寺に泊まる(1)
八月三十一日 午後一時五分 ショーコ宅
「今日で終わるねえ。楽しかったわたしの夏が」
「別に何にも変わらないでしょ。というかあれだけ好き勝手やってて明日からちゃんと学校行けるの?」
さつきは座椅子に座り、ショーコが据え置きの野球ゲームをしているのを眺めていた。
「大丈夫、明日は休もうかと思っているから」
「はあ?来なさいよ。最初ぐらい」
なんていうのかなあ。ショーコはモニターを観たまま喋った。
「わたしに言わせるとさ。受験に関係のない時間?無駄?みたいな。明日は式的なやつがメインだし」
「あんたはどっちみち勉強しないでしょ。というかそのゲームおもしろいの?セリフ全部飛ばしてるし」
「ああ。これはねえ。しょうがないんだよ、野球選手作ってるから」
「なんかデートしたり、犬が骨持ってきたり。さっきから観てるとほぼ野球してないじゃない」
さつきはテーブルに肘を付いて楽な姿勢になった。
「いやいや、こういうイベントが大事なんだよ!これでえぐいボールを覚えたりできるから。そしてそれを使って理恵ちゃんとの対戦を有利にだね」
「ふーん。そうなんだ」
「でもさあ。最後にどかんと、なんかやりたいねえ」
「今日はいいでしょ。明日から学校なんだし」
「でもさあ。とりあえずこう、何かをだね。ああ!ハカセだ!きたきたきたー!」
「なによ、それ」
「ふ、これをやるとだね。大変なことが。あ・・・」
ショーコはコントローラーを床に落とし、両手を床に付いた。
「なに?大変なことって」
「・・・いいんだ。さつきちゃん。もう終わったんだ・・・」
「へえ、そう」
うう、これまでの努力が。ショーコはうなだれながら端末を操作した。
「なにしてんのよ?」
「理恵ちゃん呼ぼうと思って。んで来たらカメ子ちゃんの寺に行かない?旅行以来会ってないしさ」
「ああ、そうね。夏休み最後の今日なら忙しくないかも」
「それで寺でお願いしようよ、明日から勉強ができるようになりますように、と」
「簡単なことを。今、ここでやればいいだけでしょ」
「ふ、わたしは寺の力を試そうと思ってるんだよ。特に勉強してないわたしが急激に上がったら寺の力は本物だということ」
「あんたそういうこと言ってると、また怒られるよ」
「大丈夫だよ。亀寺は寛容な寺だからさ」
「はいはい。知らないからね」
鍵開いてるから入るぞー。三十分後、ドアの前でそう言いながら理恵が部屋に入って来た。
「やあやあ、理恵ちゃん。すまないねえ、突然」
「言っとくけどコントの練習ならやらないからな!」
帽子をテーブルに置きながら理恵はショーコを見て言った。
「今日はね。カメ子ちゃんの寺に行こうと思うんだ。それでみんなでお願いしようよ。勉強ができるようになりますようにって」
「なんだよ、それ。意味ねえじゃん。ショーコはやってないからできないだけだろ?」
「そうそう。さっきから言ってるんだけど」
さつきは理恵がかぶっていた帽子を手に取って、上下に回しながら言った。
「あ、そうだ。寺にお願いしてさ。だれが一番勉強できるようになるかっていうのやってみない?」
「どうやって確かめるんだよ。それ」
理恵は冷蔵庫に入っていたコーラを取って、台所にあったお椀に小銭を入れた。
「おお、今日もお買い上げありがとう!だんだんスペースが空いてやっと違うものを入れられるように」
「けっこう理恵貢献してるじゃない。あんたのコーラに」
「うんうん。ありがてえありがてえ。んで、さっきのさ。上がり幅で決めようよ。だれが一番上がったか。それで最下位には厳しい罰をだね」
「なんだよ、上がり幅って」
理恵はペットボトルのコーラを飲んだ。
「やり方はねえ、考えてあるんだ」
ショーコは立ち上がって、じゃあ善は急ごう急ごうと言いました。とショーコはリュックの中に荷物を詰めた。
「え、もう行くの?連絡とかしないのかよ」
理恵はテーブルに置いていた帽子をかぶった。
「えー。寺に行くのに連絡いらないよー。ほら開かれた場所だもん」
「でも亀山さんいないかもしれないじゃない」
「大丈夫だってー、さつきちゃん。寺だもん、いるよー」
「そんな感じでやるから、あんたは亀山さんにあそこまで嫌われるのよ!」
「え?なに。ショーコとあの人だめなの?」
「なんていうか、説明しづらいんだけど。会ったらわかると思う」
「さつきちゃんは大げさだなあ。よっし、では行こう行こうと言いました」
さつき、ショーコ、理恵の三人はアパートを出て寺に向かった。