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寺に泊まる(2)


 

八月三十一日 午後二時半 甲々寺前



 三人はショーコのアパートから自転車を乗って坂を下り、交差点を二つ越えて、精肉店とラーメン屋しか空いていない徒歩数分で通り過ぎることができるシャッター商店街を抜け、甲々寺に着いた。


「ああ、ここね。来た事あるな」

 自転車を停めて理恵は寺を見た。

「理恵ちゃん、こっちに停めるんだよ。自転車」

「おお、そうか。てかさつきはわかってんだな」

 

 自転車を停め寺の入り口に来ていたさつきは、

「前に来たことあるから」

 と言い、寺の中を覗くと本堂の前でほうきを持って掃除しているカメ子が目に入った。

「あ、亀山さんいるよ。え、でも」

「おお、やっぱりいたんだね。あれ、どうしたの」

 さつきは寺の敷地内に入らず入り口の前に立っていた。

「ショーコ、あれってさ」

「お、どうした。いたんだろ」

 ショーコに遅れて理恵はさつきの横に並んだ。


「え、あれ巫女の服じゃない?さつきちゃん、寺って着ていいんだっけ?」

 ショーコは赤白の巫女服を着ているカメ子を指差した。

「うーん・・・。その辺はわたしはちょっと」

 理恵はどう思う?と言った時、さつきはカメ子と目が合った。

「高野さん!どうして!?」

 ほうきを持ったまま走って来たカメ子は三人の前に立った。

「ええ、あ。うん。ああ、そう。近くまで来たから。ちょっと寄ろうかなって」

 ねえ?とさつきは横を向いて二人に同意を求めるように言った。

「ああ、そうそう。で、この前自転車大丈夫だった?」

「垣内さん。あの時はありがとう、本当に助かった。何かお礼をって」

「ああ、大丈夫。よかったよかった」

 そして理恵の横に立っていたショーコを見たカメ子は、

「おいクズ。お前が見ると寺が汚れる。ここで下向いて砂利の数でも数えてろ」

 とほうきで地面を指した後、さつきに視線を戻し笑顔で言った。


「高野さん、お参り?」




「おい、さつき。あの子やべえんじゃねえか?」

 下を向いて砂利を数えているショーコを置いて、さつきと理恵は敷地内の中に入った。

「だから言ったでしょ。さっき」

「いや、だけどよ。あれはキャラとかそういうのでも」

 前を歩くカメ子に聞こえないよう、理恵はさつきの耳元で小声になって言った。

「おい!ぼけが!」

 振り返ったカメ子が近づいて来ているのを見て、ひっ、と言い理恵は横に逸れた。

「亀山さん。ごめん、なんかした?わたし今日初めてだから。その」

 理恵は通り過ぎるカメ子に声を掛けたが、聞こえていない様子のカメ子は後から付いて来ているショーコに真っ直ぐ向かって行き、ほうきを地面に叩きつけながら大声でショーコに何か言っていた。

