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十五前後物語(7)



 八月十七日 午後九時十二分 旅館内



「いやあ、いっぱい買っちまったよおー」

 ショーコは両手に持ったビニール袋をテーブルの上に置いた。

 亀山さん、これ。さつきは部屋の中心で正座していたカメ子に、洗濯した衣類が入ったビニール袋を渡した。


「わざわざ行ってもらって。ありがとう、高野さん!」

 カメ子は浴衣を着ており、貰った衣類を鞄の中に入れた。


「ねえ、さつきちゃん、カメ子ちゃん。どれにする?カップ焼きそばか、カップラーメンか、カップうどんか、カップそば。おにぎりも三個あるよー。たらこと焼きたらこと、明太子」

「だからいいって言ったのに。わたしは自分の買ったもの食べるから」

「絶対あとでお腹すくよー。カメ子ちゃんは?」

「クソにしては気が利いてるな。しかし、おにぎりをたらこで固めやがって」

 じゃあ、と言ってカメ子はカップうどんと焼きたらこを手に取った。

「なるほどなるほど。わたしはラーメンいっちゃおうかな」

 ショーコはラーメンと明太子を取った。


「ポットあったよねえ。水はどこかなあ」

「階段上がった左になんか洗面台みたいなのあったよ」

 さつきはサンドイッチをビニール袋から取り出した。

「ほうほう、じゃあそこの水をお湯にすればいいんだね」

「しかしよくそんな麺ばっかり食べられるよね。朝はそば、昼は海で焼きそば食べてたし、さっきそうめんで、今はラーメン?」

「うう、さっきのそうめんは食事じゃないよ。あれはすでに後片付けの領域だったし・・・」

「そうね。あれは思い出したくない」

 さつきはサンドイッチを一口食べた。

「うんうん。よし、じゃあちゃんとした食事をするためにポットに水入れてくるよー」

 ショーコはポットを持って部屋を出た。



 カメ子とショーコがカップ麺を食べた後、交代で風呂に入ることにした三人はじゃんけんで勝ったショーコが一番手となり、タオルを持って一階の風呂場に行った。



「あれ、髪乾かしてきたの?」

 無言でドアを開け、戻ってきたショーコにさつきは声を掛けた。

「・・・うん。想像の範囲内といえばそうなんだけど。ここお客さんも他にいないし。お風呂場行ったらね、いつのお湯だかよくわからないのが浴槽に入っててさ。浴室内もわりとその汚れてて」

