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十五前後物語(4)


 

 八月十七日 午後一時二分 坐禅体験寺内



「ねえ、これ。さつきちゃん」

「ああ、料金ね」

 坐禅体験のスペースは本堂横にある建物で行われているようで、入り口には料金表が掲示してあった。


「ええと、一人十分で八百円、二十分で千五百円、二人だと十分で一人六百円、二十分で一人千円。三人だと一人十分五百円、二十分だと八百円、四人・・・。ってこまかいねえ。これ」

 ショーコは料金表を見ながら言った。


「二人とゴミ一個だと一人五百円か八百円か。つーかこれ表にしたほうがいいだろ」

「どうする?時間。十分か、二十分でしょ」

「まあ、そりゃあねえ。長い方だよねえ、さつきちゃん」

 ショーコはちらちらと建物の中を見た。

「これだから素人は。二十分は長げえんだ。まずもたねえよ、お前みたいなやつは」

「でも、せっかくだし。二十分やってみない?」

 さつきは財布を取り出した。

「え、まあ。高野さんがいいなら」

「っしゃー。やってみよう、やってみよう。ってこれに入れるの?」

 ショーコは近くにあった台に乗っている料金箱を見つけた。


「人いないし、ここじゃない?」

 さつきは小銭を料金箱に入れた。

「でも、あれだけ細かくやっといて回収は雑だねえ」

「おい、いま小銭ないから入れといてくれ、あとで返すわ」

 カメ子は財布の中身を見ながら言った。

「カメ子ちゃん、それだとわたしも小銭ないから二千円でしか払えないよ」

「ああ、いい。多めはいいんだ。賽銭だと思って入れとけ」

「そ、そんな。四百円あったらなんでもできるよ!」

「なんでもはいいすぎでしょ。いいんじゃない、あんたもたまには」

「うう、これが同調圧力。初めて体験したよ」

 ショーコは震えながら二千円を入れた。


 入り口に、靴を脱いでお下さい、と書いており、三人は靴を脱いで畳に座った。


 正面は縁側のようになっているため、寺の手入れされた庭の様子が見れた。三人はなんとなく、外を見ながら正座していた。


「ねえ、これ人来るの?」

 さつきは建物の出入り口をちらちらと見ていた。

 

 建物自体は六畳の広さの小屋で、三人が入ったところ以外に出入りする場所はなく、近くに人の気配も無かった。


「うーん、どうなんだろ。っていうかすでに足痛くて」

 ショーコは足を崩して座り直した。

「おい、てめえ!いきなりかよ!」

「ごめん、カメ子ちゃん。あと暑いよお、ここ」

「それはある」

 さつきはポケットティッシュを取り出して汗を拭った。


 建物は開け放たれているためかエアコンもなく、また直射日光が縁側から三人のいるスペースまでを照らしていた。


「でも、せっかくだしもうちょっと待ってみよう」

 さつきはそう言ってショーコと同様に足を崩した。


 カメ子は正座、さつきとショーコは楽な姿勢で、手で顔を扇ぎながら外を見ていた。




「ねえ、さつきちゃん。もう三十分待ってるよ。一時半だもん」

「うーん、でも」

 さつきは横で正座しているカメ子を見た。そして横目でさつきと目が合ったカメ子は、

「あ、よかったらわたし探してくるよ。寺なら大体どんな感じかわかるし」

 と言い、立ち上がって出入り口に向かった。

「え、そんな意味じゃ。いいよ、亀山さん」

「すぐだから、ちょっとまっててね。高野さん」

 カメ子は本堂に向かって歩いて行った。



「ねえさつきちゃん。今から二十分やると二時オーバーだよ。特にないけど、気持ち的には次の予定がさ」

 ショーコはきょろきょろと周りを見て、カメ子がいなくなったのを確認してさつきに話しかけた。

「まあ、それはわたしも思ったけど」

「あと正直もうさ。ここでしばらく座ってたらある程度満足したっていうか」

「まあ、それはわたしも思ったけど・・・。でも無理やり亀山さんに来てもらったし、やっぱりもういいなんて言えないでしょ!」

 わかる、わかるよ。ショーコはうなずいた。


「でもね、このパターンだとさ。もう少したらカメ子ちゃんと住職が入って来て、住職が、すいません、お待たせしてしまって。お詫びにサービスで倍の四十分やりますって言うんだよ。んで、さつきちゃんとわたしが心の声で『ぎゃあああー』ってなるっていう」

