寺に泊まる(6)
八月三十一日 午後十時四十九分 本堂内
四人は持ってきた布団と枕にシーツを掛け、横一列に並べ終えた。
「あのさ、ここで動くと暑いね」
ショーコは額の汗を拭った。
「閉め切ってるからなー。ちょっとこれ開けていい?」
理恵は本堂前の引き戸を触りながらカメ子を見た。
「うん、いいよ。でも」
カメ子が言い終わる前に、理恵とショーコは二重になっている引き戸を開けた。
「おお、風入ってくるよ。理恵ちゃん」
「気持ちいいな。これなら寝れるかも」
「ちょっとあんたたちばかじゃないの!これじゃあ参拝に来た人に丸見えじゃない!」
布団に横になって端末を触っていたさつきは、起き上がって外を指差した。
「大丈夫だよ、さつきちゃん。深夜から早朝にかけて参る異常者なんていないよ」
「というかこんな外から見える状態で落ち着いて寝れるわけないでしょ!」
「ええー。雰囲気的にはほぼテントみたいなもんだよ。ねえ、理恵ちゃん」
「テントとはまた別、あ」
理恵はショーコを睨め付けているカメ子に気付いた。
「てめえ!うちに来る人を異常者扱いしたあげく、寺の本堂をテント呼ばわりとはいい度胸だなあ!?」
「いや、カメ子ちゃん。これは例え下手のわたしの、ほら。信仰の自由もわかってるし、寺とテントはね、実際はハイブリッド自動車と三輪車ぐらい違いがあると常々思って」
「うるせえ、ボケが!」
カメ子はショーコの枕を蹴り上げた。
「ひいい、わたしの枕があ」
ショーコより少し早く枕に駆け寄ったカメ子は、なんもわかってねえなあ!と言いながら、枕を外に蹴り出した。
「落ち着いたところで、と」
ショーコが階段から転げ落ちた枕を取りに行った後、四人は寝る場所を決め、カメ子、さつき、理恵、ショーコの順で並んでいた。
「さつきちゃん。そろそろ今日のメインである人形倉庫に侵入をだね」
「おお、そんなことも言ってたな」
「・・・忘れてるんじゃなかったのね」
「当然さあ。カメ子ちゃん、ごめん。メルちゃんを取ってきてもらっていいかい?わたしじゃあ役不足でさ」
「あ、それはわたしもお願いしたいかも」
さつきはカメ子に少し頭を下げながら言った。
「高野さんが言うなら。じゃあ、ちょっと行ってくる」
カメ子は住宅スペースに続くドアを開けて、倉庫に向かった。
「はい、高野さん」
数分後、戻って来たカメ子はさつきが座っている布団の横にメルちゃんを置いた。
「ありがとう、亀山さん」
「よしよし、あとカメ子ちゃん。ここはWi-Fi環境は?」
「最近の寺なめんな、ボケが。敷地内全域行けるんだよ!」
「おお、では。さつきちゃんの携帯借りていい?」
「いいけど、なにすんのよ」
「ちょっと調整を。すぐやっちゃうから」
ショーコはさつきから端末を受け取り、数十秒操作した後、さつきに返した。
「おっけー。それではみんなでさつきちゃんを見守ろう」
「あー、なるほどね。さつきの動向を動画で観るってことね」
「うん。ほら、カメ子ちゃんもこっちに」
リュックからタブレットを取り出したショーコは枕を台にして、布団の真ん中に置き、ショーコ、理恵、カメ子の三人は周りに集まった。
「ちょっと。なに、ずっとこれで倉庫の中撮るの?」
さつきは自分の端末についているカメラを見た。
「そうそう。出発からだよー。それで出来れば基本前方を撮りつつ、たまに自分もっていう流れでだね。それをわたしたちはライブで鑑賞するから」
「なんのためにこんな面倒なことするのよ」
「さつきちゃんの安全のためでもあるんだよ。カメ子ちゃんも観てるから、本当にまずい場合はドクターストップを」
「高野さん、それはまかせて。異変を感じたらすぐいうから!」
「・・・まあそういうことなら」
さつきはしぶしぶ納得しメルちゃんを小脇に抱えて立ち上がった。
「よっし!では行ってみよう!」
「がんばってこーい。観てるから」
ショーコと理恵の布団で横になって、カメ子は布団の上で正座し画面を凝視していた。
「じゃあ、行ってくる」
さつきは本堂を出て、寺の裏側に向かった。
さつきは本堂正面に置いていた靴を履き、住宅とは逆側から裏に周り砂利道を歩いていた。
「さつきちゃーん、ライトライト」
「ああ、ごめん」
端末のライトをつけ、さつきはゆっくり周りを映した。
「どんな感じだい?」