「え・・・。ほんとに?」

 さつきは読んでいた参考書を置いた。

「めちゃくちゃ洗ったよ、中から外から。除菌スプレーみたいなのも使って。それで今お湯を入れてきたところ。うう、勝ったのに。なんでこんなことに」

 ショーコはその場に崩れ落ちた。


「そうだったんだ。あ、四十分ぐらいたってる。割と頑張ったね」

 さつきは部屋の時計を見た。

「生きてきて初めて役に立ったな。浴槽は大きいのか?」

「それは割りと。一般家庭のやつの倍ぐらいはあるんじゃないかなあ」

「よし、お疲れ。じゃあ行ってくるわ」

 カメ子は着替えを持って立ち上がった。


「え?な、なんでカメ子ちゃん。わたしの番じゃ」

「お前は入っただろ?風呂場に。じゃあな」

「ちょ、ちょっと!そんな中途半端なとんちみたいなの!ねえ、さつきちゃん」

 ショーコはさつきを見た。

「うーん。さっきのじゃんけんであんたが言ったのは、先に勝った方がお風呂に入る。だしね。先に勝ったほうが浴槽でお湯につかる。ならよかったんじゃない?」

「ばかな!そんなことが」

「となると、あんたは最後ね。入ってきちゃえばよかったのよ、お風呂場から出ずに」

「え、ちょっとそんな。あ!カメ子ちゃん、もういない!」

 カメ子は無言で部屋を出て行っており、さつきとショーコは取り残された。


「言葉には気をつけないとね」

 さつきは問題集を取り出し、部屋にあったテーブルで勉強を始めた。

「くうう、こんなショック療法で言葉の大切さを」

 ショーコは崩れ落ちた体勢からしばらく動けなかった。


 三人は入浴した後、テーブルを端に寄せ布団を三つ並べて敷き、カメ子、さつき、ショーコの順で横になった。



「ねえ、さつきちゃん。電気消す?」

「いいよ。今何時?」

 さつきは端末を充電器に繋いだ。

「んとねえ、十二時半ぐらい」

「あ、高野さん、明日始発だよね」

「そのつもりだけど」

「じゃあ、六時には起きないと」

 カメ子はアラームをセットした。

「じゃあ消すよー」

 ショーコは入り口にあるスイッチで明かりを消し、静かに布団に入った。






「ねえ、さつきちゃん。起きてる?」

 ショーコは仰向けで天井を見ながら言った。

「起きてるけど」

「えっと。今一時過ぎなんだけど。眠い?」

「眠いわけないでしょ、昼間あんだけ寝て」

「カメ子ちゃんは起きてる?」

 ショーコは布団から体を出してカメ子を見た。

「起きてるよ、ボケが。意味なく話掛けるんじゃねえ」

「おお、じゃあさ。あれやらない?みんなで怖い話してろうそくの火を消すやつ」

「百物語のこと言ってんの?」

 さつきは体の向きを変え、ショーコを見た。

「そうそう、それそれ!カメ子ちゃん知ってる?」

「一人ひとり怖い話をして、一つ終わったらろうそくの火を消しす。それで百話終わったら怪異が起きるってやつだろ?寺なめんなよ、常識だろ!」

「ちょっと電気付けていい?暗めのやつにするからさ」

 ショーコは立ち上がって電気を付けた。

 白熱灯の暖色の光が周囲を照らし、室内は互いの顔が何とか見える程度の明るさになった。


「こんなこともあろうかと、ろうそくとライター買っておいたんだ。コンビニで」

 ショーコはビニール袋からろうそくを取り出し、テーブルに置いた。


 ふーん、いつの間に。さつきはろうそくを手に取った。

「ねえ、これ二十本入りのやつでしょ。全然足りないじゃない!」

「いやあ、さすがにコンビニで百本は売ってなかったねえ。それに非効率だよ、使いまわせばなんとかなるんじゃない?」

「てめえ、こういうのに効率を求めんじゃね!大体必要だから今の形になったんだろ!」

「大丈夫、エコ的な視点も追加した百物語だから。やっぱ時代背景に合わせないとさ。んで具体的にはどう物語るんだろうねえ」

「確か二部屋必要だったはず。話す部屋と、火の付いたろうそくを置いておく部屋と」

 さつきは口に手を当てて言った。


「え!まじで。じゃあ空いてる横の部屋使う?ここと同じ状況なら空いてるんじゃない?」

「ばかじゃないの!もし見つかったときなんて説明するのよ!」

「うーんとじゃあ」

 ショーコはろうそくのパックを開けて中身を取り出した。


「話をする人が火を付けてさ。終わったら吹き消す、これを繰り返すっていうのどう?」

「うーん、まあそれなら。亀山さんどう?」

 さつきはカメ子を見た。

「まあ現実的ではあると思うけど」

「じゃあ、それでいってみよう!」

 では。ショーコはそう言ってろうそくに火を付けテーブルに置いた。


「ある大学生がさ、ふと自転車で日本一周しようと思い立ったんだよ。それが・・・」






「・・・・だったんじゃないかなあって。今思えばだけど」

 ショーコは息を吹きろうそくを消した。


