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寺に泊まる(5)



 八月三十一日 午後七時五十分 本堂内



 片づけを終えたショーコが本堂に戻ると、坐禅をしたさつきの後ろに棒を持った理恵が立っており、カメ子は理恵の横で身振り手振りで動作を教えていた。


「おお!坐禅体験だね」

「うるせえ!黙れ、今やってるところなんだよ!」

 カメ子は動作を止めショーコに向かって言った。

「いやあ、ごめんごめん。でもすごいね、二人同時にやる方、やられる方を体験できるなんて」

「これ難しいわー。棒の方も」

 理恵がそう言うと、うんうん。と横に立っていたカメ子は頷いた。

「さつきちゃんはどうなんだい?」

「うーん、まだよくわからないかも」

 さつきは一瞬目を開け、そして再び閉じた。

「おし、さつき。もう少しやって交代しようぜ」

「わかった。ショーコは黙ってなさい」


 理恵は少し下がり、棒を顔の前で立てた。


 そして数分後、一瞬さつきの肩が揺れたのを見て、理恵は棒をさつきの肩に近づけ、さつきが首を曲げたところを軽く木で叩いた。

 

「なるほどなあ。叩くのってこういう感じね。じゃあ、さつき変わる?」

「うん。わかった」


 理恵はさつきが座っていた場所で坐禅を組み、さつきはカメ子にやり方を聞きながら棒を持って理恵の後ろに立った。そして何度か叩く、お辞儀を互いに繰り返した後、この辺で。とさつきが棒をカメ子に預けて終了となった。


「理恵も言ってたけど、これ叩くほうも神経使うよね」

「そうそう。気を張ってないと見逃すからなー」

 さつきと理恵はそれぞれ体を伸ばしてストレッチをしていた。

「あのう、わたしもだね。軽く体験を」

 ショーコは理恵が座っていた座布団の上に座り、振り返って後ろに立っていた三人を見た。


「わたし疲れたから。次、理恵じゃない?叩くの」

「いや、いいわ。しんどい」

 ふと理恵がカメ子を見ると、右手で棒を持ち、パンパンと左手の手のひらを叩いていた。

「よく考えたらよお、なんでお前の背中をわたしが見続けないといけないんだ。気持ち悪い。それに金属バットも倉庫なんだよ、取りに行くのも面倒だしな」

 カメ子は棒を畳みの上に置いた。

「お前には殴られる価値すらない。二人に免じてこの棒を触ることは許してやろう。それで自分ひとりでやるんだな。叩くほうと叩かれる方を」


「え?それはこういうこと」

 ショーコは畳にあった棒を手に取って立ち上がり、目を閉じた。

「そうだ、想像の中で自分の肩でも叩いてな」

「ちょっとそれは素人にはハードルが高いっていうか・・・」

「うるせえ!やりたいって言ったのおまえだろうが、このボケが」

 

ねえ、お風呂入る?カメ子はショーコから離れて、二人のやり取りを無言で見て、立ちすくんでいたさつきと理恵に近づいた。


「あ、うん。ありがとう。でもわたしはシャワーでいいよ。理恵は?」

「そうだなあ、できればつかりたいなあ。大丈夫なの?」

「うん、向こうのリビングは冷房入れてるし。ごめんね、こっちの本堂はエアコンなくて」

「おお、それはありがたい!そっちって行っていいの?」

「大丈夫だよ、垣内さん。高野さんも」

 カメ子はさつきと理恵を促し、三人で住居スペースに向かった。


「え、ちょっと。せめて見てて!観客がいないとつらいよ!」

 ショーコが目を開けて言うと、先にさつきと理恵を住居に入れたカメ子は振り向いて、

「おい、乱れてるぞ。自分で叩いとけ」

 と言い残しドアを閉めた。




「あー、こっち涼しいー。てか広いな!」

「うん。うちのマンションより全然」

「なんか最近リフォームして。あ、その辺適当に座ってもらえれば」 

 カメ子は冷蔵庫から氷を取り出してグラスに入れた。

対面式のキッチンがあるリビングダイニングは二十畳以上あり、六人掛けの食卓テーブル、そして奥には五、六人は座れるカウチソファーが置かれていた。


「じゃあ、この辺にっと」

 理恵はソファーに座って、おお。これ気持ちいいなー、と背中をあずけて楽な姿勢となり、さつきは食卓テーブルの椅子に座って、カメ子が渡したグラスをありがとう、と言い受け取った。

「垣内さんもお茶でいい?」

「うん、ありがとう。なんでもいいよー」

 カメ子はソファーの前のサイドテーブルの上にコースターを敷いてお茶を置いた。


「でもなんかいいなー。木使って落ち着いた雰囲気だし」

「なんか兄がインテリア関係の仕事してて。それで」

「ああー、なるほどねえ」

 理恵はお茶を飲みながら言った。

「高野さん、どうする?シャワー」

「じゃあ、入ってこようかな」

「玄関の方にみんなのまとめといたよ。浴室はそっちから出て右のほうに」

 カメ子は玄関に続くドアを指差した。

「ありがとう」

 

