寺に泊まる(3)
八月三十一日 午後三時二分 本堂内
「あ、カメ子ちゃん。ここにいたんだ」
ショーコは本堂の廊下から、階段下を掃除していたカメ子に声を掛けた。
「黙って転げ落ちてろボケが。あ、高野さん。プリント終わったの?」
「うん。それで今お参りを」
「ありがとう。ゆっくり参ってね」
「お、理恵ちゃんも来た」
「ここでいいんだよな」
と言いながら理恵は本堂の中から出てきて靴を履いた。
「うむうむ。では、お参りを始めようではないか」
賽銭を入れ、さつき、ショーコ、理恵は三人横並びで手を合わせた。
「おい!クソ野郎。意味のないことをするな。どうせ何願ってもお前のは無視するんだからよ!」
階段の下からカメ子はショーコに言った。
「おい、すげえな・・・。一人だけ願いを無視するって。どういう構造なんだよ」
手を合わせたまま理恵はさつきに言った。
「だめよ、理恵。これぐらいで気にしてたら」
「いや、だから。あの二人おかしいって」
「はい!では終わったね。じゃあ、もう一度プリントをやるよ!」
目を開けてショーコは言った。
「おいおい、ショーコ急すぎるって。もうやんのかよ」
「大丈夫大丈夫。こういうお願いはシームレスで現実と繋げてくれてるから」
「シームレスってそういうことなのか?」
理恵は既に靴を脱ぎ始めているショーコに言った後、さつきを見て、おーい、まだかー。と声を掛けた。
さつきは両手を合わせて目を閉じており、理恵の三度目の呼びかけで、目を開けて、ごめん、聞こえなかった。ちょっと真剣にやっちゃって。と言いショーコと理恵を追いかけた。
一連の流れを下から見ていたカメ子は、高野さん、あんなに真剣に寺に祈るなんて。あんなの見たらわたし・・・。とぶつぶつ言いながら、感動して手に持っていたほうきを震わせていた。
「おっし、じゃあ二回目を」
三人は最初と同様に本堂の中の畳の上で問題を解き始めた。
今回最初に終わったのはさつきで、理恵、ショーコと続き、ショーコの提案により採点は第三者にということで、赤のボールペンを持ったカメ子が六枚の用紙を採点した。
「じゃあ、カメ子ちゃん。発表を」
「発表って。おい、これどうすればいいんだよ!」
「うんとねえ。一回目と二回目の差を。一回目より増えてたらプラス、減ってたらマイナスで計算して」
「めんどくせえことしやがって!」
カメ子はもう一度紙を見ながら計算を始めた。
「ええと、じゃあ高野さんから。差はマイナス一点」
その答えを聞いた瞬間、ショーコは口元を緩めた。
「最初は二十点中二十点で、次が十九点だったんだ。さすが高野さん」
「おしおし。じゃあ次は?」
「せかすんじゃねえ!次はショーコだ。プラス五点」
「ひゅううう!最下位はまぬがれたー!」
ショーコは両手を突き上げてガッツポーズをした。
「で、最後が垣内さん。差がプラス十五点」
「え、理恵!?」
「なんと!」
さつきとショーコは、鉛筆を指でくるくると回している理恵を見た。
「ちょ、ちょっと!用紙を」
さつきはカメ子が持っている用紙を見た。
ショーコは初回ゼロ点、二回目五点。理恵は初回ゼロ点、二回目十五点だった。
「なんなのよ!これは!」
「だってよ。差が少なかったら罰なんだろ?そりゃあ、そうするんじゃないの?」
「ふ、理恵ちゃんも気づいていたか。このからくりに」
「だから!おかしいでしょ、そんなのは!」
さつきは用紙を畳に叩きつけた。
「思い出してみてよ、さつきちゃん。うちの部屋での会話を」
なんでそんなことが。さつきはショーコが言っていたことを思い出そうと、口に手を当てて考え込んだ。
「『だからさ、上がり幅で決めようよ。だれが一番上がったか。それで最下位には厳しい罰をだね』」
「いや、そうは言ってたけど。でも!」
「思い出したかい?厳しい罰、とも言ってたよね。ねえ、理恵ちゃん」
「言ってたな。なんか面倒なことになりそうだから、わたしはこうしただけだ」
「さつきちゃん。普通にやったらさつきちゃんが勝てたんだよ。それに引き換えわたしはどうやっても負ける戦いだったんだ」
ショーコはさつきの肩をぽんぽんと叩いた。
「さつきちゃんが気づいていれば、ね」
「そんなやり方!」
さつきは肩に乗っていたショーコの手を払いのけ言った。
「もう決まったことだよ、さつきちゃん。さて罰だけど、亀寺には供養待ちの人形が入ってる倉庫があるみたいだからさ。そこに夜中に一人で入ってもらおうかな、と」
「はあ!?なんらかの理由があるから供養が必要なんでしょ!それが大量にあるところに入るなんて!」
「大丈夫、カメ子ちゃんがいるから最悪なんとかしてくれる。これは普通の紐ありバンジーだよ」
「おい・・・」
カメ子は下を向き畳を見ながら言った。
理恵はカメ子の雰囲気を察してその場を離れるため、ごめん。トイレ借りるねーと住宅スペースに行った。
「人の家の倉庫に入るのが罰っていうのはどういうことだ!」
「あ、ご、ごめん。ば、罰じゃないよ、罰ゲームだから。かくれんぼと同じ感覚でね。捉えてもらえればと」
「あ、わたしもトイレ行ってくる・・・」
さつきは理恵の後を追いトイレに向かった。
さつきは住宅スペースに入るドアを開けるときに、一瞬振り返るとカメ子が一方的にショーコに大声で詰め寄っているのが見えた。
さつきは無言でドアを開けて理恵を招き入れ、前を向いたまま静かに閉めた。