「うーん、真っ暗。照らさないと何も見えない」
「さつき、それはわたしたちもわかってるぞ」
「あ、見えた。あれね」
さつきは一瞬自分に端末を向けて言いい、ショーコと理恵、カメ子が観ている画面にさつきの顔が大きく映った。
「ねえ、さつきちゃん。そこで自分に向けるって・・・。今のタイミングは倉庫でしょ!」
「うるさい、黙って観てなさい!」
「高野さん、頑張って。倉庫の鍵は開けてあるから」
カメ子は両手を握りしめて画面越しのさつきに言った。
「うん。わかった」
さつきがそう言うと同時に画面が揺れて真っ暗になり、ガラガラと引き戸が開く音がした。
「じゃあ入るよ」
「おい、さつきー。見えねー」
「あ、ああ。ごめん」
さつきはドアを開けるためポケットに入れていた端末を取り出し、ライトを付けて室内を照らした瞬間、
「い、いやあああ!」
と叫びその場に座り込んだ。
六畳程度の倉庫の中は壁沿いは全て棚になっており、そこに大小様々な人形が陳列されていた。そしてさつきが照らすライトの光で、その数百体の人形とさつきは目が合った
「さつきちゃん、どうしたの!?また画面が暗く」
「高野さん!周りを見せて」
はあはあ、と荒く息をしながら、さつきは座り込んだまま端末のカメラでゆっくりと室内をうつした。
「ひい!亀寺やばいって。こんなにあるの!?」
「すげえなー。これは怖い」
ショーコと理恵は画面を観ながら、もうちょっと上を、いやさっきのおっきいのを。とさつきに注文を出した。
「高野さん。慣れてないんだし無理しない方がいいよ。動ける?」
「ちょっと、力が入らない、かも」
「な、なんと。腰が抜けたんだね、さつきちゃん。そばアレルギーになった人と同じく初めて見たよ、生で腰が抜けた人!ちょっと軽く自分をうつしてくれないかい?腰が抜けた人をライブで見てみたいんだよ」
「・・・はあはあ。ショーコ後で、覚えて」
さつきはそう言って端末を床に置いた。
「おいおい、まずいんじゃねえか。そろそろ行ってやろうぜ」
理恵は立ち上がって言った。
「うん。わたしもそれがいいと思う」
「そうだねえ。あの量はいくらなんでも人の手に余るよ」
理恵、ショーコは本堂前に置いてあった靴を履き、カメ子は、数珠を取ってくる、と言い住宅に向かった。
「あ、さつきちゃん!」
ショーコは倉庫の引き戸にもたれて座り込んでいるさつきを見つけた。
「遅いって。あんたたちは・・・」
「とりあえず出れたんだな。立てるか?」
理恵がさつきの前に座り込んだ時、右脇に人形を握りしめているのに気が付いた。
「あれ、それ変わってね?」
「あ、ほんとだ。メルちゃんじゃない」
ショーコも人形に気付き触ろうとしたとき、
「ボケが、どんなもんかもわからないものに触るんじゃねえ!」
後ろから両手に数珠を付けたカメ子が、サンダルをぱたぱたと鳴らしながら駆け寄って来た。
「なあ、どんなものかわからないものがあるのか・・・?」
理恵はカメ子に聞こえないよう小声でショーコに言った。
「まあ新人も多いから管理しきれないのかもねえ」
「そういう問題かよ」
倉庫の中に足を踏み入れた理恵は、こええーと言って数秒で出てきた。
「高野さん。ごめん、やっぱり止めるべきだった」
「いや、大丈夫だけど。ただメルちゃんが」
さつきは首を曲げて倉庫を見た。
「え、メルちゃんは中なのかい?」
ショーコはさつきが持っている人形と倉庫を見比べた。
「最初に転んだときメルちゃんを倉庫の奥に投げちゃって。それで取りに行こうとしたんだけど動けないし、なんか嫌な予感もして。それで」
さつきは手に持った人形を見た。
「それで、ってなんだよ」
理恵は人形を持ってないほうの脇を抱えてさつきを立たせた。
「ありがとう、理恵。それで変わりにこの人形を持って」
さつきはよろよろと歩き出して言った。
「さ、さすがさつきちゃん。うん、あの状況では考えられる最善手かもしれない」
「は?なにが」
「理恵ちゃん。さつきちゃんはあの倉庫内の人形たちは人間と対立していると考えたんだよ。そしてその思いを共有している、と」
ショーコはさつきの後ろで、不自然に腰を支えているカメ子を見た。
「まあ、ありえない話ではない。あそこにいる人形たちなら、それぐらいはできるかもな」