 さつきが部屋を出た数十秒後、カメ子は、ごめん、垣内さん。ちょっと寺の用事があって。と理恵に告げ、さつきの後を追う形で部屋を出た。

 理恵は、いってらっしゃいーと、ドアを閉めるときに目が合ったカメ子に手を振った。

 なんか笑ってたな。理恵は小さく呟き、持っていた端末に目を落とした。


 カメ子が部屋に戻ってきて数分後、さつきがドライヤーを持って部屋に入ってきた。

「亀山さん、これ借りていい?」

「うん、大丈夫だよ。気にしないで」

「じゃあ、行ってくるわー」

 理恵は端末を置き、浴室に向かった。


 そして理恵が戻り、入れ替わりでカメ子が浴室に向かった後、ショーコが本堂と繋がるドアを開けて部屋に入って来た。



「はあはあ、涼しい。こっちは天国だよ」

「お、ショーコ。体験できたのか?」

 ソファーで横になり端末を操作していた理恵は画面を見たまま言った。

「理恵ちゃん。無意味なことをするのは無意味だ、と気づいた、というか悟ったよ・・・」

「へえ、よかったじゃないか。わかったんなら意味あったじゃん」

「うん。今の無意味な時間に意味があったと思いたいよ。あれ、カメ子ちゃんは?棒を返そうかと」

 棒を握りしめていたショーコは部屋の中を見渡して言った。

「今お風呂。あんた亀山さんが行くの見てたの?タイミング良過ぎじゃない」

 食卓テーブルで勉強していたさつきは、手を止めテキストを閉じた。

「ううん。たまたまだよー。そして何か飲み物は」

「お茶あるけど」

「おお、ありがてえ」

 ショーコはテーブルの上にあった二リットルのペットボトルをそのまま口にした。

「・・・その飲み方止めといたほうがいいよ」

「大丈夫だよー、さつきちゃん。見てないし」

「だからそういう所が」

 とさつきが言った時、カメ子がタオルで髪を乾かしながら戻って来た。


「おい、なんでいんだよ。ボケが」

「カメ子ちゃん。棒どこ置いとく?」

「それは寺用だからこっち持ってくんじゃねえよ。戻しとけ」

「あとわたしもシャワーを」

「・・・外でホース使えと言いたいが寺の体面もあるからな。さっさとその汚い体を洗ってこい」

「おお、じゃあわたしのリュックはっと」

 ショーコが部屋を探していると、

「なんか玄関のとこに置いてくれてるぞー」

「ありがとう理恵ちゃんじゃあ行ってくるよー」

 と言いショーコはリビングを出て浴室に向かった。


「戻ったよー」

 髪が濡れたままのショーコは、涼しいなあ、いいなあ。と言いながらリュックを持って部屋に入って来た。

 

理恵は変わらずソファーで横になっており、さつきは中断していた勉強を再開し、カメ子はさつきの前に座ってお経が書かれた本をパラパラとめくっていた。


「あのう、わたしのリュック外にあったんだけど・・・」

「そりゃあそうだろ。なんでお前のものをわたしが触らないといけないんだ」

「でもすぐわかったよ。最近の傾向で。あ、外だなって」

「ようやく自分の位置に気付いたか。お前はずっとそこにいたんだ。そしてこれからも」

 カメ子は本を閉じ、

「ねえ、今日の寝るとこなんだけど。一応わたしの部屋にわたしともう一人、今使ってない兄の部屋に一人寝れるよ」

「そっかあ。どうするさつき?」

 理恵は起き上がってソファーに座り直した。

「そうねえ」

 うーん、とさつきが口に手を当てて考えていると、

「みんなで、さっきのとこで寝ようよ!泊まってる感出るし!」

 とショーコが言った。

「ああ、それもいいなあ」

「そうね、そうしようか。大丈夫?亀山さん」

 さつきがカメ子を見ると、複雑な表情をしたカメ子が、いや、ありか。変にランダムになるよりは。確実に横を取れる。しかし、ど高めをみすみす見逃すっていうのも。と独り言をつぶやいていた。


「亀山さん?」

 再びさつきが声を掛けると、

「あ、ああ。うん、大丈夫だよ!リビング出た所に物置があってそこに布団入ってるから持っていくことになるけど」

「おお!いいじゃなーい。先に敷いちゃおうよ、旅館感出しちゃおうよ!」

「よっし、やっとくかあ」

 理恵は端末を置いて立ち上がった。

「うん、わかった」

 さつきはテキストを鞄に閉まって、椅子に座ったまま背伸びをした。

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