ショーコ中古一軒家を買う(4)
九月五日 午後五時二分 中古住宅前
一通り探索した後、家の外に出たさつきとショーコは、玄関前に停まっている車の前に立った。
「あ、終わりましたか」
不動産屋は車から降りた。
「いやあ、いい物件でした。昨日宝くじを買っていれば今日買えたんですけどねえ」
ショーコはまじまじと家を見上げていた。
「今日はありがとうございました」
さつきはショーコの後頭部を押さえつけて、ほら、あんたも。と四十代店員に向かって下げさせた。
「ああ、いいんですよ。紹介させてもらえたので」
「そうだよ、さつきちゃん。不動産屋は売るのだけが仕事じゃないから」
ねえ?と同意を求めるように四十代店員に言った。
「ええ。まあそれは、そう、なんですけど」
「ほら、さつきちゃん。そういうことなんだよ」
「そういうことって。あんた今ここで言うことじゃ」
その後、さつきとショーコの会話を黙って聞いていた四十代店員は、すいません。鍵を閉めて来ます。と小声で言い玄関に向かった。
「ねえ、さつきちゃん」
四十代店員が離れた後、ショーコはさつきに顔を近づけた。
「いいの?このまま帰って。せっかく来たのに」
「いいでしょ。もう」
「もったいないよ。家を見る機会なんてそうないんじゃないかなあ」
「それはそうだけど。でも」
「ほら、気になってることあるんじゃないの?」
ショーコはさつきを肘でつついた。
「そりゃあ、しいて言えば」
「しいて言えば?って言えば?」
「なによ、その」
すいません。じゃあ、行きましょうか。戻ってきた四十代店員が車に乗ろうとすると、ショーコが再びさつきを肘でつついた。さつきはその肘を手で払った後、あのう、すいません。と言いながら四十代店員の横に立った。
「はい。ええと、何か」
「もしできればでいいんですけど。夜の雰囲気も見れたらな、って」
さつきはちらちらと一軒家を見ながら言った。
「え・・・」
不動産屋は固まって運転席のドアから手を離した。
「おお、さつきちゃん!それは大事なことだよ、だって一生に一度の買い物だもん」
やっぱりそれぐらいはやるべきですよねえ。ショーコはさつきの横に並び、四十代店員を見た。
「それはわかるんですけど。でも買わないですよね?」
「すいません。今後の参考にってだけなんですけど」
そう上目遣いで言ったさつきを見た四十代店員は、わ、わかりました。と言い持っていた鍵をさつきに渡した。
「帰るときに、店のポストに入れて下さい。明日の朝回収しますから、絶対朝には入れて置いてくださいよ。いろいろとまずいことが」
「はい、そりゃあもう!まかせてくださいよ、わたしたちに!」
ショーコがさつきが持っている鍵を取ろうとすると、さつきはそれを遮って、
「責任を持って返します。ありがとうございます!」
と再び頭を下げた。
じゃあ、お願いしますよ。鍵だけは。と言い残し、四十代店員は車に乗って来た道を戻って行った。
車が見えなくなると、ショーコは端末取り出し、
「さて、愉快な仲間たちを招集しようか」
と言って端末を操作し始めた。
「え、呼ぶの?理恵とかを」
「うん。やっぱり沢山の目で見たほうがいいよ。わたしたちだけじゃ見落としてしまうこともあるし」
「そうかもしれないけど、それじゃ約束が」
さつきちゃん。ショーコは端末から目を離して言った。
「わたしたちは、夜二人で見るなんて一言も言ってない。これは真実であり事実だよ」
「・・・そんなやり方」
さつきは走り去った車の方向を見た。
「さつきちゃんが女子高校生特有のマジックを使ったように、わたしたちにはそれなりの戦い方があるってことだよ」
「ちょっと!さっきから言ってるけど別にわたしは」
「またまたあ、そんな冗談を。あれを無自覚でやってたら罪も罪。執行猶予付かないよー」
お、理恵ちゃん来れる!ショーコは端末を確認しながら、
「カメ子ちゃんはさつきちゃんが誘ったほうがいいよ、来る率跳ね上がるから」
「別に変わらないでしょ、わたしがやったって」
さつきは家の前の塀にもたれかかって、端末を操作していた。
「またまたあ、さらにそんな冗談を。あれに気付かないなんていったら素行不良もいいとこ。裁判員裁判に呼ばれないよー」
「だからなんなのよ!亀山さんにはあんたが連絡しときなさい。あと、こんなとこで話してたら目立つから」
さつきは玄関に向かい、ポケットから鍵を取り出した。
「おお、中で相談だね!」
「理恵来るまでだから」
さつきとショーコは家の中に入った。
「お、理恵ちゃん来たっぽい」
和室で横になっていたショーコは起き上がった。
「思ったより早かったね」
さつきはダイニングの椅子に座り、日が落ちて暗くなっていく室内の様子を眺めていた。
「カメ子ちゃんは用事あるって。寺の用事だよねー、カメ子ちゃんの用事なら」
「前も言ってたけど寺の用事ってなんなの?」
「うーん、わたしには寺のことは。なんかあるんだろうねえ、用事が。とりあえず理恵ちゃん迎えに行ってくるね」
ショーコは立ち上がって玄関に向かった。
「うん、お願い」
さつきが座っていたダイニングスペースは、もともと日が入っていなかったのでさらに薄暗くなり、キッチン周辺はほぼ暗闇の状態だった。さつきは電気を探して立ち上がり、壁に付いていたスイッチを押したが反応がなく、諦めて椅子に座り直した。
ようこそ、未来の我が家へ!とショーコの声が聞こえ、おいおい、これ大丈夫なのか。ほんとに大丈夫なのか。と戸惑いながら理恵がリビングに入って来た。
「来たんだ、理恵」
さつきは座ったまま軽く手を振った。
「暗いな、またこの中は」
ほら理恵ちゃん。自由にくつろいでよ。ショーコは理恵をさつきの横に案内した。
「くつろいでって。ショーコの家じゃないだろ、ここは」
理恵はさつきの横に座った。
「ふ、時代が時代なら未来の我が家だよ!」
「そんな時代も未来もないから」
頬杖をついたままさつきは言った。
「で、さっきショーコから軽く聞いたけど、将来のためにどうのこうのって」
理恵は端末を取り出しながら言った。
「ショーコが家を探してて。それに付き合ってたら、一応夜も見ることになって」
「一応ってなんだよ。つーか電気付けないか?」
理恵は立ち上がって玄関に向かった。
「さっきもやったけど駄目で」
さつきは立ち上がって、もう一度スイッチを何度か押した。
「そうなのさー、わたしもその辺パチポチと押してみたんだけどさー」
「え、お前らブレーカー入れたの?」
理恵は端末のライトで照らしながら玄関周辺をうろうろしていた。
「はっ、確かに。その辺はみてな」
ショーコが言い終わる前に、ビチンという音がして、家中の電気が点灯した。
「あ、点いた」
さつきは反射的に天井を見上げた。
「おお、明るい!わたしたちを照らす文明の光だよ!」
「帰るときに落としとけばいいだろ」
理恵はダイニングに戻ってさつきの横に座った。
「うんうん。忘れないように全員で指差し確認だね」
「いいよ、あんたは忘れて。わたしと理恵が覚えておくから」
「ぐ、完全に戦力として計算されていない・・・」
ショーコは肩を落としながらさつきの前の席に座った。