ぎながらショーコは言った。

「ここって三LDKでしたっけ」

 さつきは靴箱を開け中を確認した後、四十代店員に言った。

「そうですね。もともと四LDKだったのを一部屋つぶしてリビングを広くしてるんですよ」

「図面ってあります?」

「はい、ええと」

 これですね。四十代店員は間取りをプリントアウトしたものをさつきに渡した。

「さつきちゃんー。早く来なよー。景色いいよ」

 窓を開け外を見ているショーコが手招きした。

「はいはい。今行くから」

 さつきは四十代店員からもらったスリッパを履いて部屋に入った。



「眺めいいねえ。やっぱり六階まで上がると」

「そうね。この辺高い建物、っていうか建物自体少ないから余計に」

 ベランダに出てショーコに並んださつきの目の前には、夕暮れどきの町の景色が広がっていた。

「ねえ、さつきちゃん。さっきも、っていうか前からそうなんだけど。この辺の話をするときに、一言入れて田舎をばかにするっていう縛りがあるのかい・・・?」

「そんなのないから。普通に見たままを言ってるだけ」

「さつきちゃんは田舎ばかにする天然という、生きてるだけで敵を作る体質なんだねえ」

 でも。例えばね、さつきちゃん。ショーコは柵にもたれてた。


「ここを三十五年ローンで買ったとしてさあ。わたしも年を取るわけじゃない。んで、いつか四十代、五十代になったときにね」

「生きてればね」

 さつきもショーコと同じように柵にもたれて言った。


「い、生きてるよ。平均寿命までは!」

「あんな食生活じゃね。塩分過多で何かしらの成人病になってそれから」

「なんか暗い話に・・・。大丈夫だよ。コーラがすべてを洗い流してくれるから。それで成人病をなんとか回避してだね。ローン完済が近づいてきた四十代の何もない日曜日の午後に、こうやってふとベランダに出たときにさ、高校とか目に入って。それで横の道路で動画撮ったなあ。あ、亀寺だ。バーベキューやったなあ。カメ子ちゃん元気かのう。あ、ビイオでメルちゃん買ったなあ。どれどれ、双眼鏡でイカダが池にあるか見てみよう。あ、高校生の時住んでたアパートだ。わたしの田んぼまだあるよ!とか」

 ショーコは一つひとつの場所を指差しながら言った。


 さつきはショーコの横顔を見た後、 

「あんたの田んぼとビイオは確実に無いと思うけど」

 と言いいながら、再び夕日に染まる景色に目を移した。

「ちょ、ちょっと!オープンして二、三カ月で地域住民の心をわしづかみにし、近くの商店街を、シャッター商店街に変貌させたビイオだよ。あるよ!二十年後も!」

「はいはい」

「なんかそういう午後のために今頑張っていろいろやりたいなあって」

「ふーん」

 さつきは柵にもたれたまま、改めてショーコが指を差した場所をいくつか眺めた。


「だから今度廃屋でも行かない?四十代になったときのために」

「なんでそこで廃屋なのよ」

「うんうん、わかるよ。その疑問も。でも結局こういう時は廃屋なんだよ」

「結局、が全然繋がってないし。大体廃屋だったらあんたが四十の頃にはなくなるでしょ」

「あ、確かに。あそこあの時行った廃屋の跡地だね。っていうのはあんまり盛り上がらないかも」


 あのう、すいません。と部屋の中にいた四十代店員がベランダにいる二人に声を掛けた。

「はい、何かありました?」

 さつきは柵から体を離し、振り返った。

「外の景色はそのいいんですけど。購入希望されているマンションの中はいいんでしょうか・・・?」

「ふ、そのことなんですけど。びっくりしないでください。不動産屋さん、わたしこのマンションを」

 景色を見ながら話していたショーコは振り返った。


「買います!」


「はあ?あんた何言ってんのよ」

「まあまあ、さつきちゃん。詳しい話は中でしよう」

 ショーコはさつきの肩をぽんぽんと叩き室内に入った。



「わたし考えたんですよ。そして思いつきました」

 さつき、ショーコ、はリビング横の和室に座っていた。

「その前置きみたいな無駄な時間省いけば?」

「まあまあ、さつきちゃん。重要なところだからさ。あれだよ、住宅ローンって三十五年でしょ。ようはわたしが三十五年。その後さつきちゃんが三十五年。合計七十年ローンを組めばだね」

