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ショーコ中古一軒家を買う(7)

 

 九月五日 午後九時七分 中古住宅内



「団らんも終わったし。そろそろ帰ろうか」

 ショーコは食べ終わった容器などをビニール袋に詰めた。

「どの辺が団らんかわからないけどね」

 さつきは自分のゴミをまとめながら言った。

「あ、ショーコ。これも入れてくれー」

「よかよか、理恵ちゃん。まだまだ入るから、いくらでも持って来ていいよ!」

 理恵が自分のゴミをショーコに渡そうとした瞬間、上の階でカタカタカタカタと何かが動く音が室内に響いた。


「さ、さつきちゃん。今の何!?」

「ちょっと、静かに!」

 さつきはショーコを制止して、上の階を見上げた。すると再び、カタカタと何かが動いているような音が、複数聞こえた。


「なんか音が増えたな。ネズミか?」

 さつきと同様に理恵も上の階を見上げていた。

「ネズミ、ね」

 さつきは口に手を当てて考え込んだ。

「でも理恵ちゃん。いくら中古物件とはいえ、この現代において家でネズミって生息してるの?」

「いや、いるんじゃないの?」

「え、じゃあ理恵ちゃんの家にはいる?」

「うちはいないんじゃないかなあ、さすがに」

「他の家でいたことは」

 ショーコは少しずつ理恵に詰め寄りながら言った。

「ち、近いな。まあ、そう言われれば。実際見たことないけど、さ」

「無意識のうちに昔読んだ漫画とかに影響を受けてるんだよ。上でカタカタ、イエス、ネズミ!みたいな」

「じゃあなんだっていうんだよ。今の音は!」

「さつきちゃんはどう思う?」

 ショーコは考えごとをしているさつきに向かって言った。


 あくまで可能性だけど。と前置きしつつ、再びさつきは天井を見上げた。


「小型の霊っていう可能性もある」


「な、なんと!その発想はなかったよ!」

 そうか、小型の霊か・・・。ショーコはぶつぶつと言いながら、さつきと同じように口に手を当てて考え込んだ。

「いや、ちょっと待て!それはない、ネズミ以上にないから!」

「理恵ちゃん。さつきちゃんの言うように可能性だからさ。確かに小型の霊は見たことはないけど、ありえないことでは」

「じゃあ、さっきのカタカタって音はどうなんだよ。霊があんな音だすのかよ!」

「うーん。また可能性で言うことしかできないけど。例えばヒールとかを履いていたとしたら」

「あー、なるほど。ヒールを履いた霊か。それなら繋がるね、さつきちゃん」

「また、いつものやつじゃねえか・・・。おし、今日は確かめるぞ。お前ら!」

 理恵は二人の制服の袖を掴んで、階段に連れて行った。


「ちょ、ちょっと理恵ちゃん!小型の霊がヒール履いてるんだよ、めちゃくちゃ怖いよ!」

「今日はとことんやってやる!絶対ネズミ見つけるからな!」

「そうよ、理恵。可能性は低いとは言え、わざわざ自分から飛びこむことは」

「その可能性を!否定するため、に!」

 理恵はさらに強く二人を引っ張り階段の段を登らせた。

「行くんだよ!」



 理恵は二人を引っ張ったまま二階に上がり、リビングの真上にある六畳程度の洋室に入った。

「電気付けるからな」

 そう言って二人の服の裾を離し、電気のスイッチを付けた瞬間、さつきとショーコは素早く部屋の外に出た。


「おい、お前らも来いって。ネズミを直接見ろ!」

「うーん、まだそこが安全だと確認できてないからさあ」

 ねえ、さつきちゃん。とショーコはさつきに同意を求めた。

「ねえ、理恵。もう少しちゃんとしたほうがいいかも」

「おまえらのちゃんとはわかんねえよ!」

 理恵はもう一度二人を引っ張って部屋に入れた。


「ほら、この辺だろ?」

 理恵はクローゼットを勢いよく開けた。

「ひい!そんな大胆に!」

 ショーコはさつきの後ろに隠れた。

「いないか。それなら」

 理恵は財布から小銭を取り出し、クローゼットの天井に投げた。

 こつんと音がし、落ちてきた小銭を手に収めた理恵は、もう一度同じことを繰り返した。

「ほら、おまえら。見とけ。出てくるかもしれないから」

「り、理恵ちゃん。それは明らかな挑発行為だよ!戦争だってもう少しルールっていうか相手に対しての礼儀っていうものが」

「礼儀?少なくともわたしには家に住んでいるネズミに対して礼節を重んじる気はない!」