「おしおし、この調子だね。がんがんいけるよ、じゃあ次、さつきちゃん」

「大体そんなに怖い話知らないし。眠くなったらやめるからね」

 さつきは新しいろうそくを取り出して火を付けた。


「ある小学校で実際あった話なんだけど。夕方に運動場で遊んでいると、誰もいない体育館の中から・・・・」






「・・・で、転校としか先生は言わなくて、それ以来その子には誰も会ってないらしいよ」

 さつきはろうそくを吹き消した。


「高野さん、見て!鳥肌立ったよ!」

 カメ子は袖をまくって二の腕をさつきに見せた。

「う、うん。よかった」

 じゃあ。と言ってさつきはカメ子にライターを渡した。


「わたしの寺に相談に来た人の話なんだけど、供養して欲しいって、人形を七体持ってきた人がいたんだ。それが・・・」





「・・・だから、それ以来うちでは基本的には一人一体ってなってる」

 カメ子はろうそくを吹き消した。

「ひゅうう!なるほどねえ、亀寺の歴史をかいまみたねえ。後さ、ろうそくなんだけど」

 ショーコは三本のろうそくを立てた。


「一回三本づつにしない?ペース上げてこうかなと」

「は?話増えないと意味ないでしょ」

 さつきはショーコを見て言った。

「なんだろ。解釈の違いなんだけど、やっぱりこれって結局ろうそくメインなんじゃないかなって。だから今終わって三回だけど、次わたし三本消すから、六回終了って計算に」

「高野さん。クズが言うことだけど、確かにこのペースだと始発にも間に合わないかも」

「うーん、亀山さんも言うなら」

「おっけえおっけえ。じゃあいっちゃおう!」

 ショーコは三本のろうそくに火を付けた。


「海外の話なんだけど、新任の警察官がね。初勤務で警察署に行こうと思ったら街の様子がなんかおかしいんだよ。それで試しに・・・」





「・・・それで頑張ったんだけど、まだそこで戦っているっていう」

 ショーコはろうそくを吹き消した。

「話終わってないじゃない!」

「おい、あんまり舐めたことするとポットでぶん殴るぞこら!」

「まあまあ。いろいろあるっていう話でね。あ、ちょっと静かに」

 ショーコは人差し指を立てて周りを見渡した。


「おし、大丈夫だね。じゃあつぎは五本いっちゃおう!」

「はあ!?また増やすの!」

「なんか大丈夫っぽかったから」

「そんな勝手に増やしたからって、上にばれるとかそういうことじゃないでしょ!」

「ほらほら、時間もったいないよお」

 もう、またあんたのペースで。さつきは五本のろうそくに火を付けた。


「ええと、ある小学校の理科室にある人体模型の話なんだけど、前から噂で言われていたことがあって・・・」






「・・・でおかしいなって先生に聞いたら、転校したって言われて。先生もそれ以上は教えてくれなかったんだって」

 さつきはろうそくを吹き消した。


「いやー、やっぱり転校オチかあ。鉄板だねえ、さつきちゃん」

「別にいいでしょ、本当にそうだったんだから!」

 カメ子はさつきの話が終わった瞬間、七本のろうそくを立て始めた。


「おお、カメ子ちゃん!自主的に増やすなんて!」

「うるせえ!始めるぞ、これはうちの寺に相談に来た人の話で、五月人形、あ。高野さんのことじゃないよ。五月の男の子の」

 カメ子はあわててさつきを見た。

「う、うん。わかってるから、大丈夫だよ」

「ごめんね、まぎらわしくて。それはケースに入ってるやつで・・・」





「・・・でそれ以来、うちではケース入りのは断るようにしてるんだ」

 カメ子はろうそくを消した。

「いいよいいよ!で今は、三、三、五、七か。十八までいったね。あと八十二かあ」

 ショーコはテーブルに乗っていたメモ帳に数字を書いていた。


「で、相談なんだけど。ごめん、そろそろ怖い話が思いつかなくて・・・」

 ショーコはメモ帳をコツコツとボールペンで差した。

「はあ?もうって。あんたが言い出したんでしょ」

「なんか怖い話じゃなくてもいい、みたいなのも見た気がするんだよねえ」

「まあ確かにそういう話もあるけど」

「え?高野さん、いいの?」

「うん、それも解釈で」


 とりあえず、っと。ショーコは七本のろうそくに火を付けていた。

「そこは増やさないんだ」

 さつきはテーブルに肘を付いて、ショーコの作業を見ていた。

「あえてね、さつきちゃん。ここはステイだよ、欲張っちゃあいけん。いやあ、今日は楽しかったねえ、わりと思い付きで始まったイノシシの駅からの旅。もうずっと前のことのようだよ」

「・・・それはもう今日の感想じゃない」

「高野さん、こいつに期待したって無理。わたしたちでちゃんとしよう」

 さつきとカメ子は小声で話し合った。


「おいしかったねえ、立ち食いそばっと」

 ショーコはろうそくを吹き消した。

「おっし、じゃあ次さつきちゃん」

 

