ショーコ中古一軒家を買う(6)
九月五日 午後七時五十分 中古一軒家内
さつきの口を押えたまま、ショーコはさつきに、下の階に降りるよう目で促した。さつきは、もごもごと何か言いながらゆっくりとショーコと共に階段を降りた後、一階の玄関前でショーコの手を払いのけた。
「あんた、何を!」
「ふ、もう遅いよ。さてさて」
足早にリビングに入ったショーコは和室の扉を開ける理恵を後ろから見ていた。
「あ、理恵!」
端末のライトを照らしながら和室に入った理恵は周りを見渡して、仏壇の前で立ち止まった。そして写真立てが倒れているのに気付いた理恵は、写真が見えるように立てて部屋を出た。
「ひ、ひい!理恵ちゃん、写真立てに触ったよ!」
「ちょっと大丈夫なの!?あんたが注意しないから」
和室から出てきた理恵は、寄り添うようにしてリビングに立っていた二人を見て、
「お前ら、なんでそんなにくっついてんの?」
と言いながら通り過ぎ、再びブレーカーを上げた。
「おお、再びわたしたちに光が!」
リビングに電気が付くと、ショーコは奥のキッチンの明かりを付けた後、リビングを消した。
「まあ、それぐらいなら外から気付かれないよな」
理恵はダイニングの椅子に座った。
「そうね。大丈夫じゃない」
「うんうん。いいねいいね」
さつきは理恵の隣に、ショーコは理恵の前の席に座った。
「で、何すんの?」
理恵は端末をポケットから取り出しながら言った。
「その前に理恵ちゃん!さっきの和室での行動の説明をだね」
「あ、それはわたしも訊きたいかも。なんでわざわざ写真を立てたの?」
「なんでそんなにそこを気にしてんだよ。いや、なんとなくっていうか。この家、写真の人が住んでた家かわからないけどさ。仏壇だし少なくても写真の人の家族は住んでたわけだろ。それで家も売るみたいだし」
だから、言葉を区切って理恵は扉が閉まっている和室を見た。
「最後ぐらい見ててもいいんじゃないかなって、この家を」
「な、なんという・・・」
ショーコは恐る恐るさつきに手を伸ばした。
「ちょ、なによ。この手は」
さつきはショーコの手を振り払った。
「さ、さつきちゃん。今日はちょっといい話のやつだよ。二学期一発目なのにまさかの展開が、こんなこととって・・・」
「いや、別にいいでしょ」
「そうなんだけど。ちょっと今じゃない感も」
「おい、呼んどいてなんだよそれ!」
「ごめん、理恵ちゃんが来るんだから想定するべきだったよ。これはすべてわたしの責任」
ショーコは机に手を付いて頭を下げた。
「そうね。じゃあもう帰るから」
さつきは椅子を引いて立ち上がった。
「え?さつきもう帰んの?ちょっと待てよ。わたし来て電気消しただけだぞ!」
「そうだよ、さつきちゃん。せめてここでご飯を食べて帰らないかい?家族の団らんをだね」
「はあ?団らんってなによ。別に家族でもないし、大体なんでこんな薄暗いところで」
「とりあえずコンビニ行こうぜ。それで考えればいいじゃないか」
「うーん。まあいいけど」
「よしよし、方向は決まったね」
ショーコは部屋のブレーカーを落とし、三人はコンビニに向かった。
さつきはおにぎりとサンドイッチ、理恵はパスタ、ショーコはカップ焼きそばを買った。
コンビニでお湯を入れたショーコは注意深く歩きながら来た道を戻っていたが、二分経った後、排水溝にお湯を捨てているときに、中身が半分程度流れ落ちた。
ショーコはしばらく打ちひしがれていたが、二人に少しだけ待っててほしいと頼み、もう一度コンビニに戻り同じカップ焼きそばを買い、お湯を入れて戻って来た。そして、さつきと理恵が見守る中、同じ場所で湯を捨てたショーコは二回目は成功し、そして一個目の余ったものを二個目に足して家に戻った。
「二倍の値段で量は一・五倍。それほど悪くないよ」
家に戻りダイニングのテーブルに座ったショーコは、ソースを焼きそばに入れながら言った。
「それほど悪くはないけど、まあまあ悪いだろ」
「いいんじゃない、理恵。本人がそう言ってるんだから」
さつきはサンドイッチの封を開けた。
「あのときの絶望から見ればさ。ほら、こんなにたくさんの焼きそばが」
二つ目のソースを手に取り、ショーコは封を切った。
「あんたそれも全部入れるの」
「え?なんだい」
ショーコはきちんと袋の端を持って綺麗にソースを入れていた。
「麺に対してソース多くない?」
「は・・・。たしかに」
「大丈夫だろ。普段から焼きそばは濃ければ濃いほどいいって言ってるし」
理恵はフォークを使わずに箸でパスタを食べた。
「うう、濃いよ。これは、うう」
ショーコはうつむきながら焼きそばを食べ言った。
「しょうがないでしょ。あんたがやったんだから」
「あのう、さつきちゃん。提案があるんだけど。おにぎりを少し分けてくれないかい?おかずにしたらちょうどいいかと」
「はあ?なんであんたに」
「まあまあ、さつき。ショーコにちょっとおにぎりあげてさ。代わりにわたしの食べていいよ。つーかそんな濃いの?」
ちょっとくれ。と言いながら理恵はショーコの焼きそばに手を伸ばした。
「いいよー。じゃあさつきちゃん。すまないねえ」
ショーコはさつきが買ったおにぎりを開け、一口食べた。
「うん、ちょうどいい!白米ありきだねえ、この濃い焼きそば」
「・・・よかったね」
「確かに濃いな、これは単体じゃきついかも。あ、さつきわたしのいいぞ」
「ありがとう」
じゃあ、と言ってさつきはサンドイッチと理恵のパスタを、理恵はショーコの焼きそばと自分のパスタ、ショーコは自分の焼きそばとさつきのおにぎりを、それぞれおいしいと言いながら食べた。