 理恵は二人を見て言った。

「理恵。それはだめ、思ってても言っちゃだめなのよ!どこで誰が聞いているか!」

 さつきは再び小銭を天井にぶつけようとしている理恵の手を掴んだ。

「ねえ、理恵ちゃん。冷静になって。少し混乱しているようだから、下であたたかいココアでも飲んでリラックスしたほうが」

「この暑いのにココア飲んでもリラックスでき、ああ!!」

 理恵は部屋の隅を指差して言った。

「い、いた!ネ、お前ら見ろって!」

 え、どこ?うそでしょ。またあ。二人は理恵が指差した窓側の部屋の隅を見たが何もなかった。


「いたんだって!いま部屋の外に出て行った」

「ちょっと理恵。大丈夫?」

 さつきは心配そうに理恵を肩を叩いた。

「なんてこった。友達が幻覚を見る日が来るなんて・・・」

 ショーコは下を向いて首を振った。

「だから、ほんとなんだって」

 理恵はそう言って部屋を出て行った。


「さつきちゃん。どう思う?わたしにはホラー映画で悪いことをした後、勝手に錯乱して、わりと最初のほうに死ぬ人のパターンに見えるんだけど」

「・・・否定はできない。それに近い言動だったし」

「無理やりにでも止めて連れて帰るのがいいと思うんだけど」

「そうね。何かが起こる前」


 ああ、ああ。ほらいたあ!!と理恵の大きな声がさつきとショーコがいる部屋に響いた。


「さつきちゃん、急ごう。事態は急を要してる」

「そうね」

 さつきとショーコは隣の部屋に向かった。


「ほら、お前らみろ!どっからみてもネズミだろ!」

 理恵は部屋の中心でネズミとにらみ合っていた。

「な、なんと!これは確かに」

「すごい、ほんとにネズミが」

 さつきとショーコは理恵を挟む形で横に立ち、近くのネズミを見つめた。

「よし、見たな!いただろ、な!もういいな!」

 そう言って理恵がベランダがある窓を開けると、ネズミは窓の外に走って行った。

 ネズミが出て行ってから、よしよし、と言いつつ窓を閉めた理恵は二人の前に立ち、

「わかったな。ネズミだったってことが!」

「これは認めざるをえないね、さつきちゃん」

「うん。確かに。ただ」

 さつきは腕組みをして部屋を見渡していた。


「さっきの足音からすると複数いた感じだった。もしかすると」

「あ、そうか。確かにネズミはいた。そして小型の霊も。その二つが並走していたから、複数いるような音が」

 ショーコがさつきを見ると、さつきは小さくうなずいた。


「お、おい。あれか?おまえらの考えとしては、ネズミが走ってる横を、ヒールを履いた小型の霊が同じぐらいのスピードで走ってたっていうことか・・・?」

「でも、わたしとショーコそして理恵も霊見えないから。なんとも言えないんでけど」

「そうだねえ。じゃあ、理恵ちゃん。今回の件は引き分け、ということで。犯人のいない殺人も時にはあるってことだよね」

「まあ、最初から可能性だったしね」

「おい、それはずるい!それを言い出したらなんでもありじゃねえか!」

「まあまあ。どっちが正しいとかじゃないからさ。もう夜も遅い、そろそろ帰ろうではないか」

 ショーコはさつきと理恵の肩を両手でぽんぽんと叩いた。

「お前らのやり方は毎回卑怯なんだよ!」

「ほらほら、理恵ちゃん。心はクール、体はホットだよ」

「なにそれ。意味わかんないし」

 さつきは端末で不動産屋の位置を確認しながら、靴を履いた。

「あ、そうだ。鍵返さないといけないからさあ。さつきちゃん、不動産屋の場所わかる?」

「うん、こっから歩いて十五分ぐらいだと思う」

「よしよし。それまでには理恵ちゃんも冷めて飲み頃に」

「なんだよ、飲み頃って。今日はとことんやろう。お前らが間違ってたって認めるまで帰さないからな!」

「いいだろう、理恵ちゃん。十五分間びっちりやっちゃおう。着くまで生テレビを。まずは霊がいるかどうかなんだけど。そのあたりの意見をだね、さつきちゃん」

「うーん。それ今言うことなの?」

 玄関のドアを開け、さつきは振り返って言った。

「よし、わかった。そこからやってやろう!とりあえず霊はいない!」

「理恵ちゃんはいない派ね。してその根拠は?」

 ショーコと理恵はさつきに続き家を出て、さつきは二人が出た後、家の鍵を閉めた。


 その後、理恵は乗って来た自転車を押し、不動産屋に自転車を置いていたさつきとショーコは、徒歩で不動産屋に向かった。

 

