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ショーコ中古マンションを買う(2)



 九月六日 午後五時十九分 不動産屋店内



 さつきとショーコは昨日と同様にパーテーションで区切られた空間に案内され、さつきは紅茶、ショーコはコーラを飲みながら店員を待っていた。


「ありがたいねえ。飲み物まで」

「そういう風に思う人がいるから出すんでしょ」

 さつきは紙コップが入ったプラスチックのコップを手に持った。

「いつの間にそんなにすれてしまったんだい。さつきちゃんは・・・」

「いや、別にそういうわけじゃ」

 さつきとショーコが話していると、昨日はどうもありがとうございました。と言いながら不動産屋の店員が席に着いた。


「いやあ、こちらこそ。それでですね、今日はマンションを探してるんですよ」

 ショーコは端末を操作しながら言った。

「マンション、ですか。賃貸をお探しで」

「いえ、買うほうです。やっぱり必要に応じて壁を塗ったりしたいじゃないですか。血がべったり付いた風とかに」

「ちょっと、そういうのはここで言わなくていいでしょ!」

 さつきはショーコを肘で突いた。

「そう、ですか・・・」

 不動産屋店員は、タブレットを取り出し、何か条件とかはありますか?とショーコに訊いた。


「そうですね。まずゆずれないのは外に階段があるところですねえ。らせん階段ならよりいいです。あとマンションの廊下は固いほうが、コンコンって音が大きくなるような。大体最近のマンションだと廊下ないじゃないですか。そうじゃなくてエレベーター上がったら、ずらーって横に部屋が並んでる感じで。それとやっぱり屋上に大きな給水タンクが欲しいですね。大きければ大きいほどいいです。でも最悪、人が四、五人は入れるぐらいあれば。あ、それとこれは出来ればっていう感じなんですけど、エレベーターに鏡があればなあと」

「すいません。ちょっとそれは検索ができないので、できれば部屋の条件で・・・」

「部屋はもう大丈夫ですよ。和室あればいいぐらいで」

「ええと、少しお待ちください」

 

 そう言って店員がカウンターの中に入り、小声で他の店員と話しているのを見たさつきは、

「あんたの条件なんなのよ!」

 と周りに聞こえないよう小声でショーコに言った。

「いやあ、ロケもする予定だからさ。部屋の中は替えれても外はどうしようもないからね。最初からある程度整ったとこじゃないと」

「だからと言って、さすがにあんなのは」

 

 あの、すいません。ちょっといいですか。と店員が戻ってくると、さつきとショーコは正面に向き直り、姿勢を正した。


「一応該当してるのが、ひとつ見つかったので。今から行きますか?」

「おお、さすが!行きます行きます。ね、さつきちゃん」

 ショーコはさつきを見て言った。

「近いんですか?そこ」

 さつきは端末で時間を確認した。

「はい、車で数分のところにありますので」

「じゃあ、お願いします」

 軽く頭を下げながらさつきは言った。




「ほおほお、これはこれは」

 マンション入り口から少し離れた来客用駐車場で車を降りたショーコは、目の前にある赤茶色のマンションを眺めた。

「ここなんだ。何回か見たことはあるけど」

 腕を組んでマンションを見ていた、さつきは振り返り、

「ここいくつ部屋あるんですか?」

 と車の横に立っていた不動産屋に言った。

「そうですね。ええと六階建てで、全部で五十四戸です」

「あっちも同じですか?」

 さつきが指差した先には同じタイプのマンションが建っていた。

「そうです。同時期に建ったもので六階の五十四戸。全く同じですね」


 敷地内には大きな駐車場があり半分ほど埋まっていた。また二棟横に並んだマンションの中間に小さな公園があり、さび付いた遊具がいくつか置かれている。

 さつきはそれらを順番に確認した後、ふと上を見上げると貯水タンクが目に入り、ちょ、ちょっと。とショーコの肩を叩いた。

「なんだい、さつきちゃん」

「ショーコ、ほら。あれ」

 さつきは屋上を指差した。


「おお!な、なんて立派な。まさに貯水タンク!」

「今は水道直結型が主流になってきてるんですけど、古いマンションだとまだ使ってますね」

 不動産屋はタブレットを見ながら言った。

「じゃあ買うなら今ってことですかねえ」

「貯水タンクだけみればそうなりますけど。ただそれは選ぶ基準には・・・」

「いいじゃない。とりあえず中に入ってみましょう」

 さつきは入り口に向かって歩き出し、ショーコと不動産屋は後を追った。



 マンションの入り口左にはガラスの小窓が付いた部屋の中に管理人がおり、不動産屋に向かって、おつかれさま。と手を挙げた。

 不動産屋は管理人に軽く会釈をし、こちらです。とさつきとショーコを奥に続く廊下に促した。


「おお!この廊下もいいですねえ。確かにいつもよりコツコツと」

 ショーコは薄暗い廊下を歩きながら、とんとん、と踵とつま先を何度か廊下に付け、音を立てた。

「別に普通のリノリウムとかじゃないの?」

 立ち止まって廊下の床材を見ながらさつきは言った。

「そうですね。これは一般的な床材だと思うんですけど」

「え。うそ?そ、そんな・・・」

 ショーコは立ち止まってうつむいた。


「何してんのよ、ほら」

 さつきは足を止め、振り返った。

「さつきちゃん。わたし雰囲気にのまれて恥ずかしいことを言ってしまった。うう」

「いいじゃない。別にいつもそんなだし」

 前を向いて歩き出したさつきは、ここ築何年ですか?と不動産屋に訊いた。

「ええと、築は三十九年ですね」

「こういう鉄筋のマンションってどれぐらいもつんですか?」

「一応五十年、六十年もつとは言われてますけど」

「でもまだそれを実際に」

「そうなんですよね。まだ基準というかそういのが」

 

 エレベーターの前に着いたさつきと不動産屋は、上ボタンを押しエレベーターを待っている間もマンションの耐久年数について話していた。


「ショーコ!エレベーター来たから」

 よろよろと歩いているショーコにさつきは声を掛けた。

「ふ、さつきちゃん。笑っておくれよ。今日寝る前にこのことを思い出して、ベッドの中を転げまわる予定のわたしがここにいるよ・・・」

「もういいから。鏡ついてるよ、このエレベーター」

「え、そうなの!?それはポイント高い。乗ったとき後ろから迫る幽霊撮れるよ!」

 ハッとしたショーコは小走りでエレベーターに向かった。

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