イルミネーション工作(2)
八月二十日 午前十一時五十分 ショーコ宅
「いろいろあるねえ、さつきちゃん」
「ふーん」
ショーコは端末で画像を検索し、さつきはこたつテーブルで問題集を広げ勉強していた。
「それでわたしが気になるのは、さつきちゃんが飽きちゃったのか。ということなんだけど・・・」
「別に。もともと稲を倒して作るっていうのに興味ないし。大体ミステリーサークルって人が作るものじゃないでしょ」
さつきは問題を解きながら答えた。
「え!?ちょ、ちょっと待って。ここで事態は重大な局面に!さつきちゃん、誤解を恐れずに言うけど、UFOを信じてる、の?」
ショーコは端末をマットレスの上に置き、さつきの横に座った。
「信じてるっていうか、ないほうが不自然な気もするってだけ」
「まあねえ。あっち系は軍が関与している可能性もあるからね。こちらまで情報が届いてないっていう」
「アメリカの農家の人が作りましたって言ってるのもよく見るけど。あれもね《《人でも作れます》》てわざわざ言ってるように思えるときもあって」
「なるほど。あえて人がやったと思わせる、っていうことね」
「そう。でもこういう話は答えがないから。真実は誰にもわからないし」
さつきは目線をノートに戻した。
「なるほどねえ。じゃあ、それらを踏まえてわたしのミステリーサークルはだね」
「言っとくけどあんたのはミステリーサークルじゃないわ。単なる稲倒しよ」
「い、稲倒し・・・。またずいぶんと和風に」
「だからそんなのに興味はないってだけ」
「じゃあさ。さつきちゃん、あれを使ってだね。ミステリーサークル的なこう。何かそういうのは」
「そうね、別に色を塗るとかでいいんじゃないの?すぐ落ちるやつで」
「え、例えば?」
そうね、例えば。さつきはノートに絵を描いた。
「☯。こういうのとかさ」
「ああ、☯ね。陰陽の。これを□の形の中にってこと?」
「そうそう、なんか墨とか石灰とかで。石灰が稲に大丈夫かどうかわからないけど」
「でもね、さつきちゃん。それを描いたとしてね」
ショーコは立ち上がって窓の外の稲を見た。
「こっから見たときね。正直にね、言うと」
「うん、なによ」
「・・・で?ってなるっていうか。だから?みたいな・・・」
ショーコは苦笑いの表情を作り振り返った。
「あんたが言うから描いたんでしょ!別にやりたいわけじゃ」
さつきはボールペンをノートに叩きつけた。
「うんうん、わかるよ。でもその、ね。・・・で?感が」
「ああ、わかった。作ればいいんでしょ、ミステリーサークルを!」
「え!?まじで!やるの、さっきばかにしてたのに」
「わたしがやるならちゃんとする。稲倒しはやらない!」
「え、それはまさかUFOをここに!?」
「結果としてはそうなるけど」
さつきは端末を操作し始めた。
「え、ちょっと。早くない?展開。大丈夫なの?いつもならもうちょっとあってから、いわゆるさつき盛り上がりに入るのに」
「なによ、それ。さつき盛り上がりって!」
「またまたあ。いつものやつじゃーん。ねえ、知らないとは言わせないよ」
ショーコは人差し指でさつきの二の腕をとんとんと触った。
「あんたんちペットボトルけっこうあったよね」
さつきは台所を見て言った。
「そうそう、出し忘れちゃっててさあ。んで翌週出そうと思って、また出し忘れちゃったんだよねえ。やっぱ夏だし、休みだし」
「あんたの忘れっぽさが役に立った。大きいほうの選別しといて」
「ああ、いってんごのほうね。さつきちゃんに言われて水洗いしてるから清潔だよ!」
「それあたりまえだし。わたしちょっと下行ってる」
さつきは端末を見ながら玄関を出た。
「さつきちゃん。これさ」
さつきとショーコは二往復して、コーラのペットボトルを十本程度運び、稲の周りに並べた。
「UFOはわからないけど、猫は来なそうだね」
「全然数足りてない」
もっとないと、もっと。さつきはぶつぶつと呟いた。
「ああ、ぐるっと囲む感じ?」
「出来れば、ね」
「なるほどなるほど、あ」
ショーコは風で飛んでいったペットボトルを追いかけた。
「さつきちゃん。これ固定させるために、とりあえずこれ水入れようよ」
「ああ、それはいいかも」
二人は一旦ペットボトルを水道近くに持っていき、ショーコが水を入れ、さつきが運んでペットボトルを設置した。
「まだ全然安定感足りない」
さつきは腕を組んで並べたペットボトルを見た。
「確かに。これだといい感じに転がったペットボトルがミステリーサークルを作ったっていうオチになっちゃうねえ」
「ショーコ、今日の夜イノシシ行ける?」
「え、どうだろ。大佐に訊いてみないと」
「二人合わせれば、準備できるかもしれない」
「なんと。アメリカ合衆国がけっこうな国家予算を割いて調べてるのを、イノシシ一回分で!?」
「わからないけど最低限なら用意できるんじゃない。あと、とりあえずペットボトル買いに行かないと」
「え?これを囲むにはけっこうな量が」
「あんたコーラだったら何本でも飲めるって」
「いや、それは。言葉のニュアンスというかね、実際はせいぜい一日いってんごなら一本から二本ぐらいっていう」
「ほら、行くよ」
さつきは会話を遮り、ショーコの腕を引っ張って駐輪場に向かった。
「え、うそ。え!ちょっと待ってよ、さつきちゃあん!」
ショーコは引きずられながら叫んだ。