「だから根拠を出せって言ってんだよ。霊がいるっていうよ!」

「あらあら、理恵ちゃん。それは散々繰り返されてきた議論だよ。我々にはその対抗策が」

 ショーコと理恵は横並び、さつきは二人から一歩下がって歩いていた。

「悪魔の証明的なのは、なしだからな」

「おうおう、先手を打ってきたか。最低限のことは分かっているようだねえ」

「わたしにじゃないぞ。誰にでもわかる形で示してくれ。今、すぐに!」

 それも使っていいからな。理恵は片手でサドルを握りながら、ショーコの端末を指差した。


 ふ。また、か。端末をポケットにしまってショーコは空を見上げた。


「根拠、根拠と言うけれど。果たして理恵ちゃん、根拠ってなんだい?」

「おい、ショーコお前」

「霊を好きになるのに理由っているのかい?そこに根拠はあるのかい?」

「てめえ、そういう手を使う気かよ・・・」

「例えばだけど、理恵ちゃんは宇宙人っていると思う?」

「現時点ではいない。確認できてないからな」

 なるほど、なるほど。ショーコは視線を理恵に戻した。

「いるよ。だってわたしたち宇宙人だもん。霊も一緒さ、われわれだっていつか消えてなくなる。いってみれば幽霊じゃない。ね、幽霊いるじゃない」

「じゃあ聞くが、お前のいう霊ってなんだよ」

「そりゃあもう、多岐に渡るよ。なんでもありあり、ありもありよ」

「百歩譲って人間を幽霊と呼称するのはいい、そんなもんは好きに呼べばいい。だがな、おまえのいうありありの部分は、人間でカバーできないところが多すぎんだよ!」

「それは理恵ちゃん。また別の話で」


 あの、思うんだけど。後ろで話を聞いていたさつきが口を開いた。


「幽霊はいてもいいし、いなくてもいいじゃない?」

「ほうほう、なるほどねえ。アメリカ人もいれば、ドイツ人もいるしねえ。それぞれだよね。人間って」

「いや、あんたのそれはよくわからないけど」

「うんうん。大丈夫。さつきちゃんの言いたいことはなんとなく伝わったよ」

 ほら、これにて落着。ね、理恵ちゃん。ショーコは立ち止まって下を向いている理恵を見た。


「だからあああ!また最初に戻ってんじゃねえか!」

「えー、そんなことないよ。あっ、不動産屋見えた。今日二十三時までのクエストやらなきゃいけなくて」

 ショーコがそう言って走りだそうとした瞬間、理恵がショーコの制服の襟を掴んだ。

「今日はとことんやるって言っただろ。ロッテリア行くぞ」

「え・・・?もう決着はついたんじゃ・・・」

「いいよ。また最初からやってやるから」

 さつきも来い!理恵はショーコの襟を掴んだまま、さつきに言った。


「ええ?もう遅いし」

「お前らいっつも遅いだろ!」

 ほら、歩け!制服にタイヤの跡つくぞ。とショーコの後方から車輪でせまりながら理恵はショーコをロッテリアの方向に向かわせた。

「り、理恵ちゃん。せめて自転車を」

「だめだ。お前は鍵を外した瞬間、自転車に乗って逃げるからな」

「さすが、と言ったところか。霊いない派にしてはあっぱれと言っておくよ、理恵ちゃん」

「行ってもいいけど、わたし勉強してていい?」

「おお、いいぞ。会話を聞いていれば」

「しょうがない。こうなったら、さつきちゃんのど派手な援護射撃に期待しよう」

 もう、なんで。と呟いたさつきは、鞄を開けて途中になっているテキストが入っているか確かめた。


 テキストがあることを確認したさつきは、鞄のジッパーを閉め、ロッテリアで食べるものを考えた。



 ショーコ中古一軒家を買う   終わり

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