「はあ?なんでわたしが、こんな割りに合わな、ええと。このマンションなんて買わないといけないのよ」

「あらあら、心の声が。やっぱりさつきちゃんは素直な人だねえ」

 あのう、ちょっといいですか・・・?四十代店員は軽く手を挙げた。

「はい。ハンコなら持ってきてますよ」

 ショーコはリュックの中から百円ショップで買ったハンコを取り出した。


「まず、一つひとつ整理していくとですね。その七十年ローンっていうのは無理です」

「え!?理論的にはできるはずだと」

 ショーコは困惑した様子でハンコを持ったまま四十代店員を見た。

「その理論はよくわかりませんが、あと住宅ローンというのは銀行の審査を通らないといけません。このマンションだと」

 四十代店員は、タブレットの画面を切り替えた。

「この物件は千四百万円なので、管理費、修繕積立金等も考えると、少なくとも年収二百五十万ぐらいは。昨年の所得はわかりますか?源泉徴収票などあれば」

「去年ですか?高校二年生の頃と言えば・・・」

 ショーコは目を閉じて宙を見上げた。

「だからその無駄な時間をやめなさいって言ってるじゃない。ないでしょ!どう考えても!」

「あと連帯保証人も必要で」

「あ、それは大丈夫です。この人が」

 ショーコはさつきを見て、ね?と言って笑った。

「なんでわたしが。大体にして保証人なんてなれないでしょ」

 

 あの、一応聞きますけど四十代店員はさつきを見た。

「去年の年収は・・・?」

「ないです。高校生なので」

 さつきはきっぱりと答えた。

「ちょっとさつきちゃーん。都合のいい時だけ大人と子どもを使い分けてるんじゃないのー」

「そういうことじゃないでしょ!」

「うーん、それだと連帯保証人としてはちょっと」

 四十代店員はショーコを見て、ひきつった笑顔で言った。

「まあまあ。結局ローンは無理だということですね。じゃあやっぱり正攻法でいくしか」

 ショーコはポケットから宝くじを一枚取り出しひらひらと揺らした。

「宝くじですか・・・」

 ショーコの手にある宝くじを見た後、四十代店員は何か言いたげにさつきを見た。


「すいません、あのう」

 さつきはおずおずと四十代店員を見ながら言った。

「話進まないんで、あの子がお金を持ったら。っていうことで進めてもらえませんか?」

「あ、ああ。はい。わかりました」

 ええと。と再び四十代店員はタブレットの画面を見た。

「住宅購入の時には、住宅診断士に見てもらう方も多いですね」

「へえ、なんですかそれは?」

「要はこういう中古物件の場合ですと、特にマンションなどの集合住宅では購入後にトラブルも多いんですよ」

 ちょっといいですか?と立ち上がった四十代店員は、さつきとショーコを浴室に連れて行った。


「浴室には換気扇があるのが一般的なんですが」

 四十代店員は浴室に入り、さつきとショーコは洗面所から店員の様子を見ていた。


 ええと。四十代店員はたばこを取り出し、手に持ったままライターで火をつけた。


「ほら。煙が吸い込まれていきます。ただ、あまりないんですけど中にはダクトというか中が埋まってしまっていて、ただプロペラが回っているだけ、っていう場所もあるんですよ」

「ええ、そんなことが。それじゃあ、回ってるだけじゃないですか!」

 ねえ、さつきちゃん。そんなことある?回ってるだけだって!ショーコは換気扇を指差してさつきの肩を揺らした。

「だからそう言ってるでしょ」

 さつきは煙を吸わないよう、制服の袖で口を押えながら言った。

 

 すいません、消しますね。四十代店員は携帯灰皿にたばこを入れて火を消した。


「これは例ですけど、他の水回りとかそういった部分を専門家に見てもらうっていうことですね」

「それっていくらぐらいなんですか?」

 さつきはたばこの匂いを避けるため、廊下に出ていた。

「程度によるんですけど。まあ概ね五万円前後ですかね。わたしの会社でも紹介はしてるんですけど、やはり不動産会社と繋がってるんじゃないか。って思われる方も多く、気にされるんでしたらお客様で探されたほうがいいかもしれませんね」


「いやあ、いろいろありがとうございます。ちょっと二人で話し合っていいですか?」

 ショーコは換気扇のスイッチを何度か付けたり消したりした後、四十代店員の前に手を出した。

「ああ、はい。わかりました」

「で、やはり夜の感じ、っていうか夜景も見たいので」

 右手を出していたショーコは、左手も添えて言った。

「あ、ああ。鍵ですか・・・」

 四十代店員は少し迷った後、さつきを見た。

「すいません。もしよければ、でいいので」

 さつきは頭を下げながら言った。

「・・・では。昨日と同じように、今日中にお願いします」

 本当にお願いしますね、と重ねて言いながら四十代店員はさつきに鍵を渡し、部屋から出て行った。

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