「ああ、ショーコか。てか怖えよ、さつき」

「大丈夫、すぐ慣れるよ。ショーコ以外には普通だから」

「ショーコ何したんだよ。あの人に」

「うーん、長くなるから後で話す」

 本堂の前に立っていたさつきと理恵は、カメ子が一方的にショーコに怒鳴っている様子をぼんやりと見ていた。




「いやあ、すまないねえ。カメ子ちゃん。本堂の中にまで入れてもらって」

 座布団の上に座っているショーコはきょろきょろと周りを見ていた。

「ありがとう。亀山さん、急に来たのに」

「いいのいいの。今お茶を」

「あ、カメ子ちゃん。寺ってさ、いろいろ必要だから家にコピー機あるよねえ」

「は?あったらどうするんだよ」

「ちょっとこれを三人でやろうと思ってて。二枚あって二部ずつ。計六枚になるようにコピーをお願いできればと」

 ショーコはA四の紙を二枚カメ子に渡した。

「これは高野さんにも関係あるの?」

 紙を持ったカメ子はさつきを見た。

「う、うん。まあ。あると言えばあるかな。理恵にも」

「お、そうだな。うん」

「わかった。じゃあやってくるね」

 カメ子は住宅スペースに早足で向かった。


「ちょっと、なんなのよ。あの紙は」

 さつきはショーコをにらんだ。

「ほら、来る前に言ってたやつだよ。学力が上がる願い事をしてってやつ」

「あー。それで願う前と、願う後で二枚か。それで差がでるか、ってことだろ?」

「そうそう。さすが理恵ちゃん。察しがいい。中身は適当な数学の問題さ」

「また面倒なことを。大体あんたたち書くもの持ってんの?」

「あ、そうか。それもあったか」

 