「そうだよね。それで置いて来たメルちゃんが外部と繋がっているのがばれた後、中の人形たちによるメルちゃんに対する集団暴行などが起きないよう、安全を確保するために、人質ならぬ人形質としてさつきちゃんは近くにあった人形を持って脱出したというわけさ」
うう、腰が抜けても意思は抜けてなかったね。ショーコはさつきが持っていた人形を持って、理恵と二人でさつきの脇を抱えた。
「な、なあ。人形が人形になんかできるのか?全然意味わかんないけど」
「そりゃあ、もうなんでもありの恐ろしい光景が。ねえ、さつきちゃん」
さつきは無言でうなずいた。
「まあお前らがいいんなら別に・・・」
「ほら理恵ちゃん、これは大事な人形質だから。大切に扱わないと」
「なんだよ、その『にんぎょうじち』っていうのは」
「おい、ショーコ。話はそれぐらいにして、とりあえず高野さんを本堂まで運ぼう」
ショーコは理恵はさつきの両脇を、カメ子は後ろから腰周辺を支えて、ゆっくりと本堂に向かった。
「あの、もう大丈夫だから、その」
ショーコとカメ子はさつきを二人係で丁寧に布団に寝かした。
「腰抜かした人ってどうしていいか、わからないからさー」
「うん。もう十一時過ぎてるし、高野さんこのまま寝てもいいかも」
カメ子はさつきに掛け布団を掛けた。
「全然普通に動けるから。あ、そういえばあの人形は?」
さつきは体を半分起こして辺りを見回した。
「わたしの布団の横にあるよ」
カメ子は布団の横にある、数珠を首に付けた人形を指差した。
「そう。よかった」
さつきはそう言って横になり目を閉じた。
「ねえカメ子ちゃん。さつきちゃん寝た?」
数分後、理恵と二人でゲームをしていたショーコがカメ子の布団を見ると、小さく寝息を立てているカメ子が目に入った。
「あ、カメ子ちゃんも寝てる」
「おお、二人とも寝たのか」
「ねえ、理恵ちゃん」
暑くない?ショーコは少し口元を上げ理恵を見た。
「ああ、暑っついな。開けちまうか」
理恵はショーコと目を合わせて言った。
「うんうん。明日の朝閉めとけば、さつきちゃんには気付かれないよ」
「そうだな。じゃあ」
ショーコと理恵は立ち上がり、二人で音を立てないよう引き戸の扉を開けた。
「あー、いいわ。風入る。これなら寝れそう」
理恵は外を見ながら背伸びをした。
「そうだよー。こんな中で寝たら逆に風邪引くよ。そして夜空がきれいだねえ。さっきの騒動が嘘のようだよ」
ショーコは空を見上げて言った。
「騒動って、お前らが勝手に遊んでるだけだろ」
「いやー、普通の人形店なら別にいいんだけど、荒くれものが集まってる倉庫だからねえ。だってあそこにあるのさ、基本家でやばいことあったやつだよ?」
ううん。カメ子が目をこすりながら起き上がった。
「ご、ごめん。起こしちゃった?」
理恵はカメ子に近づき小声で言った。
「うん、大丈夫だから」
カメ子は起き上がって外にいるショーコに、
「おい、ゴミ野郎。向こうにアイスあるから食っていいぞ」
「な、この少し高揚した気持ちを鎮めることができるアイスが!?」
ショーコは住宅スペースに続くドアを見た。
「垣内さんも、よかったら食べて」
「う、うん。ありがとう。でもアイスかあ、そんなには」
理恵が戸惑っていると、
「ほら行こうよ、理恵ちゃん!アイスが落ちてるなんて幸運そんなにないよ!」
落ちてるってなんだよ、と言う理恵の手をショーコが力強く両手で引っ張り、二人で住宅スペースに入った。
カメ子はドアが閉まったのを確認した後、端末を持ってさつきの横に立った。
その後数分間、カメ子は何度か端末をさつきにかざし、そして止め、さつきの掛け布団に触り、そして手を離すという行為を続けた。そして最後にカメ子はふっと息を吐き、自分の布団をさつきに少し近づけた後、横になって目を閉じた。
「まあそうかもしれないけどさあ。じゃあ、最後一回やって寝るか」
「やろうやろう。次はわたしが後衛をだね」
「ええー、お前に背中はあずけたくねえなあ」
アイスを食べたショーコと理恵が戻ってくると、寝ているさつきとカメ子が目に入った。
「あ、カメ子ちゃん寝てる」
「まずいな。向こうでやるか」
「うんうん。そうしようそうしようと言いました。」
理恵とショーコは住宅スペースに戻り、最後一回を何度か繰り返した後、午前二時近くに本堂の布団で寝た。