「なあ、ショーコとあの子の感じ。けっこうきついんだけど」
「最初はね。でももう慣れたでしょ?」
「いや、慣れないって」
さつきと理恵は本堂に入るドアの前で戻るタイミングを伺っていた。
「でもなんか静かだな」
「そうね、ちょっと見てみる」
さつきはゆっくりとドアを開けると、ショーコとカメ子が中央で向かい合って話していた。
「思ったより普通かも。見る?」
「おお、見る見る」
さつきは理恵と場所を入れ替わった。
「おお、これなら行けそうだな。怒鳴ってないし」
「じゃあ、戻ろうか」
理恵はゆっくりとドアを開け、フローリングから畳に変わっている本堂内に足を踏み入れた。
「やあやあ、さつきちゃん。理恵ちゃん」
「おかえり。高野さん!」
ショーコとカメ子は向かい合って座っており、二人を手招きしていた。
「ちょっとなんなの?あれ」
「よくわかんねーけど、なんか変だな」
さつきと理恵は目を見合わせて立ち止まった。
「ちょっとちょっとお!早く来てよー。今日のこれからの方針が決まったんだから」
「なんだよ、方針って」
警戒している理恵は、体を半身にして動きやすい体勢を取った。
「さつきちゃんの夜のお楽しみ時間だよ。あ、罰ゲームっていうのは言っちゃだめだよ。お楽しみの時間だから」
「言ってるのはあんたじゃない」
「それで今日はお泊りをすることになったんだよ。お楽しみの時間はやっぱ夜にしないと盛り上がらないからさあ、んでどうしても遅くなっちゃうし。とりあえず明日の用意をするために、一旦解散して夕方にまた集合でどうかな?」
「いや、ちょっと待て!明日から学校だぞ、今日は家でゆっくりしたいんだよ!」
「ばかじゃないの!なんで急に。っていうか亀山さんの家の人だって」
「あ、親は大丈夫だよ。今日は寺の集まりで九州行ってるから。帰ってくるの明日の夕方になんだ」
カメ子は満面の笑みを浮かべて言った。
「ほらほら、早くしないと。人形は待ってくれないよ」
ショーコはプリントをリュックに閉まって立ち上がった。
「おい、さつき。何とか言ってやれよ」
そうね。理恵に促されて口を開こうとしたとき、
「さつきちゃん。今日やるならカメ子ちゃんがサポートして何かあったら駆け付けてくれるよ」
ショーコは座布団を片付けながらさつきを見た。
「・・・今日なら?」
さつきがカメ子を見ると、何度も頷いていた。
「でも次回からは、カメ子ちゃんのサポートは得られない。ガチンコでやってもらうから」
「・・・サポートが得られない?」
再びさつきがカメ子を見ると、カメ子は目を閉じて首を横に振っていた。
「さつき、悩まなくてもいいぞ。今度やるときわたしが倉庫の前でがっちり待っててやるから。大丈夫だって、な。次の週末にしよう」
理恵はさつきとショーコを交互に見ながら言った。
「理恵ちゃん。供養される人形が集まる倉庫で何かできるとでも?わたしたちなんて無力だよ。ここにいるので何かできるのはカメ子ちゃんだけ」
「だから、そんなこと言ったって。結局はなんにも、え!?」
ふと理恵が横を見ると、さつきは腕を組んで目を閉じ考えを巡らせていた。
「おい・・・。これもうだめなやつだろ」
理恵は両手を膝について黙り込んだ。
「ほらほら、さつきちゃん。考えたふりしたってだめだよー。ちょっと考えればわかることなんだから」
「わかってるから!とりあえず荷物とってくればいいんでしょ!」
さつきはショーコを睨みつけて言った。
「おっけえおっけえ。では理恵ちゃんもまた後でね」
「いいよ、もう。わたしは普通に帰るから。あとはお前らでやってくれ」
「ほらほら。この前の旅行に行けなかったの悔しがってたでしょ、また新しい夏の思い出作っちゃうよー。次の日の学校で話題についていけないよー」
「いや、正直そこまでする価値がないっていうのが。なんとなくわかったっていうか」
理恵がそう言って帰ろうとするとカメ子が理恵の横に来て、ごめんなさい。わたしがいるから。と何度も頭を下げた。
「え、いや。そういうことじゃ」
戸惑いながら理恵が答えると、
「わたしが入ったから、高野さんとゴミとの関係が悪くなったんだよね?本当にごめんなさい。助けてもらったのに」
「あ、え。違うって。別に普通に帰るだけだし」
「迷惑かけてごめんなさい」
カメ子は理恵に再び頭を下げた。
「いやいや!え、なんで。え?」
「あーあ。理恵ちゃんが乗り悪いから」
「確かに。ちょっと言いすぎたかも」
さつきとショーコはうろたえてる理恵を見て言った。
「なんも言ってないって!ああ、もう。わかった、来るから。今日だろ、いいよ!」
「よしよし、ほら涙を拭いてカメ子ちゃん。理恵ちゃん来るって」
カメ子はショーコが渡したポケットティッシュを受け取り、そのまま畳に叩きつけて踏みつぶした。
「泣いてねえわ!っていうかお前の使いかけなんて使えるか!」
「ひい!わたしのティッシュが」
「ごめんね、えっと。じゃあ」
さつきはショーコとカメ子の話を遮り端末で時間を確認した。
「六時ぐらい目途でいい?」
「うん、大丈夫だよー。理恵ちゃんは?」
「あー、うん。六時な。いいよ、もう何時でも」
理恵は半分笑いながら言った。
三人が本堂を出て駐輪場に向かっているとき、カメ子が駆け寄って来きて、夕食は用意しておくから、と言い、走って寺に戻って行った。