 さつきは無言でショーコと同様に七本立てた後、三本追加した。

「おお!大台の十本に」

「ここまで来たら一緒でしょ」


 ええと、さつきは言葉に詰まった。

「あ、そうだ。あんたホルモン焼きばっかり食べて。なによ、あれ!なんで海で内臓を食べないといけないの!」

 さつきはその後、海の家で食べたものと、夕日の話をしてろうそくを吹き消した。


「ごめん、亀山さん。わたしも思いつかなくて・・・」

 さつきはカメ子から目を逸らして言った。

「しょうがないよ、高野さん。頑張ってたもん」


 その後、三人は、旅館でのそうめん、坐禅寺で思ったこと等を順番も関係なく話始め、そのうちカメ子がろうそくを付け、きりのいいところで消すという役割になった。



「カメ子ちゃん。いまどこまでいった?」

「話が十四か十五、ろうそくが八十二か九十。一つ書き逃してたかもしれねえからどっちかだ」

 カメ子はメモ帳を見ながら言った。

「ふむふむ、なるほど」

「ってなんだわたしがお前の部下みたいに!」


「ねえ、なんか明るくなってきてない?」

 さつきは窓を見ていた。

「あ、やばい!暗いうちにやらないと。あ!そうだ」

 ショーコは部屋にあった冷蔵庫から、カップケーキを取り出してテーブルに置いた。


「カメ子ちゃん今月誕生日でしょ?」

「は?仮にそうだとしても、なんでお前に言わねえといけないんだ」

「またまたあ、知ってるんだよお、割と過ぎてるってことも。それでさ」

「お前そこまで知ってて・・・」

 ショーコは二本だけよけて、残りのろうそくをカップケーキの周りに立て火を付けた。



「誕生日おめでとう!ほら、早く!」

「はあ!?なんだ、まじでおかしくなったのか?」

「え、これ。あ」

 さつきはろうそくの数を数えた。


「ごめんね、カメ子ちゃん。歌省略するから。ほら、さつきちゃんも最後だけ。

 ハッピバアスディ トウ ユウウウ」

 

