ショーコ中古一軒家を買う(1)
九月五日 午後二時三十二分 ショーコ宅
「土曜の学校は疲れるよお」
「いいじゃない。ずっとあるわけじゃないし」
ショーコはこたつテーブルに突っ伏し、さつきは座椅子に座って端末を操作していた。
「あ、そういえばさつきちゃん。わたしもさ、いずれ引っ越すじゃない?」
「いずれもなにも、あんた大学行くんでしょ。じゃあ」
さつきは今九月だから、とつぶやき、
「せいぜいあと半年ぐらいね」
「うん、まあそうなんだけどさ。それとは別に先といえば先の話なんだけど一軒家に住んでみたくさあ。んで今日不動産屋に行こうと思ってるんだよねえ」
「はあ?なんでこの辺のとこ行くのよ、大体なんで一軒家を」
「いやー、やっぱりいわくつきの一軒家に住んでるといろいろ便利かなって。すぐ映画撮れるし、霊の素材とかも集めやすそうかなって」
「どんな理由よ・・・。で、どうせ今日見に行くんでしょ」
「うんうん、話が早くて助かるよ。予約してあるんだ」
「そう、じゃあわたしも行ってみようかな」
「おお!さつきちゃん、その言葉を待ってたよ!」
「結構好きなんだ。物件見るの」
「おっけえ、おっけえ。さつきちゃんの意外な趣味が状況にフィットした!三時にビイオの横にあるとこ予約してるから」
「別に意外な趣味って程でもないでしょ」
さつきとショーコはマンションと一軒家どちらがより怖いか、ということを話しながら自転車で不動産屋に向かった。
不動産屋に入ったショーコが予約名を受付の女性に告げると、二人はテーブル席に案内された。そして受付の女性に出されたコーヒーを飲んでいると、しばらくして対面の席に座った四十代と思われる男性はさつきとショーコを見た後、あの、ご購入をお考えなのは・・・?とさつきとショーコを交互に見た。
「考えてるのはわたしです。近い将来か遠い将来に。それでこっちは付き添いです」
「すいません。わたしは見るだけで」
「ええと、二人共学生ですよね?」
「そうです。そこの高校に通っている三年生です」
ああ、そうですか。と落胆した様子の四十代店員は、ショーコの前にタブレットを出して、希望する条件があれば入力して欲しい。登録すれば次回からスムーズに同じ条件で自分の端末でも検索できる。また面倒なら口頭でも構わないと言った。
「ええと。じゃあ」
ショーコはポケットに入れていたくしゃくしゃの紙を開いて、手書きで書いたメモを見ながら、
「古すぎず、新しすぎず、でもどちらかと言えば新しすぎず。あ、和室は一部屋は絶対に必要です。あと押入れは大きいのがあればより良いです。それで出来れば全体的に日当たりは良くない方が。でも一部屋は西日がめちゃくちゃ入って、リビングとの明暗の差がすごいっていう感じでお願いしたいんですけど」
「うーん。そういった条件だと」
店員はタブレットを見ながら、ちょっと時間が・・・。と言った。
「やっぱり高望みですか?」
また、そんな。とため息交じりに呟いたさつきは、一瞬ショーコを見た後、目の前にあったパンフレットを手に取りページをめくり始めた。
「高望みではないです。むしろ皆さん大体今言った条件とは逆を求める方が多いんですけど。ちょっと検索が・・・、あ」
操作していた右手が止まり、店員はモニターをじっと見た。そして、これなんかは割りと希望に近いのではないかと。と言いショーコにモニターを向けた。
「ほうほう、築二十七年。四LDKで、一階がリビングと六畳和室、二階が洋室二部屋と和室一部屋。いいんじゃない、ねえ?さつきちゃん」
「いや、わたしとあんたとは基準が違うから」
ほらほら、ここなんか。ショーコはモニターをスクロールして室内の画像を表示した。
「この日焼けした畳なんて歴史を感じるねえ。リビングは、ああ。これは昼間でも電気付けないとだめなやつだ。いいじゃない。ほら、さつきちゃん。雰囲気出てるよ」
「はいはい、いいのね。こういうのが」
「お、このキッチンも。これカップ焼きそばのお湯捨てたらボッコンっていうぐらいのやつだ。あの音好きなんだよねえ、最近ないんだよー。二階だね、おお!この階段。ちょっと曲がって上に行く感じ。いいねえ、このカーブで逃げてたらワンカット撮れるよ」
ふーん。さつきは頬杖をついてショーコがスクロールを続ける画面を見ていた。
「おお、奥が和室ね。手前が洋室、ふむふむ。この人は残りの一部屋を物置に使ってたのかな」
お話の途中すいませんが。店員がプリントアウトした紙をショーコに提示した。
「一応この物件の購入に必要な金額が」
「おお、なるほどー。ええと、千九百万円(税込み)かあ。でも」
ショーコは端末を起動させ数字を入力し、
「さつきちゃん!五十年ローンだったら月三万ちょいだよ、今より安くなる!」
「あんたばかじゃないの!五十年って。仮に二%の金利だったとしても」
さつきはショーコの端末を手に取り数字を入力した。
「利子だけで一千万超えるよ。実際三千万ぐらいになるから」
「え?う、嘘でしょ。千九百万って聞いてるよ」
ショーコは恐る恐る店員を見た。
「大体合ってます。その計算で。ただ住宅ローンは三十五年が限度ですが・・・」
「そ、そんな。信じられない。我が国がぼったくり国家だったなんて!」
「いや、ローンってそういうことだから」
「う、うう。そんなあ」
ショーコは端末を握りしめてうなだれた。
「あの。どうします?」
四十代店員がショーコに声を掛けた。
「すいません。正直に言いますけど見に行くだけになりそうなんです。あ、でも明日宝くじ当たったら買います!」
「え、いや。そういうことを言われましても」
「わたしは夢が見たいんです。怖い家を買うという夢が!」
あ、え?それは。と店員が困惑しているのを見たさつきは、
「なんかすいません。もし時間があればでいいので見るだけ」
そう言って軽く頭を下げた。
さつきと目が合った四十代店員は少し動揺した様子で、く、車を用意してきます。とその場所を離れた。
「ふ、さつきちゃん。若い女の特権をいかんなく発揮したね。いいよ、そういう力技。嫌いじゃないね」
「は?別に普通に頼んだだけだし」
「でもわくわくするねえ、さつきちゃん。これから一緒に夢を見ようね!」
「見るのは夢じゃなくて古めの中古住宅でしょ」
さつきは残っていたコーヒーを飲んだ。