「それはないとは思うけど、もしそれならきついかも」

 さつきは日陰に入るため後ろに移動した。

「だからさ、先に手を打とう」

「え?なに」

「カメ子ちゃんより先に住職を探せばいいんだよ。それでお金返してもらって帰ろう、それしかないよ!」

「でも亀山さん相手にわたしたちでどうにかできるのかな」

 さつきは外を見ながら続けた。


「だってここ寺だよ?」


「たしかに。いろんな能力が気持ちわたしたちの倍ぐらいになってる雰囲気はあるけど。こっちは二人、なんとかなるよ!」

「はいはい。じゃあ、手分けしようか。わたしは、そうね。ここまで来ないと、外出してる可能性もあるから入り口に。ショーコは中を探して」

「おお!さすがだねえ、まだ探偵の残り火が!」

 二人は靴を履いて外に出て、互いに端末を取り出した。


「亀山さんからは連絡来てないね。じゃあ、ショーコなんかあったらすぐ連絡して」

「おっけえ!」

 さつきは入り口横にある駐車スペースに行き、ショーコは本堂周辺を探り始めた。



 二十分後、さつきは駐車スペース入り口に立っていた。

 もう二時か。ショーコからも連絡ないし、亀山さんも見つけられないならこのまま帰るっていうのがいいのかも。あ、でもお金か。

 さつきが端末を触っていると、入り口から軽トラックが入って来た。それを見たさつきは注意深く観察しつつ、寺に入る小道に先回りし、駐車した車から袈裟を着た男が降りてきたのを確認した。

 

 ショーコに連絡を、いや。間に合わない、一人でやるしか。さつきは男に近づいた。


「あのすいません。坐禅体験に来たんですけど」

 あっ。男は表情を変え、寺のほうを見た。

「ちょっと待ってたんですけど。誰もいなかったので」

「すいません、代わりのものが来る予定になっていたのですが」

 男はさつきに頭を下げた。

「いえ、いいんです。それで次の予定があるので、もう行こうとしてて。あと二人いるんですけど。あの、あそこにあった料金箱にお金を入れてしまって。それで」

 さつきは身振り手振りで男に説明した。

「二千八百円なんですけど」

「三人で二千八百円、何分コースの予定だったんですか?」

「あ、いや。小銭がなくて。十分コースだっ、あ、二十分です。二十分だったんですけど。四百円はお賽銭というか、そういう形で」

「ああ、なるほど。そうですか。すいませんでした」

 それなら、男は服の袖の中から財布を取り出し、五千円をさつきに渡した。


「え、あ。これ。でもわたしも小銭が、いまもうなくて」

 さつきは財布を取り出し、中身を確認した。

「いいんですよ。わたしも持ち合わせてないのでこれでお願いします、あなたたちと同じ理由ですよ」

「え、それはちょっと」

「もしよかったらまた来てください。今日はすいませんでした」

 男はもう一度礼をし、寺敷地に入って行った。


 さつきはしばらく男を見送った後、ショーコに連絡を取った。




「すごねえ、だって五千円だよ!なんでも買えるよ!」

「あんたはいつでもなんでも買えるのね」

「そっか、外にいたんだ。高野さんすごね」

 数分後、寺の駐輪場で三人は集まっていた。


「亀山さんはどこにいたの?」

「本堂から他の建物に行くときに通る、通路みたいなところをうろうろしてたんだ」

「わたしはトイレ前を張っていたんだよ。結局ね、なんだかんだいっても寺の人も人間だからさ」

「あほだな。寺の人間はなあ、大体家のトイレを使うもんなんだよ!」

「え、そういうものなの?」


「はいはい。で、次どうする?」

 さつきは観光マップを見ながら言った。

「そろそろさ、夕日にそなえて海に行かない?」

 ショーコはさつきの観光マップを覗き込んでいた。

「いや、いくらなんでも早過ぎるでしょ!夕日まであと何時間あると思ってんのよ!」

「でもさあ。いい場所とかあるかもしれないしさあ。ほら、海の家的なものがあったらそこで焼きそばとかを食べつつだね」

「高野さん。クソに同意してるわけじゃないけど、そろそろ何か食べてもいいかもね」

「うん、二人がそう言うなら。とりあえず海に行ってみようか」

 さつきは観光マップを折りたたんで鞄に入れた。

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