 うーん、またカメ子ちゃんに頼むかなあ。とショーコが住宅に通じる通路を見ていると、おまたせー。という声がしてカメ子がお盆にお茶を二つ乗せて戻って来た。 


「あのう、一応聞くけどわたしのは・・・」

 ショーコはグラスに入った冷たいお茶を飲んでいるさつきと理恵を見ていた。

「わたしがお前のために飲み物を用意するだと?ゴミにしては面白い冗談だな」

「夏の午後がわたしの喉を乾かしててさ。カメ子ちゃん、水道水でも十分だから、何か飲むものを」

「一日二日飲まなくたって死なねえよ。あ、高野さんこれ」

 カメ子はさつきに用紙を渡した。


「あ、ありがとう。亀山さん」

「そういえば、カメ子ちゃん。鉛筆かボールペンを三本貸してもらえるかい?それとカメ子ちゃんが面倒なら、外のホースの水でもいいんだ。何か飲むものを・・・」

「しつこいな、お前が飲めるもんなんてねえよ、ボケが。で書くものは高野さんが必要なの?」

 ショーコを見た後、カメ子はさつきに視線を移した。

「あ、うん。そう、かな。あればうれしいかも」

「じゃあ、持ってくる」

 カメ子が立ち上がると、

「あ、ごめん。ついでというか。本当に悪いんだけど、これ美味しくて。もう一杯お願いできるかな」

 理恵はグラスと茶托をカメ子に差し出した。

「うん。いいよ。いくらでも」


「おい、ショーコ。目を盗んでわたしが頼んだの飲んでいいぞ」

 カメ子が見えなくなると、理恵はさつきの横に座っているショーコに言った。

「おお、ありがてえ!じゃあ飲みやすいように場所を。さつきちゃん、いい?」

「いや、いいけど。やめといたほうがいいんじゃないの。ここお寺だし、そういうやり方は」

「大丈夫だってー。ばれなきゃ寺でもどうしようもないって」

 知らないからね、さつきは座布団をずらし、ショーコと位置を取り換えた。


「なあ、寺だからってなんかあんのか?」

 理恵はさつきから配られたプリントを見ながら言った。

「カメ子ちゃんは寺だと、気持ち全能力が上がるっていうか。索敵とか思考とかも含め」

「なんだよ、その特殊能力は・・・」

「ねえ、さつきちゃん。そういうのあるよねえ。ピラミッドパワー的なさ、三角形の中に入れてたバナナは腐りづらいみたいなやつが」

「それとは別でしょ」

 でも、理恵と同じくプリントを見ながらさつきは続けた。

「何かはある気がする。ショーコの言うように」

「いやだから。何かってなんだよ。ないだろ、そんなの」


 ごめん、ボールペンなくて。お盆の上にお茶と鉛筆を乗せたカメ子が戻って来た瞬間、三人は黙りこんだ。


「ん、ショーコお前。場所変わってんな」

 理恵の前にお茶を置きながらカメ子は言った。

「そうなんだよ。ここは風通しがいいと評判でさ」

「お前、まさか垣内さんのお茶狙ってんじゃねえだろうな」

 えっ!?とさつきはカメ子を見た。同時に理恵は反射的に自分の前に置かれたお茶を手元に寄せた。

「おい、垣内さん警戒してんじゃねえか。喉が渇いてなくてもクズ、渇いていてもクズだな」

「そ、そんな誤解だよ。ねえ理恵ちゃん?」

「おお、うん。そうだな」

 理恵はカメ子の顔が見れず、視点が定まらない様子で目が泳いでいた。


「本当なの?垣内さん」

 カメ子は正面から理恵を見据えて言った。

「あ、いや。ごめん。さつきがね、ショーコ喉渇いたってうるさいって言うから。ついわたしが」

 理恵は少しずつ俯きながら言った。

 ちょ、ちょっと。わたし!?ショーコを挟んで座っていたさつきは、後ろに体を倒し理恵を見た。


「そっか。高野さんが言ったんだ」

 カメ子はゆっくりとさつきの方を見た。

「いや、亀山さん。わたしがっていうか。それは」

「ほんとやさしいね。高野さんは」

 ショーコの横を通り、カメ子はさつきの前に座った。


「ごめん。さ、さつきが言ったんじゃないんだ。わ、わたしがつい。本当のことを言えばよかった。ごめん!」

 理恵は両手を合わせてカメ子に頭を下げた。

「垣内さん、気にしなくていいよ。うるさいクズを黙らせるためだもんね。こっちこそごめん。そこまで考えが及んでなくて」

 カメ子は立ち上がってショーコを見降ろし、アゴで外に行くように促した。


「外に水道に繋がったホースあるから飲んで来い」

「おお!ついにお許しが、ありがてえ」

 ショーコは飛び上がり走って本堂の外に出た。

「わたし一旦家の方にいってる。また戻るね」

 と言い残しカメ子は住居スペースに戻った。


「こ、こええ!なんだよ、あの雰囲気は!」

 理恵は姿勢を崩し天井を見上げた。

「いつもより増してる気がする。やっぱホームだから力がみなぎってるっていうか」

 さつきは残っていたお茶を飲んだ。

「あの子やばいって!ショーコのコントのまんまじゃねえか。完全にぶちきれてる」

「え、でも基本的にはいつもああだよ」

「さつき三人で旅行行ったんだろ。よくあの二人と一泊したな」

 理恵はお茶に手を伸ばして言った。

「まあ慣れよ。亀山さんも悪い子じゃないし」

「しかし、すげえ鋭いな。さつきと座る位置変わってただけで全部把握したぞ」

「やっぱあるのかも。寺にいるときの亀山さんには」

「まあそれとこれとは別だけど思うけどな・・・。お、戻って来た」

 理恵の声でさつきが外を見ると満ち足りた表情のショーコが靴を脱いで本堂に入って来ていた。


「いやあ、水道水最高だよ。カルキがんがん入ってるから安全だし」

「よかったね・・・。で、これどうするの?」

 さつきはプリントをひらひらと揺らしながら言った。

「おっし。じゃあ、そろそろ始めよう。亀寺の力を確かめるために」

 ショーコはさつきから受けとったプリントを、一人一枚ずつ配った。




 さつき、ショーコ、理恵の三人は本堂の畳の上でプリントの問題を解いていた。

 最初に終わったショーコは、紙を裏返した後本堂内を歩き回り、次に終わった理恵は寝そべって端末を操作していた。

 

「終わった。で、これどうすんの?」

 さつきは自分の分をショーコの裏返したプリントの上に置いた。

「次もう一回やるんだよ。お参りした後に違うプリントを。ほらー、言ってたでしょ。お願いしたら勉強出来るようになるって」

「何の意味があるのそれ?」

「ほら、どうせお参りするならっていう。ねえ、理恵ちゃん」

 ショーコは両手で端末を操作している理恵を見た。

「どうせの使いかたおかしいけどな」

「理恵の言う通りよ。なんなのよ、これは」

「では、外に出てだね。参ろう参ろうと言いました」

 ショーコに促されて、さつきは外に出た。理恵は二人が出た後、しばらくして端末をポケットにしまい立ち上がった。

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