 歌を聞いたカメ子は反射的にろうそくを吹き消し、はっとして固まった。


「しゃあ!百いった、そして祝えた!」

「・・・クソが。お前のくだらねえ催しに乗っちまったじゃねえか、このボケが!」

「亀山さんの年齢ね。それで十八本にしたんだ」


「あれ、でも怪異ないね。がつんとくるかと思ってたけど」

 ショーコは周りをきょろきょろと見た。

「起こるわけないでしょ!ろうそくの数増やすまではなんとか大丈夫だったけど、最後なんてめちゃくちゃじゃない、消せばいいってもんでもないから!」

「ねえ高野さん、もう五時だけど。どうする?」

「うん、わたしも今時計見た。もう寝たら起きられなさそうだから、このまま起きてる」


「怪異がなかったのは残念だけど、心地よい疲労感と達成感でわたしは」

 ショーコはパタンと布団に倒れ込んだ。

「高野さん、寝かせとこう。ずっと」

「うん、それでいいと思う」


 さつきとカメ子は布団を畳み、身支度を整えた。ショーコはカメ子の、本当にまずい時用の六時五十分のアラームで起き、二分で用意して二人に付いて階段を降りた。


「あの、すいません。もう出るので部屋の鍵を」


 さつきは廊下から台所に向かって声を掛けたが人の気配はなかった。

「どうする?これ」

「うーん、部屋に置いとくっていう手も」

 三人で相談していると玄関横にあった部屋から、男女の話し声がしばらく続いた後、それは台所のテーブルでいいから。と六十代女性の声が聞こえた。


「その部屋寝室だったんだねえ、さつきちゃん。でもあの感じ。寝てたのか、起きてたのか」

「どちらにせよ悪いことしたかも。取りあえず置いてくる」

 さつきは早足で台所に行き、できるだけ部屋の中を見ないように鍵を置き玄関に戻って来た。



「ねえ、ここは何だったんだろうねえ」

 外に出た三人は旅館を正面から見ていた。

「いや普通の旅館でしょ。でもよかったんじゃない、結果的には。何事もなくて安く泊れたし」

「ありがとう、高野さんにそう言ってもらえたら。わたし」

 カメ子の手は震えながら自転車のサドルを掴んでいた。

「何事もなくはないよ、あのそうめん、わたしは忘れない・・・」

「いや、だからそれはあんたが。ほら、時間ないし行くよ」

 さつきは自転車に乗って前を見た。


 その後、駅に向かった三人は、自転車を返し始発の電車に乗った。





「ねえ、さつきちゃん。乗り換えだよ」

「ああ、ごめん。また」

 ショーコに肩を揺らされてさつきは目を覚ました。

「さて、立ち食いそばをだね」

「いいけど。行きと同じパターンじゃない・・・」

 さつきは横に座っていたカメ子を起こし、電車を降りた三人は立ち食いそばに向かった。


「こういうさ、中途半端な時間に食べる立ち食いそばって最高だよねえ」

「まあ、いいたいことは分かるけど」

 さつきはショーコと同じきつねそばを、カメ子はたぬきそばを頼んでいた。


「おい、クソ野郎。そういえば余ったカップ麺どうしたんだよ?」

「ああ、それはリュックに入ってるよ。わたしにとってカップ麺は現金と同じ扱いだし」

「なによ、そ」

 さつきは何口かそばを食べていたが、食べるほどに胃、口腔内に違和感が広がっていった。

「どうしたんだい?さつきちゃん」

「いや、なんでもないから」

 そしてどんぶりの汁を飲んだ瞬間、さつきは吐き気を催し、箸を置いてその場を離れた。

「え、高野さん!?どうしたの」

「ごめん、ちょっと」

 そう言い残しさつきはトイレまで走った。


 そしてトイレの個室に入った瞬間、さつきは嘔吐した。


 え、なにこれ。持っていたウエットティッシュで口を拭い、しばらくしてから立ち食いそばやに戻ったさつきは、店から出る匂いで気分が悪くなり、再びトイレに戻って嘔吐した。


 だから、なんで。おかしいって。二度の嘔吐で自然に目から涙がこぼれているさつきは、口を左手で押さえながら、端末で自分の症状を検索した。


「大丈夫、高野さん?」

「さつきちゃん、返事を!大丈夫ならノックを二回!」

 ショーコとカメ子はさつきの後を追い、トイレの個室前にいた。そして声を聞いたさつきは、ノックを一回返した。

「まずいみたいだね、カメ子ちゃん。しばらく様子を見て、だめなら。ええと、だめなら鉄道救急隊とか?あれ、そんなのあったっけ?」

「とりあえず一人にしたらまずい。なんかあったらわたしたちが動かないと!」


 あ、これ、あれ。これなの?さつきは端末の画面を凝視し、検索ワードを何度か替えた。


「やばいよ、怪異だよ!油断させといて!」

「あわてんな、クソが。まだそうだと」

 ショーコとカメ子が話していると、さつきが個室から出てきた。


「大丈夫なの!さつきちゃん!」

「高野さん、どうする?救急車呼ぶ?」

「あ、大丈夫。水は欲しいかも。あとこれは怪異とは関係ない」

 さつきは洗面台で手を洗ってトイレを出た。



「今回の乗り換えあと五分あるから」

 駅のベンチに座っているさつきにショーコは水を渡した。

 さつきは、ありがとう。と言い水を一口だけ飲んだ。


「たぶんなんだけど、これそばアレルギーだと思う。症状が似てるから」

「え?まじで!?じゃあ、わたしそばアレルギーになった瞬間に立ち会ったの!?」

「人によっては許容量みたいなのもあるらしくて。もしかしたら今日、それを超えたのかも」

「そんな、高野さん。だって」

 立ち食いそば好きだって・・・。そう言って、さつきの横にいたカメ子はうつむいた。

「すごいことだよ、カメ子ちゃん。これは雨と晴れの境目よりレアなケースだって!」

「ばかやろう!だからお前はデリカシーが!」

「ごめんね、心配掛けて。だから別に今は平気だし」

 

 三人が乗る予定の電車が駅に到着するというアナウンスが聞こえた。

 

「どうする?ぎりまで外の空気吸ってる?」

 ショーコはさつきと電光掲示板を交互に見た。

「いや、大丈夫」

 さつきは立ち上がって歩き出した。


 発車まであと二分掛かるのでお待ちください。

 席の一番端に座っているさつきは、頭を後ろに下げ、目にウエットティッシュを乗せて、アナウンスを聞いていた。


 最近好きになってきてたんだけどな。でもそっか。もう食べられないんだ、わたし。


 ウエットティッシュをもう一枚乗せ、さつきは少し泣いた。

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